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続・由緒正しき軽装歩兵  作者: 黒笠


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78 閑話 イリスの1日2

 朝の走行訓練から帰宅すると、夫ペイドランの出仕を見送るという難事業が待っている。

「お父様、行ってらっしゃい」

 朝食後、息子のレルクがニコニコとして告げる。

 食べかすがまだほっぺについているので、イリスは拭き取ってやった。

「行きたくない」

 玄関でペイドランがしょぼくれている。

「行かなきゃダメ」

 レルクがさらに笑顔で告げる。

「お仕事、大事」

 畳み掛けるように息子が夫に言うのだった。

「イリスちゃんともレルクとも離れたくないよ」

 玄関に立ったままペイドランが言う。

(もう、身繕いもして、この状態から仕事行かなくて良かったことなんて、一度も無いでしょ)

 イリスは苦笑いである。

 そのまま立ち上がってペイドランを軽く抱擁すると、耳元で囁く。

「私にもレルクにも、自慢のペッドなんだから。わがままはやめて、ね?」

 ペイドランの耳たぶまで真っ赤に染まったことにイリスは満足する。息子の前で、大胆過ぎただろうか。

 なお、朝食前には軽く水浴びをして、走行訓練での汗は流しておいている。妻としての全てに抜かりはないのだった。

「お父様は自慢」

 レルクも嬉しそうに言う。

 現皇帝の従者にして男爵殿なのだから、それは自慢で間違いないのである。

「うん、分かった。でも、すぐ帰ってくる」

 しぶしぶペイドランが頷いた。

 なお、近年はほとんど定時に帰れた例はないのである。いつもすっかり暗くなってから帰ってくるのだ。

(荒事は無いみたいだけど、ペッドは直感で大概のこと、読めちゃうもんね)

 皇帝シオンが考えをまとめる際の話し相手にされてしまうらしい。ペイドラン本人から聞く限りでは、そういう印象をイリスは抱いていた。

「私たちのことは心配しなくて大丈夫だからね」

 イリスはさらにそっと夫の耳元で囁くのだった。

 名残惜しげに何度も振り返ってはペイドランが短い出勤路を歩き始める。

(陛下の下賜してくださった、このお屋敷。皇城の直近だもんね)

 イリスは仕事へ向かう夫に手を振りながら苦笑いだ。日によっては、本当に昼食をとるためにだけ、仕事を抜けてくることもあった。

「お父様、ちゃんとした」

 満足気にレルクが告げる。

 この見送りは毎朝のことなのだった。とにかくペイドランが自分とレルクから離れたがらないのだ。

「さぁて、と」

 イリスはそのままレルクを抱き上げて、自分の執務室へと向かう。

 自分の細腕では、ずしりと重みを感じるぐらいにはレルクも大きくなった。

「今日は何から片付けようかしらね」

 執務室へ着くなり、イリスは書類と向かい合う。

 狭いながらも皇帝シオンからは領地を与えられている。ほぼ連日、皇城での仕事に追われているペイドランに管理などできるわけもない。

(良い土地なんだけどね。広くはないけど。土地とか豊かだし。気候も良いし)

 皇都グルーン近郊の農村地帯の一角である。

 イリスは先日の見回りで気になった箇所に手を付け始めていた。橋の補修に冬への備えなど、だ。

「奥様、本当にこの冬はそんなに厳しいのですか?今もこんなに穏やかだというのに」

 執事のハドルも手伝ってくれる。

「ペッドが備えておいたほうがいいって」

 イリスは貯蔵庫の備蓄資料に目をやりながら答える。

「旦那様が。では、間違いないですな」

 ハドルもペイドランの直感を何度も見せつけられている。時と場合によってはほとんど予言者なのだ。

「お母様、抱っこ」

 退屈したレルクがじゃれついてくる。

「うん、おいで」

 甘えん坊なのだ。イリスは手を止めて膝に乗せて作業を再開する。

 侍女に見てもらうこともあるし、そういう家庭も少なくないらしい。

(カティアさんとかなら、すんなり事務仕事を自分で捌いて、子どもの教育に熱を入れてそう)

 つとシェルダン・ビーズリーの妻カティアについて思いを馳せる。あちらは子爵夫人となっていた。かつては同じく聖騎士セニアに仕えていたのである。

「お外で遊びたい」

 レルクが困った我儘を言う。

 男の子らしく飛んでいる虫や蛙を追っかけ回すのが大好きなのだ。

 一代限りの貴族というのもドレシア帝国では制度としてあるらしい。ペイドランもシェルダンの家も相続は認められていた。国土が一気にアスロック王国分、広がった影響もあると、シオン自らが言っている。

「少し、待ってね。今日はお母さんのお友達のところに行くんだからね」

 イリスは笑って告げる。領地の有力者や出入りの商人と面会する日もあるのだが、今日は違う。

「シエラおばちゃん?」

 レルクが顔を輝かせる。明るくて闊達な、ペイドランの妹だ。仲がとてもよく、レルクのこともいつも可愛がってくれるのだ。

「ううん、セニアのとこ」

 イリスの言葉にレルクがむくれた。

 セニアのことは苦手なのだ。馬鹿力で抱きしめられたり、勢いよく抱き上げられたりする上、かけっこでも勝たせて貰えない。

「セニア様は嫌」 

 むくれるレルクをなだめつつ、イリスは事務仕事をこなしていくのであった。


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― 新着の感想 ―
レルクとイリスちゃんから離れたくないペイドランw とりあえず息子に気を使いながらもペイドランに仕事に向かわせるイリスちゃんw そしてその後向かうのはセニアの所らしいけどレルクは難色を示しますがそれは苦…
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