73 シェルダンの帰還1
シェルダンは直属の部下200名とともにフェルテア大公国から皇都グルーンに到着した。
ミュデスについては、身柄を外交部門の司法局に引き渡している。
今は部下を第1ファルマー軍団の軍営に待機させつつ、報告書の作成等事務仕事を片付けたところだった。国使としての働きを終えたため、その報告を皇帝シオンにしなくてはならないのである。
(まったく、下準備はともかく、使節は俺でなくても良かったろうに)
執務机に向かったままシェルダンは思う。
ゴシップ誌が壁一面に敷き詰められている。当然、不在の間にも発行されていたので、道中で買い揃えておいた。最新号のものは表紙が引っ立てられる無様なミュデスであり、その失墜を特集している。
(結局、あまりに人望のないミュデスを誰も助けようとしなかったな)
シェルダンは思い返していた。
思っていたとおりに、他国での仕事とはいえ、あまりに上手くいったのである。
あとはさらなる面倒事を押し付けられる前に北へ逃げ帰るだけだ。
(よし、部下には悪いがとっとと逃げよう)
200名の中には皇都グルーンに家族を置いている者も多い。この滞在を機会に会おうと望むものも多いだろう。
(それでも逃げよう。なに、家族に会えないのは俺も同じだ)
なんならカティアが魅力的な分、会えない損は自分のほうが部下より上なのではないかと阿呆なことを思うのもしばしばだった。
特にシェルダンの場合、カティアら家族がいるのは領地である。面倒事を頑張ったとて会えるわけではないのだ。
「シェルダン、呼び出しが来てるぜ、陛下からだ」
しかし、あえなく親戚のラッドから凶報をもたらされてしまう。
「そうか」
がっくりと肩を落としてシェルダンは応じる。
「使いの若い従者が来てる」
さらに笑ってラッドが加える。
「いつぞやのペイドランだ。あの可愛い、イリスって若妻のいる」
旧アスロック王国アズルでは、ペイドランの妻イリスと、ミルロ地方の魔塔最上階では夫妻ともどもと共闘している。ラッドにとっても知らぬ2人ではない。
「本当に、逃がすつもりはないってことか」
うなだれたまま、シェルダンはなんとなく告げる。
貴人と話をしていると何を押し付けられるかもわからない。
「だな。だが、俺もコレットがいま、皇都にいるからちょうどいい。総隊長殿が陛下に足止めを食らうなら、ゆっくりと会ってられるからな」
心底、うれしそうにラッドが言う。コレットというのは妻である女性商人コレット・ナイアンのことだ。
(ペイドランを寄越したってことは、本当に逃さないぞってことだ)
直感に優れており、逃げればどこまでも追ってくるだろう。撒くことなど不可能だ。
(出世したな、あいつも)
自分をきっかけとして、魔塔攻略で活躍し、現皇帝、当時皇太子のシオンの目に止まった。
「分かった。素直に応じるとする」
両手を上げて、シェルダンは宣言し、執務室を後にするしかなかった。
そのまま軍営の入口へと向かう。
正門の柱を背に、青を基調とした従者の制服を着たペイドランが立っている。
「あっ、良かった。素直に来てくれた」
物言いは昔と変わらず、ペイドランが安堵している。
「追跡しなくちゃだから残業、とか、本当に嫌だったから良かったです」
一刻も早く帰ってイリスとイチャつきたいのだろう。妻を溺愛している、筋金入りの愛妻家なのだ。
「本当に変わらんな」
シェルダンは苦笑いするしかなかった。
ペイドラン夫妻とはいろいろな経緯もあって、迂闊なことは何も言えない程度には複雑なのだ。
「しかし、陛下は何の用事だか」
軍営を出ようとすると、さりげなく鎧姿のデレクがついてくる。
黒い全身甲冑なのでよく目立つ。ペイドランも何も言わない。
「国使のことをしたから、きっとそのお話です。報告、大事ですよ」
分かるような分からないようなことをペイドランが言う。この話し方も昔から変わらない。ずっと部下だったなら直そうとはしたかもしれない、幼い話し方だ。
直感で自身はなんでも分かるせいか、人に分からせようという気持ちに欠けるのである。自分が理解して終わりなのだ。
(すぐに、着いてしまうな)
近衛軍も兼ねる第1ファルマー軍団の軍営と皇城と、なのでさほどの距離は無い。
すぐに到着して、露骨に武装しているデレクが入口で止められた。
「ちっ、んじゃ、ここで俺は待ってますんで」
素直に応じたデレクが言う。全身甲冑姿のまま不似合いな客間にとおされ、いかにも座り心地の良さそうなソファに腰掛けている。
「奥さんのイリス嬢とお子さんは元気かな?」
デレクと離れるや、シェルダンは尋ねる。
「イリスちゃんもレルクも可愛くて、元気です。で、2人目を授かりました」
心底嬉しそうに、そして幸せそうにペイドランが言う。
「ほぅ、それは良かったじゃないか」
元部下である。これは一生、変わらない。シェルダンも嬉しくなって告げた。
「隊長のところは、もうお子さん、2人ですもんね」
笑ってペイドランが言う。
「あぁ、うちも可愛い盛りさ」
母の真似ばかりするおませさんのケイティに、おじいちゃん子と化したウェイドである。
(なかなか会いに行けないんだよなぁ)
自分もペイドランと同じである。妻は可愛いし、子供とも会いたいのだ。
2人で家族のことを話しつつ、やがて皇帝シオンの執務室に至るのであった。




