70 啖呵を切る
ミュデスが引っ立てられていく。
使節としてやってきたドレシア帝国の軽装歩兵連隊が捕らえたのだという。今は太い木の棒に縛り付けられて運ばれていた。
(ざまぁみろって言うのよ)
ラミアは嘲り笑う民衆の中に紛れ込んでいた。ミュデスの両手両足の骨が砕かれているらしい。自分ではもはや歩くことも出来ないから、棒に縛り付けられ運ばれているのだ。
自分は青いローブ姿である。目深にフードを被って顔も隠していた。
「目立つわけにはいきませんよ」
同じく目深にフードを被っているメランが告げる。こちらは魔術師の自分とは違い、なんのこだわりもないから灰色のローブだ。
「分かってるわよ」
ラミアはミュデスを睨みつけたまま告げる。見た目だけはかつて綺麗に整えていたのが、ボロボロにされて見る影もない。無様な姿なのだった。
(それだけの愚かしさを見せて、国を振り回してきたからよ)
自分の中にはもう、侮蔑の念しかない。
青いローブは認められた魔導技術の証だった。磨いてきた技術よりも何よりも、ミュデスに評価されたのは見た目の美しさだけである。
(何度も着飾るように言われた。このあたしの、青いローブを馬鹿にして)
断固として着飾らなかったが、そんなことよりも優先して自分をものにしたかったらしい。ラミアはそんなことを思い返していた。
「うっせぇな」
ミュデスに何かグズグズと文句を言われた男が鉄の棒で突く。
「まったく、どこまで愚図なのか」
更にもう一人の男がため息を付いて、鎖のついた分銅を投げつける。風を切る音とともにミュデスの顔を掠めた。
それだけのことで、当たりもしなかったのに、ミュデスが失禁する。
「お前は罪人だ。我が国になした罪で、我が国の法で裁かれる。分かったら黙って運ばれろ。運んでもらえるだけ有り難いと思え」
灰色の髪をした男だ。冷徹な眼差しをミュデスに向けていた。
「私はこの国を継ぐはずだった男だ。貴様ら下郎に」
ミュデスがそれでもうわ言のように言う。ボソボソと言葉を口から紡ぎ出していた。
「愚かすぎて魔塔を利するから廃嫡されたとすら分からないのか。その程度のことは理解してほしいものだが。それも無理そうですな」
この男が指揮官らしい。周りの兵士たちが向ける視線からなんとなく分かる。
心底、呆れ果てたという口調であった。
「フェルテア大公国が、あのはた迷惑な魔塔を倒すにあたり、ただの邪魔にしかならないから、退場させようというのに」
さらにわざとらしく大声で加えていた。
(こいつ、わざと集まってきた人たちに聞かせるために、わざとデカい声で)
ラミアは興味を引かれた。
どこにでもいそうな軍人だ。黄土色の軍服に身を包み、腰には片刃剣を吊っている。傍らに従えている全身甲冑の小男や鉄棒を担ぐ男のほうが偉そうに見えるほどだ。
(でも、この軍人たちの中じゃ、一番やばいのはこいつ)
ラミアは改めて男への警戒をあらわにする。
思考を読ませない、冷徹そうな表情や物腰が恐ろしい。
(フェルテアの魔塔はフェルテアが倒せと。そりゃそうなんだけどさ)
ラミアは周りの反応を窺う。指揮官男のちょっとした発言など、今は誰も気にしていない。ただミュデスを嘲ることに夢中だ。
「怖い男だ。ドレシアでは、あんな男が一介の軍人なのか」
メランが呆然として呟いていた。自分とはまた違うところを見ている。
「情けないこと言ってるんじゃないわよ。ミュデスが消えた以上、次はあんたなのよ」
ラミアはそう発破をかけるのであった。今更、口調など気にしてはいられない。政治がしっかりしてくれないと自分も研究に打ち込んでいられないかもしれないのだから。
「そうですね。だが、あれはちょっとした人物だそうです。シェルダン・ビーズリーという。数年で、あの若さで軽装歩兵連隊の総隊長になったそうです」
メランがさらに説明する。
「へぇ、叩き上げってわけね」
魔力すら僅かながら持っているようだ。シェルダンを見てラミアは気付く。だが、怖さは魔力とは別のところにあるのだろう。
なんとなく、ラミアはシェルダンへと近付いていく。
「ねぇ」
ローブのフードを外しつつ、ラミアは声をかけた。
止めようとするメランなど無視だ。
「おや、貴女は」
シェルダンが無機質な視線を向けてくる。
「ラミアッ!どうしてここにっ!」
ミュデスの声が降ってきた。当然、無視である。
「あぁ、貴女が。聖女クラリスの身代わり予定だったというラミア嬢ですか」
淡々とシェルダンが言う。
「お前も同罪だろうがっ!」
誰かが怒鳴り、石を投げる。
全身甲冑姿の男が棒のついた鉄球で砕き飛ばした。あまりの迫力に皆が凍りつく。
「私の前での見苦しい暴挙は許さない」
誰にともなくシェルダンが冷徹に告げる。
民衆も静まり返ったままだ。
「ミュデスとか言う男の罪状はあくまで、ドレシア帝国に対するもの。フェルテア内での愚挙とは別物です」
さらにシェルダンが指摘する。見せしめにしておいて今更だが。
場は静まり返っている。ラミアにとってはちょうど良い機会だった。
「私が出てきたのはっ!ここで宣言するためよっ!」
ラミアは声を張り上げた。さらに続ける。
「この国の魔塔は!この国が!ひいてはこの私が倒すということよ!」
シェルダンに向けて言っているようで、違う。聞かせたいのはフェルテア大公国に住む、すべての人々に、だ。
「なっ」
ミュデス含めて何人もが絶句する。
そんなのは当然に無視だ。
「私は魔術を磨いてきた!それは、こんな男の都合で!聖女の真似事をするためじゃない!」
ラミアは口の中で素早く詠唱し、水柱を吹き上げてやった。
降り注ぐ水滴に人々が再度どよめく。
「こんな男のために、駄目になる国じゃないわよ、このフェルテアは!」
誰にともなくラミアは周囲を見渡して叫ぶ。
自然と言葉が溢れてくる。
「私はラミアッ!水の魔術師よ。見てなさい。難なら聖女抜きでもこの国は魔塔を倒せるんだから!」
ラミアは水流を背に拳を振り上げた。
歓声があがる。自分を、フェルテアの名を叫ぶ声だ。
「くくっ、とんだ、見世物のダシにされた。だが、フェルテアにも人はいるものだ。いくぞっ!」
前半は誰にともなく。最後は部下たちに向けてシェルダンが怒鳴る。
「ラミアッ!フェルテアッ!」
民衆の歓声を背景として、ラミアは再度、水を噴き上げ意気を高めるのであった。




