87 出征を前に3
バーンズはエレインと2人、軍営から街へと繰り出すこととなった。昼食時は過ぎており、食事という時間帯でもない。
(せっかく会えたんだから、ただ話して終わりって気はなかったけど)
エレインとのことを知られている守衛の詰め所前では、生温かな視線を送られていることに気付きつつ、バーンズは思うのだった。
(さて、どこに行くか)
趣味が散策のバーンズは頭の中で皇都の地図を思い浮かべる。今いる第1ファルマー軍団軽装歩兵連隊の詰め所は、皇城に近い。官庁などの多い地区だった。
つまりデートには向かない。
「こういうの、久し振りですね。ずっと北にこもっててお仕事でしたから」
すっかりデート気分でウキウキしているエレインにも応えたいのだった。ずっと陣営で治療の日々だったから『こもりきり』という印象なのだろう。
(うちらとしては『出ずっぱり』って感じだからな)
なんとなくバーンズは思う。
「そうですね」
バーンズは相槌を打ち、味気ない用水路沿いを少し進んで皇城から離れる。
頭の中では激しく思考を巡らせていた。どこならエレインが楽しいのか。そればかりである。
(とりあえずはあそこだな)
用水路沿いから貯水池の方面へと向かう。
池に面して水鳥の来訪を楽しめる喫茶店がある。ちょうど今なら茶色の羽毛が水を弾くさまの美しいコハクドリが来ているはずだ。
(席が空いているといいが)
特に予約などを入れる店でもない。そわそわしながらバーンズは歩く。
やがて貯水池に出る。
「わっ涼しいし、眩しい」
エレインが水面を照り返す陽光に目を細めて声を上げた。仕事が忙しくあまり外に出ない人なのだろう。言われてみれば、バーンズも吹く風を涼しく感じられる。
「この時期はコハクドリが渡りの途中で寄るのです。このまま東へ抜けて営巣地へ向かうのだとか」
バーンズは歩きながら説明する。
こくこくと頷きながら、視線はじぃっと池や鳥に向けたままのエレインが微笑ましい。
(魔塔のことなんか忘れそうだ)
バーンズは思い、そして思ったことで魔塔のことを思いだす体たらくである。
「へぇ、じゃあ、アスロック王国の方から来て、ここで休んでるんですね」
ニコニコと告げるエレインのように、気持ちをうまく切り替えられないのだった。
「ええ、魔塔がなくなったことで帰ってきたとか」
バーンズはなんとなく返した。
池に面して広くなったところに平屋建ての店舗が建っている。木造で風情のある佇まいだ。目当ての喫茶店である。一見して、外側の席が2つ3つ空いていた。
(外が空いているからいいか)
バーンズは安堵する。
「ずっと歩かせ通しですいません。少し、休みませんか?」
楽しげに池や鳥に夢中のエレインにバーンズは提案する。
「あの席なら、お茶を飲んでいても、話しながらでも景色を楽しめますから」
席はエレインに取っていてもらうしかないだろう。言いながら、バーンズは考えていた。
「はい、あ、座って席、取ってなきゃいけませんよね」
エレインが察して頷く。
「お願いしていいですか?あと、飲み物はコーヒーで?」
問いかけにやはり楽しそうにエレインが頷いてくれる。
やり取りの一つ一つが楽しいのだから、交際できて幸せなことなのだとバーンズは思う。
「水辺っていいですね。こういう暑い時期はなんだか涼しい気持ちになれるから」
飲み物を買って戻った自分にエレインが言う。
「ええ、私もそういうところを狙って、いつも歩いているから」
バーンズも座りながら相槌を打つ。
「こういうところ、いつも覚えておくんですか?女性とデートしたいから?」
そして誤解を招くのであった。エレインがじとりとした視線を向けてくる。
「バーンズさんはいかにも女性にもてそうだから、私は気が気じゃないないんです」
なかなか驚くべきことをエレインが言う。
自分の職業を考えてみてほしい。
「そんなわけないじゃないですか。うだつのあがらなち軍人ですよ。やり甲斐はあるけど、女性人気なんて。エレイン殿と出会えたのもマキニスの妹さんだからで、それは、すごい幸運なことで」
バーンズは頬まで熱いのを自覚しつつ告げる。
いつ死ぬか分からない軍人だ。給金も悪くはないが、破格に良いわけでもなく、まして分隊長でしかない。
「それを言うなら、エレイン殿のほうが男に人気でしょう。ご職業もルフィナ様の腹心でもあり、容姿も可愛らしいし、人柄も楽しいし」
言ってて気恥ずかしくなってきて、バーンズは途中でやめた。エレインの方が『もっと言ってくれ』とばかりに少しずつ胸を反らすので、笑いそうにもされる。
「うーん、兄も、『治癒術士なんだから、嫁の貰い手に本来、困ることはないんだ』とか、よく言いますけど私はそんなことないし。そもそもバーンズさんは素敵です」
言ってから、エレインが何事かを考える顔をした。
「あっ」
そして何事かに思い至ったようだ。
「おかしいのは、シェルダン隊長さんなんですよ。これだけバーンズさんをすごくして、いろいろ仕事もあり得ないこと押し付けるのに、なんで分隊長さんのまま昇進させないんですか?」
エレインに言われて、バーンズもはたと気づく。
あまり昇進や給金に執着する方でもなかった。だから気にもしていなかったのだが、今回に至っては危険すぎる魔塔にまで送り込まれるというのに、自分は分隊長のままなのである。
(他にもいろいろしてきたけど)
バーンズは苦笑いでかつての過酷で大変な任務やシェルダンからの厳しい指摘に叱責を思い返すのであった。




