75 シェルダンの帰還3
シェルダンは皇帝シオンと第1ファルマー軍団の総帥にして上司のアンス侯爵と人物談義をする羽目になっていた。
(戦力の把握は大事なことではあるが)
内心、ため息をつく。話をきちんとしなくてはならない動機も一応、自分にはある。自分を送り込むということになってはたまらないのだ。
「アンス侯爵の言う通りだ。個人の実力として、『魔塔の勇者』に君を加えた面々は我が国では最高戦力だ。他国のために出すのは惜しい」
シオンもアンス侯爵に同調した。
実際に送り込めるのは一段劣る戦力であるべし、ということらしい。
(分かるような、分からないような)
シェルダンのほうが今度は苦笑いだ。
「では、神聖術という面ではメイスン・ブランダード或いは大神官レンフィル様でしょうか」
まずシェルダンは2人の名前を挙げた。
「メイスンはセニア様並の法力に剣技を持っています。ガラク地方の魔塔での経験もありますし。対するレンフィル様は法力と神聖術の権威です」
2人について、シェルダンは説明を加えた。
シオンとアンス侯爵が揃って首を横に振る。
「その2人はいい。聖女クラリスが神聖魔術を習得すれば、派遣の必要はない分野だと思う」
シオンが意図を説明した。シェルダンにも納得のいく説明だ。
「巨大な魔物と正面切って対峙できる前衛も必須です。かつてのゴドヴァン騎士団長の役回りでしたが。それに魔塔での戦いが長期化すればルフィナ様のような治癒術士も必要です」
シェルダンはさらに述べる。ゴドヴァンの代わりと思い浮かぶのは、部下のデレクだ。かつては魔塔の主と互角に渡り合った実績がある。だが、当然、自分の部下を手放すわけもない。
「フェルテアにもカズスなる豪傑がいるらしい。大斧の遣い手だとか。ルフィナの代わりはちょっと私では。しかし、治癒院は組織化されてるから、誰かしらかルフィナの部下が優秀なんじゃないか?」
シオンが考えを巡らせながら言う。ルフィナ自身が部下を育てている可能性はたしかに高い。実際、シェルダンにも思い浮かぶ顔があった。
「あとは、クリフォード殿下のような優秀な魔術師です。まず浮かぶのはガードナー・ブロング伯爵です。彼の雷魔術は強烈ですし、実績もある」
シェルダンは同じくかつての部下を思い浮かべて告げる。本当は名前を迂闊に挙げたくはない。カティアと自分にとっては養子のような元部下だった。
(だが、どうせ送り込まれることはない)
シェルダンには確信があった。
「そうか。しかし、彼は」
シオンが微妙な顔をする。
対してアンス侯爵が訝しげだ。知らないのである。
(知るわけもない。ガードナーのやつには大神官レンフィル様が惚れている)
大神官なのに惚れるというのも低俗だが、教義の面では問題がないらしい。
(ガードナーのやつをフェルテアの魔塔に送り込むとなれば、おそらく大神官様が黙ってはいない)
宗教的権威からの反発となればシオンも強行は出来ない。それこそ義弟のクリフォードを送り込むという話になりかねない。
「フェルテアにはラミアという魔術師がいるだろう」
つとアンス侯爵が口を挟む。
「あれが、いま、活発に動いているらしい。水をよく遣うとか?フェルテアの自前の魔術師がもう、いる、ということだ、んん?」
ギョロ目で自分とシオンとを交互に見てアンスが告げる。
(あのときの女性か)
青いローブの魔術師が民衆を鼓舞していた。あれがラミアだったはずだ。
「そうですね」
シェルダンは上司にただ頷く。
「あとは斥候役ですか。魔塔内部は探らないと分からない。行き当たりばったりでは消耗も激しいので、私やペイドランなどが斥候をしておりましたが」
必ずしも必須ではない。
だが、いると便利ではあった。魔塔の階層を移動するのは転移魔法陣なのだが、そのときには特に無防備となりかねないから、捨て石のようなこともする。
またどこにいるか分からない、階層主の探索も重要だ。
「正直、君とペイドランは出せんよ」
さらりとシオンが言う。
自分も含まれていることにシェルダンは軽く驚く。
「それは、ゴドヴァンやルフィナ、クリフォードにセニア殿を出せないことと同義だ。彼らのような人材は我が国のために使うべきだ」
シオンが言葉を切った。そして続ける。
「私はアンス侯爵とよく話すようにしている。戦う人間や軍のことが感覚としてはやはり分からない。聞くしかないのだ」
有能な政治家であるシオンだ。聞こうというだけでも立派なことに、シェルダンには思えた。
「いつも言っているが、人には立場というものがある。指揮官は簡単には死ねん。わしは、だからかつて、ゴドヴァン騎士団長が魔塔にのぼることにも否定的だった。今も変わらん。儂の腹心の指揮官にそのような軽挙をさせるつもりはない」
力強くアンス侯爵が言い切った。
「指揮官が簡単に死んでは部下はどうなる?どうやって導くのだ?無論、指揮官も強いほうが良いには決まっている。だが、それは兵士と同じ目的ではない」
昇進するたびに実は、シェルダンが言われてきたことだった。酒を飲みながら言われたこともある。
だから、なんとなく嫌な気がした。
「シェルダン、お前は既にこの国でも有数の軍人だ。名実ともにそうなった。今までのように、先代たちとやらのように隠れた存在でもない」
アンス侯爵がさらに言う。
「儂はもう退役する。儂の後任はお前がやれ。お前がこの世で一番、儂に性格が近い。第1ファルマー軍団を、この強かな皇帝のもとで率いていけるのは貴様だけだ」
まったく評価されている気がしない。
シェルダンは顔をしかめた。
真剣に言われている。だから、失礼もできない。
「それは困ります」
シェルダンは心の底から告げる。そもそも嫌なのだった。
「私はまだ26の若造です。この階級としてですら、若過ぎる。まだ上に年配者の上長が必要です」
今まで、ノビノビと仕事をしてこられたのはアンス侯爵がまだ上にいたからだ。そこが分からない自分ではない。
「少なくとも私の賛同は得ている」
シオンも口を挟んできた。
「強い軍人、愚直な軍人、信用できる軍人はいくらかいるが、アンス侯爵や君のようなたちの悪い人間は他にいない。私としては、むしろ、君のほうが年も近くて侯爵より良いくらいだ」
やはりまるで、褒められていない。かえってそしられているのではないか。
そして、改めて爵位を最初に押し付けられた時の恐怖がシェルダンの中で蘇ってきた。
政争というものに巻き込まれるのではないか。失脚すると死ぬのではないか。魔塔とはまた違う未知の環境に放り込まれた時の危惧は忘れられない。
(カティアにはなんと言うかな)
貴族の世界のことではずっと助けられてきた。そのカティアですら、子爵より上の爵位は望まない気がする。
(そうだな、俺は、上に行くのはいつだって怖い)
シェルダンは自身について、認めざるを得なかった。
「私は、騎馬隊のことなど分かりませんし、馬にも乗れません。一個軍団の指揮など到底、無理です」
故にシェルダンは体よく断ろうとするのだった。
「逆も然りだ、シェルダン」
アンス侯爵が笑って告げる。
「騎馬隊の指揮官から上げるとなれば今度は軽装歩兵のことなど分からん、となる。お前の指揮する軍団であれば、主力は歩兵。そう割り切れば良かろう」
アンス侯爵の言う通りではあった。自分の反論など読まれていたのだろう。どうせ用意していた回答だ。
「近衛軍団の主力が軽装歩兵というわけにはいかんでしょう」
げんなりとしてシェルダンは告げる。式典などで行進をするのも大概は騎兵なのだ。
「ならば、そういう式典の華だけ持たせてやれ、貴様は目立つのが嫌なのだからな。ちょうど良かろう」
カラカラと笑ってアンス侯爵が暴論を言うのだった。
もはや聞いているシオンとペイドランも笑ってしまっている。
「絶対に嫌です。閣下がもう何年か頑張って、きちんと私より有能な人材を見つけるか育てるべきです」
まだ50代後半のアンス侯爵である。60半ばぐらいまでどうせ元気だろうから、頑張ればいいのだ。
「儂はもう、腹黒い部下とのやり取りに疲れた。ことあるごとに昇進ではなく、降格されようとしたり、手柄を隠そうとしたりするのだからな」
挙句、アンス侯爵が痛烈な皮肉を浴びせてきた。
「あっ、そうだ」
急にずっと他人事で黙っていたペイドランが口を挟む。
「隊長、カティアさんに会ってくればいいんです。大好きな人の顔を見れば、嫌なことでも疲れが飛んで、やる気も出て、将軍も頑張れますよ」
所詮、ペイドランの発想などその程度なのだ。
(お前と一緒にするな)
シェルダンは口に出しかけるも、実際、家族と会いたいところではあるので、便乗することとし、休暇の申請を始めるのであった。




