68 使者〜失墜2
シェルダンが呆れたような視線を自分のみならず父やガズスに向ける。
「我が国から流れ込んだ魔物をただ倒すだけではく、こんな記録まで」
ガズスが驚嘆している。武器を振り回し、体を鍛えることしか能のない男なのだ。
「記録ぐらいは誰でも取るであろう」
ミュデスは木偶の坊に呆れて告げる。
だが、全く自分の言葉には反応せず、ガズスが見ているのは、重たい冊子ばかりであった。
「では、フェルテア側はどれほどの数を我が国に至るまでに倒してくださったのか?お答えになれますか?」
シェルダンが馬鹿にしたような口調で尋ねてきた。
「私が知るわけもなかろう」
ミュデスは当然、首を横に振った。倒した魔物の数勘定など、下々の者の仕事だ。高貴な自分のすることではない。
「つまり、自分では何も知らないと。困るのですよ。あなたのように口だけは達者な無能が何かとかき回し、挙句、魔塔を生んだ。魔塔を生むだけではなく、愚行を連発しては魔塔の強化まで行っている」
ため息をついてシェルダンが言う。
ミュデスは我が耳を疑い、とっさには言葉を発せられなかった。全ては自分のせいだと言うのだ。
「なんと非礼なっ!首を討ってくれる!誰か剣を持てっ!」
いきり立ってミュデスは叫ぶ。だが誰も言うことなど聞かない。剣を持ってくるものなど誰もいなかった。
ガズスも呆れ顔だ。
「では、ミュデス様の意向の下、フェルテア大公国はドレシア帝国と戦争をされるということで、よろしいですか?」
蔑んだ瞳のまま、シェルダンが言う。口調とは裏腹に『戦争』などとはあまりに重たい言葉だ。
「なんだとっ!なんでそうなるのだ?」
たかだか子爵風情を斬り捨てたところで、なぜドレシア帝国とフェルテア大公国の戦争になるのか。当然の疑問をミュデスは怒鳴る。
やはり父もガズスも呆れ顔のままだ。
シェルダンも疑問を抱くことが愚かであるかのように、ため息をついた。
「私は正式な国の使節、国使ですから。国使を斬ることは通常、宣戦布告に等しい非礼となりますが、そこは理解出来ますか?」
懇切丁寧にシェルダンが説明してくる。まるで愚か者を相手にしているかのような、馬鹿にしきった口調だ。
「馬鹿にしおって、貴様っ!」
つまりはドレシア帝国の威光を自分がかさにきているだけではないのか。自分には何の価値もないと言っているのと同義だと分からないのだろうか。
(貴様のほうが能のない愚か者ではないか)
ミュデスは唇を強く噛みしめる。血の味がした。
だが、本当に情けないのは戦争をダシにされては何も言い返せない自分である。
「なお、記録はただ記録に過ぎません。ただの数字ですな。私が申し上げたいのは、それだけの数の魔物が我が国に流れ込んできて、迷惑しております。国境でこちらは弾き返しておりますが。軍費やら武器やらをただでさえ、かからぬはずであったものが、かかることとなっております」
シェルダンの視線が途端に厳しいものとなった。睨まれている。
ただの使者ではない。自分を訴追するために送り込まれてきた使者なのだ。ようやくミュデスは理解する。
父の大公もガズスもただ縮こまっているばかりだ。
「そして、それは、そもそも魔塔を生む愚挙を、正式な聖女をいわれなく追放して処刑しようとした愚かな人物のせいです。それが誰だか、貴方は分かりますか?」
またシェルダンが説明してくる。理解出来るか、分かっているのか不安で仕方がないという顔だ。それがなおのこと腹立たしい反面、反駁するための言葉が、ミュデスも出て来なかった。
次期大公である自分が、通常の軍装をした男に小馬鹿にされているというのに。恥の感覚に屈辱も混じる。
「父上っ!ガズスッ!2人も何か言い返してはどうか!我が国が好き放題に言われているのですぞ!」
ミュデスは父とガズスのほうへと向き直って告げる。
今まで馬鹿にしてきた2人に縋らざるを得ない。ここまで追い詰められていることもまた、屈辱なのだった。
「返す言葉もありません」
ガズスが項垂れて即答する。
「全くもってそのとおりだ」
父の大公も同様だった。
「そもそも好き放題に言われているのは、お前だけだ。我が国ではない」
更には父が驚くべき言葉を発した。
「何をおっしゃるのですか!貴方の後の大公はこの私です。この私が次期大公にして、この国の未来なのですよ?この下郎が侮辱しているのは、我が国の未来なのです」
ミュデスは自らの胸に手を当てて指摘する。
「とんだ愚かな未来で、私は同情しますよ、フェルテアの民にね」
ボソッとシェルダンがボヤく。頭に血が上りかけたが、今はそれどころではない。また迂闊に手を出してはまた、ドレシア帝国との戦争などを持ち出され、脅されてしまう。
「お前を世継ぎに据えたのが、この私の最大の不明であった」
とうとう父の大公が根本的なことを言い出してしまう。
「民をここまで苦しめ、他国にここまでさせてしまうなど。我が身を捨ててでも、私が処断すべきでした、閣下」
ガズスも反省を口にする。
「違うっ、魔塔の魔物など、誰に読めるものでもないではないかっ!私の責任ではないっ!」
ミュデスはどう感情を持っていけばいいか分からず、笑いそうになった。
可笑しいのだ。魔塔の出現など国の問題で自分ばかりのせいでは無いというのに。
この責任はどうとでも逃れられる。ミュデスら思ったのだが。
「では、この2人については、どう説明されますか?」
さらに淡々とシェルダンに言葉を浴びせられるのであった。




