93 閑話〜領地でのシェルダン4
「僕も父様みたいなビーズリーになるのっ」
無邪気にウェイドが言う。
「父さんとしては、俺よりも祖父様みたいになってほしいかな」
笑ってシェルダンは応じた。
魔力も法力もない。それでも技術と判断力だけで、軽装歩兵として生き抜いてきた人物である。三世代中、一番、ビーズリー家の軍人らしい軍人がレイダン・ビーズリーなのだった。
「偉くなっちゃうから?」
意外な賢さと鋭さをウェイドが見せる。素直なだけではないのかもしれないと思わされて、シェルダンは息を呑んだ。カティアも同様である。ケイティだけがきょとんとしていた。いつの間にかケイティはケイティでカティアの膝上に座り込んでいる。
「そうだ」
我に返ってシェルダンは頷く。
別に間違ってはいないのだった。
「あら、お母さんはお父様みたいになってほしいわ」
同じく我に返っても、反対のことを、しかし、母親のカティアが微笑んで告げる。
「いつも格好良くて強くて。頭も良いから当たり前に偉くなって。母さんは幸せにしてもらえているのよ?ウェイドもいつかお嫁さんを幸せにしなくちゃ、ねぇ?」
悪気もなければ、自分への誠意と愛に溢れた言葉だ。
だが、ビーズリー家としては反する。
シェルダンはウェイドと2人、困って顔を見合わせた。
「わっ、お母様がお父様のこと、大好きだって」
ケイティもはしゃぐ。父母の仲が良いのを素直に喜んでくれる。これもまた当然の反応だった。
(どうしても、ケイティはビーズリー家という感じがしないんだよなぁ)
シェルダンは内心で苦笑いだ。
「でも、母様、僕もビーズリーなんだよ」
まだ幼いウェイドが口を尖らせる。
「偉くなったらいけないんだよ」
逆に弟のウェイドの方がビーズリー家の人間らしさを時折、見せるのだった。
「まぁ、お祖父様にそう言われているの?」
カティアが目を見張る。咎めるときの癖なのだった。
「うん」
素直にウェイドが頷く。どうせ他にそんなことを吹き込む人間はいないのである。
「あなたのお父様はこの国で一番の軍人になるのよ。それはとっても凄いこと。そっちを自慢しなさい。お祖父様みたいにわざわざ偉くならないのは、おかしなことなのよ」
カティアが目尻を上げて咎める。
褒められているので、シェルダンとしては口答えしづらい。
『一番の軍人になる』というのは、今回予定されている昇進のことだろう。
(やはり、ギョロ目は、カティアにも話していたか)
自分を第1ファルマー軍団の指揮官に引き上げるにあたり、カティアを味方につけておいたのだろう。
カティアからの説得には、自分も弱いという自覚はあった。
「まだ、上にはゴドヴァン様もいらっしゃるよ。あの人は化け物みたいに強いからな」
シェルダンは肩をすくめて告げる。
第1ファルマー軍団の総指揮官よりも、ドレシア帝国の軍人全体の頂点に立つ騎士団長のほうが偉いに決まっていた。
シェルダンは大事なことをカティアに思い起こさせる。
「あの人は頭が良くないから、あなたのほうが上です。偉いっていうのは、階級だけのことじゃないのよ」
カティアが横を向いて口を尖らせる。少女のような可愛らしい仕草を優雅なカティアにされると、シェルダンは目を奪われてしまう。
言っている内容は、とんでもない不敬なのだが。
「ウェイド、めっ」
ケイティがウェイドに近づいてきて叱りつけている。ケイティも母様カティアの怒った顔は苦手なのだ。
怒られているのが自分ではなくても、嫌なものは嫌らしい。今までにも何度か見たことのある光景だった。
「だって、僕、違うこと言ってない」
二人がかりで言われてしまい、ウェイドが涙ぐむ。
「お母様は偉くなってって言ったの。お父様みたいになろうとしなくちゃダメッ」
両手を腰に当ててケイティが更に叱りつける。なかなかサマになっていて、カティアにそっくりだ。
「ウェイドはウェイドのなりたいようになりなさい」
シェルダンはウェイドを抱き上げてあやしてやる。
「でもお父様」
ケイティが座っている足に抱きついてきた。
「母様もウェイドが幸せになれれば、それで喜んでくれるよ」
シェルダンは2人を撫で撫でしながら告げるのだった。
「あなたもずるい人ね。そんな風に言われたら、どうなれ、とも言いづらいわ」
カティアがソファの隣に腰掛けてきて告げる。
「俺も君も。この子達の幸せが第1じゃないか。考えてることは結局、同じだと思うよ。俺は」
最終的にその時が来れば、自分もカティアも同じ結論に至れるのではないかとシェルダンは思う。
「そうね。やっぱりあなたがいてくれると、私はホッとする。こんな話はあなたとじゃないと、出来ないもの」
カティアが柔らかく微笑んで言う。
夫婦として話さなければならないことは、大事なことから細かいことまでいくらでもあるのだ。
「そうだね。君とこうして話をしていられると、本当に帰ってきて良かった、といつも思うよ」
シェルダンも納得し、頷くのだった。




