92 閑話〜領地でのシェルダン3
「わーい、お父様だっ!嬉しいっ!いつまでいられるの?いっぱい?」
顔にも抱きついてきて、ケイティが問う。水色のドレスで視界が埋め尽くされた。お姉ちゃんになったとはいえ、まだまだ甘えたい盛りなのだ。
「一ヶ月、30日くらいかな」
シェルダンはケイティを顔に近づけたまま答えた。
移動した日数分は差し引いている。
(文句は言わせない。どうせ昇進させられるは、もっと忙しくなるは、すでに忙しいは、なんだから)
自分はさぞ怖い顔をしていることだろう。顔に腹を張り付けてあるのでケイティに見られることはない。
いつの間にかカティアも居間にやってきている。珍しく椅子に座って、ニコニコと自分とケイティとを眺めていた。
(この子は本当にカティアに、似ていて可愛い。いったい、どうなってるんだ?何をどうすればこうも可愛い生き物に仕上がるんだ?)
シェルダンはケイティを見るたび、カティアと見比べてはデレっとしてしまうのだった。
「お父様、大好きっ!」
ひとしきり、シェルダンはケイティと2人ではしゃぎ合う。
もう字を読めるようになり、数も言えるらしい。
(この子は、こうして普通に育てばいい)
シェルダンは遊びながらも考えていた。
「あっ、ほんとだ!お父様だっ!」
遅れて、もう一人の可愛い我が子ウェイドが姿を見せた。
「お帰りなさいませっ!」
トトトッと駆け寄ってきて、こちらは足にすがりつく。
かしましい姉に比べると大人しい。ただじっと自分と姉とをお利口そうな眼差しで見上げるばかりである。
「良い子にしていたかな?2人とも」
シェルダンは一旦、ケイティをおろして2人に問う。
「うんっ!」
2人が同時に頷く。
「そうか。2人とも好い子だ」
重々しくシェルダンは頷き返してやった。屋敷に帰宅するたび、恒例のやりとりだ。
「お父様、だーいすき」
またケイティが抱っこされようとして、ウェイドを少しどかす。
ウェイドがしょんぼりである。
「もうっ、ケイティ!お姉様なんだから、お父様をあなたが独り占めしちゃだめじゃないの」
呆れた口調でカティアがたしなめる。
「はーい」
返事はしっかりとするも、しかし名残惜しげにケイティが下がった。
シェルダンは今度は弟のウェイドを抱き上げる。まだケイティに比べると随分と軽い。
「わっ」
ウェイドが嬉しそうだ。足をジタバタさせたので、シェルダンの胸辺りを蹴る格好となる。
「お祈りはちゃんと続けてるかな?」
シェルダンはそっと、ウェイドの耳元で尋ねる。
あまりカティアに聞かせたい話ではない。ウェイドも自分と同じく旧アスロック王国人に多い、灰色の髪色をしている。
生え始めた髪の色を見て、シェルダンはウェイドを自身の後継と決めた。
(俺の後、ビーズリー家を継ぐのはこの子であるべきだ)
カティアの実家、ルンカーク家のほうをケイティとその婿が引き継いで再興する。良い婿をカティアなら見つけられるだろう。そちらがこの貴族としての地位や領地を継いでくれればいい。
(それで、全てが丸く収まる)
窓の外にも灰色の髪、父のレイダン・ビーズリーの姿が見えた。わざとあらわれたのだろう。そういう父親だ。
上がりすぎてしまった自分の階級にも不満があるらしい。
(そこもウェイドの代でうまくいく)
次代のウェイドのところで、また元の、一介の軽装歩兵に戻ればいい。父親も安心だろう。
(つまり、アンス侯爵の顔も潰さず、親孝行も両立させられるという)
シェルダンとしては、次に上手くやりたくて、ウズウズしてしまうのが次代への引き継ぎであった。
(悪い癖だ)
昔から、難しく面倒な問題を見かけると、手を出してみたくなってしまう。功名心も一族の中ではかなり強いほうだ。
そして、その引き継ぎに当たり、重要なのがウェイドの法力であり、その法力を支えるのが、日々捧げる祈りなのであった。
「うんっ!いっつも、ちゃんとしてる」
嬉しそうにウェイドが頷く。とても素直な良い子なのだった。
(しかし、この子は)
素直な我が子の可愛らしさに笑みをこぼしつつ、シェルダンとしては心配にもなってしまう。
(俺が3歳の頃は、もっとひねくれていた気もするが。ビーズリー家の人間としては、強かでなくてはならないから、素直すぎるのも考えものだ)
父母の指示にもあまり素直には従って来なかった記憶が残っていた。
「ウェイド、お前には父さんとはまた違った力がある。そのためにもお祈りは続けるんだ、いいね?」
出来るだけ優しくシェルダンは言い聞かせる。神に祈るのである以上、内心がひねくれていては良くないかもしれない。
シェルダンはそう、思い直すこととした。
素直な分、自分と違って親に逆らわない代わりに、幾分、泣き虫だ。
(だが、父さんから聞く限り、泣きはするが、素直で粘り強い)
石を投げる練習も泣きながら頑張るらしい。父のレイダンからは褒められていて、妻のカティアからは呆れられているとのこと。
「はいっ」
シェルダンは無心に自分に抱っこされて喜ぶウェイドを撫で回すのであった。




