83 治癒術士エレイン4
自分が来るまでのんびりしていた守衛の詰め所が、にわかに騒がしくなった。
(なんでだろう?)
エレインはただ首を傾げる。ただ自分が来ただけだ。
何人かが急いで走っていく。まるで何か報告に向かうかのように。
(すごいなぁ、速い速い)
伝令に駆ける守衛の一人を見てエレインは呑気に思う。
「しょ、少々お待ち下さい。エレイン・マキニス様」
なぜだか『様』付けで呼ばれた。生まれて初めてのことである。自分はどうなってしまったのだろうか。
(いつも、こんな感じじゃないのに)
戸惑ううちに、伝令の人が帰ってきた。
何事かを仲間内だけでゴソゴソと話し合って、何人かが自分に向き直る。
「大変、おまたせしました。ではこちらへ」
一番、階級の高そうな人が言い、先に立って歩き出した。
(あれ?こっちだっけ?)
エレインは歩きつつ、また違和感を覚えた。
練兵場を左手に、右手側には宿舎や備品庫が並ぶ。いつも通される来客用の応接室はもっと手前側だというのに、どんどん奥へと通されていく。
屋根付きの渡り廊下をエレインは無言のまま守衛の人に続いて進んでいた。
「あのぉ、私、第6分隊のバーンズ隊長さんに会いたいんですけど」
遠慮がちにエレインは問いかける。
「はいっ、こちらで大丈夫です。間違いありません!」
やけに強い口調で中身のない言葉を返されるだけだった。
(とりあえずついていくしかないよね。別に危ないこととかはないと思うし)
エレインは困りながらも諦めるのだった。
しばらく渡り廊下を進み、比較的大きくて清潔な建物の前に出る。
「こちらへ」
いそいそと守衛が逃げ去っていく。
エレインはいつもどおり、ノックもせずに扉を開け放つ。
「ええっ」
おかしいな、と思っていたエレインは絶句する。
「そこまで露骨に気持ちを顔に出すのか。まったくルフィナ様の部下は。それにまた、ノックもしない。おまけに部下は客人を放り出して紹介もせずに逃げた。まったく、どいつもこいつも」
シェルダン・ビーズリーが顰め面で言う。
たった1つの出来事に対して、よくもこうも文句を並べられるものだ。
せっかく立派な机が置いてあり、そこには安楽椅子もあるというのに、机の前をうろうろしている。落ち着いて座っているということが出来ないらしい。
壁には一面にゴシップ雑誌が整然と並べられている。
どう見てもシェルダン・ビーズリーの執務室だ。バーンズなど影も形も見当たらない。
「わたし、バーンズさんに会いに来たんですけど」
相手も挨拶もなしに文句ばかりなので、エレインも文句を言ってやった。
ついでに可能な限り、ジトッと嫌な視線と顔を作るのも忘れない。
(バーンズさんが仕事人間になったのは、きっとこの人のせいだもん。散々、こき使って、ついには魔塔にまで使うなんて)
露骨に嫌な顔をされて当然なのである。
「その前に、下話がある」
表情一つ変えずにシェルダンが言い放つ。自分の不機嫌など取るに足らないと言わんばかりだ。
「下話?」
言いたいことなど、スパッと一言で済むのだ。『下話』などという発想のないエレインは首を傾げる。
「別に私は、シェルダン隊長さんには何にもする話なんてないです。話に下も上もないです。バーンズさんに会わせてください。一緒に魔塔に上がる話になってるらしいから、お話したいんです」
エレインは立ったまま告げる。来客用と思しきソファこそあるものの、座る気にはなれなかった。というよりも、勧められてすらいない。
(むしろ、バーンズさんの方は、この人のせいで上がる羽目になってるんだろうけど)
エレインは怯まず、ジトッと睨み続けてやるのだった。
「なんでもきちんと順を追って進めないと何があるか分からん。いきなりバーンズと会って何を話すつもりだ?あんたは、どんな突飛なことを言い出すか分からん」
なかなか失礼なことをシェルダンが言う。
「例えば、バーンズを抱き込んで上がるのは嫌だ、とかな。だが、もう人選はシオン陛下にまで報告済みだ。今更、話を本人段階でひっくり返されても面倒だ」
自分をなんだと思っているのだろうか。考えてもいない見当違いをシェルダンが言う。
「上がるんなら上がるしかないです。陛下云々は初めて知りましたけど」
エレインは言い返してやった。
「それに、ルフィナ様の代わりの治癒術士っていうなら、確かに私です。そういう風に何年も言われてたから、私は自覚あります」
自惚れではなくエレインは、有事となればルフィナの代役は自分だと思っていた。それはあちこちに連れ回されるようになって、ルフィナに言われてきたからだ。また、自信もある。
「私は、他の家族と違って、魔力が強くて、最初は思い上がりかなって。でも、他の治癒術士と比べても強いみたいだって知りました。今じゃ、大概の傷も病気もすぐに治せます」
エレインは胸を張って言う。
珍しくシェルダンの意表を突けたらしい。呆気にとられた顔をしている。
「私のお家は代々、薬師とか医師の家系でした。治癒術士はいなかったけど。でも、私は医学の知識と魔力を両方持って生まれた、マキニス家初めての人間なんです」
その力をもって、惚れた男の人を守り助けられるのだから、任務自体には抵抗など無いのだ。
「魔塔で医療しろって言うなら、やります。ただ、まどろっこしいのは、本当に嫌いだし、バーンズさんばっかり、こき使われてるみたいなのは不満です」
一気にまくし立ててやった格好だった。
話というのはこうやって、スパッとすればいいのだ、自身の言動にエレインは満足するのであった。




