91 閑話〜領地でのシェルダン2
「あら、デレクさん」
ルベントにいた頃からの右腕であるデレクを、愛妻のカティアが睨みつける。
シェルダンも倣った。自分はともかく華奢で可憐なカティアの、激務に疲れる姿すら想像出来ないとは、どういう了見なのか。
「いや、それは」
デレクがすくみ上がる。
自分はともかく、カティアからの睨みは強烈だ。笑うとシェルダンを蕩かすほどに柔らかいのに、義弟カディスやデレクを睨む時には鋭さすら感じさせるほど、目つきがきつくなる。
「主人に随分、業務を任せきりなのではなくて?誰も彼も。上がその調子なら、貴方がた部下がしっかりしてくれないと困ります。そもそも今回だって、貴方が先行してきて、この人が今、到着?どこぞの聖女の見送りで?」
カティアが一気に並べ立てる。
自分が見送りをしたのは、本当はシェルダンの自己判断だ。そっと気まずくなってシェルダンは横を向く。
「いや、そりゃ、隊長が魔塔をバーンズのやつにおっつけたから」
しどろもどろにデレクが言い訳を始めた。
兜の内側では汗だくだろう。昔から、カティアにとっての、シェルダンの働き過ぎの度に怒られてきたのだから。
「見送りぐらいは、してやりたいってんで、隊長が、ご自分で」
デレクとしては、とんだ板挟みだろう。救いを求めて、シェルダンの方へと顔を向けている。
「主人はもう、総隊長でしょう?見送りぐらいなら、デレクさん、あなたにだって、ラッドさんにだって出来たでしょう?それで、私たちと会えるのが遅れたなんて」
容赦なくカティアが言う。寂しさの裏返しなのだった。
シェルダンとしても申し訳のなさがある。
「すまん、カティア。俺が自分でやるって言ってデレクたちを休暇に送り出した。魔塔は知ってのとおり、過酷だから。バーンズたちは俺が自分で、見送りぐらいはしてやりたかった」
真面目な顔でシェルダンは言う。
魔塔上層攻略に駆り出されるのをまず、とにかく防ぎたかった。それには成功している。
「そうね、魔塔上層の方に上らされないだけ、今回はマシかしら」
カティアも首を傾げてから頷く。
聡明で自分への思いやりにあふれる女性なのだ。単に自分を心配してくれているらしい。
「いつも、思うのよね。そう、何でもあなたばかりが手を出すことはないのにって」
カティアがさらに心配そうに眉を曇らせる。
「だから、魔塔上層はバーンズのやつに押し付けたのさ」
笑ってシェルダンは告げた。
口では『押し付けた』と言っても頭の隅には心配がある。ルベントの頃からの部下なのだ。
(準備も、必要な情報も、与えておいたとは思うが)
メイスンの時とも違う。すでに完成していた剣豪のメイスンとは違い、バーンズの方は1から育てた、という意識がある。
(だが、俺ばかりがずっと、というわけには)
頭の隅にはアンス侯爵とのやり取りがあった。
本当に自分が昇任してさらなる負担を負うのなら、誰かに荷物を分かち合うようにしなくてはならない。
(だが、魔塔攻略を失敗することは危険だ。やる以上は失敗は出来ん)
一方で、思ってもいてシェルダンは葛藤しているのだった。
「ええ、自分でやるのはほどほどにね。真面目なあなたのことだから、悩んでいるかもしれないけど、気に病むことなんて何も無いわ。部下に任せるのも大事よ」
カティアにはシェルダンの葛藤などお見通しのようだ。
(敵わんな、この人には)
シェルダンは笑うしかなかった。カティアの見せてくれる気遣いや思いやりが何よりのねぎらいでもある。
「さ、行きましょう。ここでずっと立ち話をしていると、子どもたちといる時間が減るわ」
微笑んでカティアが告げる。
「今回は一月も休めるんだが」
シェルダンは笑顔のまま指摘した。
「それでもよ」
カティアに笑って返されるのであった。
3人でしばらく歩く。
護衛をしてくれていたデレクだが、休暇であり旅行中だ。本日は夕飯を一緒にとって一泊し、翌朝出立する予定らしい。
(お前もいい加減、いい相手を探せ)
シェルダンはデレクについても笑いたくなってしまう。
『見つけろ』ではなく、『探せ』であるあたりデレクなのであった。未だ探してすらいないのだ。
屋敷にたどり着くと、一応、怒られはしたものの客人ではあるデレクを客室に通し、シェルダンは居間でくつろいでいた。
派手すぎず、それ相応の上品さを持って、整えられた居間だ。具体的には部屋の中央に綺麗な木製のテーブルが置かれ、その脇には同色で揃えられた洒落た椅子が家族の人数分置かれていた。
部屋の絨毯や置物の花瓶もカティアの趣味だろう。
部屋の隅にはソファが置かれている。シェルダンはそちらに座るのが気に入っていた。
今も一人で座って、カティアの淹れてくれたコーヒーを飲んでいる。カティア本人が子供たちを呼びに行ってくれた。
「お父様っ!」
4歳になる長女のケイティが最初に姿を見せてくれた。
たどたどしいながら、母譲りの綺麗な所作で一礼を決める。会う度に上達していて、母親に似ているのだった。髪色もカティアと同じく紺色だ。
「いつもどおり、可愛い我が家のお姫様だ」
シェルダンは、顔を上げると駆け寄るケイティを、抱き上げるのであった。




