81 治癒術士エレイン2
「どうして、あの人、ご機嫌斜めなんですか?任務とか仕事とか、すんごく上手くいったって聞いてます」
邪魔だった、頭の悪い人を糾弾してドレシア帝国に連行したのだという。
「そもそも、あの子は目立つのも手柄を知られるのも嫌いっていうのがあるけど」
ルフィナが苦笑いを浮かべたまま告げる。
「魔塔に部下を送り込まなきゃいけなくなったからよ。選ぶのはシェルダン本人だけど、あのバーンズって子にするみたいね、ほら、あなたの大好きな」
さらに続けて、ルフィナがしれっととんでもないことを言う。
「ええっ!バーンズさんがっ?なんでですかっ!」
エレインはあまりのことに腰を椅子から浮かせてしまう。
よく知らないが、魔塔は危ないのだということぐらいはよく分かる。下手をすれば命を落としてしまう環境だ。
(北の陣地でも、魔物と戦って怪我した人、いっぱいいたもの)
エレインはつい最近の派遣任務を思い出していた。
死者こそほとんど出なかったものの、負傷者はひっきりなしにいたものだ。
「あまり、そういう面で、有能な人材がフェルテア大公国にはいなかったみたい。魔塔の攻略方法すら、フェルテア大公国はよく分かってなかったみたいだしね。シェルダンったら、『今のままではデカい石を投げて魔塔を外からへし折ろうとしかねない』って。深刻な顔でフェルテア大公国を馬鹿にしていたわよ。いくらなんでもそこまで愚かじゃないと私は思うけど。シェルダンらしい嫌味よね」
ころころと笑ってルフィナがよく喋る。
面白おかしいことのように言っているが、送り込まれるのは自分の恋人なのだ。
聞けば聞くほどエレインとしては心配になる話だというのに。他人の気持ちをよく理解してくれないのだった。
「そんなことより、なんでバーンズさんなんですか?すごいけど、もっとすごい人、この国にはきっといっぱいいます!」
エレインはルフィナを睨みつけて告げる。ともすればバーンズに対して失礼かもしれない。具体的に誰が軍人として、バーンズより優れているのかもエレインは知らなかった。
「きっと、フェルテアにだって!」
自分は好きだから贔屓目に見ている。
あくまでバーンズの人間性が好きで惹かれた。軍人としての能力にではないが。
(そりゃ、手柄も立ててるし、すごいんだとは思うけど)
高く評価しているのは、エレインだからであり、他の人にとってはその限りではないだろう、ぐらいの常識は自分も持ち合わせている。
「失礼なような、そうでもないような。あなたも不思議な娘よねぇ、ほんと」
ルフィナが呆れ顔で言う。腕組みしてため息をついた。
「シェルダンっていうのは、本当に怖い子よ。味方としてなら心強いけど、やっぱり見ていて怖くなるぐらい」
ルフィナが真剣な顔で言う。真面目に話している時のルフィナの話はきちんと聞いたほうがいい。
エレインは腰を落ち着けて耳を傾ける。
「あの子はかなり正確にフェルテア大公国の人材について情報を掴んでいる。どうやったかは知らないけど。フェルテアが聖女のことで騒動になった時ぐらいから、調べ始めてたんじゃないかしら。準備が良過ぎるもの」
激高する自分に対し、どこまでも、落ち着いてルフィナが応じる。
いつもはどこか抜けているのに、ずるい、とエレインは思った。ここぞというときはちゃんと34歳なのだ。なお、年齢のことを指摘すると怒られる。
(でも、確かにそんなふうに最初からしてたなら怖い人なのかも)
エレインは頷いてしまった。
「聖女はいる。それは今からでも、鍛えれば最低限は出来るだろうって、言ってたわ。ゴドヴァンさんほどではないけど、頑丈そうな戦士もいるみたい。気骨のある魔術師も。魔術師に気骨があるっていうのも、どうなのかと私は思うけど」
さらにルフィナが続けて説明する。自分の来るまでの間に、2人で話していた内容なのかもしれない。
「ゴドヴァンさんとも、もう同じ話はしていたみたい。軍部から屈強そうな兵士を送るって話はそれで不要としたのね」
ルフィナの話にエレインはこくこくと頷くしかなかった。
「でも、大した軍人はいないみたい。つまり先行して状況を探ったり、気を回したり出来る人材ね。シェルダン自身がかつてやってた仕事だけど。あの子と同じことを出来る軽装歩兵はそう多くないのね」
肩をすくめてルフィナが説明した。
「ペイドランとかを出せればいいんだけど、あの子ももう、皇帝の従者で男爵様だからねぇ」
聞いたことがあるような無いような名前である。
エレインはもう一度、なんとなく頷いた。
「なら、本人がやっぱり行けばいいのに。あと、なんでバーンズさんだけなんですか?軍隊で応援に行くことじゃないんですか?」
やはり少し考えてみても分からないことだらけだ。
「魔塔の中は特に上層は瘴気がすごいから。聖女や聖騎士のオーラって術がないと動くこともできない。そして、大勢にずっとかけ続けるわけにもいかないから、人数を絞るのよ」
ルフィナが根気よく丁寧に説明してくれる。
「それと、シェルダン本人はシオン皇帝陛下に止められたみたいよ。あくまで他国のこと。そしてシェルダン自身も軽装歩兵連隊の総隊長で、そろそろアンス侯爵の後任にって話も上がってる。国を代表する軍人になりつつあるってことよ」
申し訳無さそうにルフィナが言う。
戦力を安売りしないという方針らしい。それでもエレインは腑に落ちないことがあって、首を傾げるのだった。




