65 盗賊捕縛2
ビルモラクはひとしきりマイルズと言葉をかわすと、さすがに視線を兵糧庫の方へと向ける。なんとなく機の熟したような気配を感じた。理由を考えるに視界の隅でバーンズたちが少し動いたように見えたからだ。
「そろそろ始まるな」
ビルモラクは呟く。土嚢の陰に完全に身を潜める。
そういう考え方が出来ず、さらには兵糧庫しか見ていなかったマイルズが驚く。
すると本当にガサガサと音がして、林の中から白い鎧を身に纏った一団が姿を見せる。
無言でマイルズが目を見張った。マイルズから見れば、自分は超能力者か予言者だろう。
2人で息を潜める。
合計で7名の集団だ。いずれも白い鎧に陽光を照り返す抜身の立派な剣を持っていた。自分たちと同じく一個分隊なのだろう。
(確かに身なりはいい。貴族出身も混じる、というのには頷ける)
こちらは黄土色の軍服に鎖帷子を薄く着込んでいるだけなのだ。初歩でも魔術をまともに受ければ危ない。
(しかし、経験は不足している、か)
ビルモラクは笑いたくなってしまう。
「見張りも立てないのか」
ぽつりとマイルズすら呆れて呟く。
7名全てが当然のように兵糧庫の中へと入ってしまう。
バーンズが足音も立てずに兵糧庫に近づくや、手甲鈎を使って、するすると兵糧庫の屋根へと上っていく。
(さすが隊長)
ビルモラクは感心する。
見張りがいれば、危なっかしくて取ることの出来ない選択肢だ。見張りがいたなら、バーンズも危険を冒そうとはしなかっただろう。
「さて、我々も始めるか」
ビルモラクは地面に手を当てた。魔力を地面に流していく。
勝負は最初に不意を討って、どこまで敵の戦力を削れるか、なのだ。まして、魔術勝負になるかもしれない、ということが、ビルモラクの誇りを刺激してもいた。
口の中でモゴモゴと、呪文を詠唱する。
マイルズも呼応して、片刃剣を抜き放つ。
「モグラ穴」
詠唱を終えて、ビルモラクは魔術を起動させる。
兵糧庫は南北に細長く、出入り口は南に一箇所だけだ。その出入り口付近に幾つもの穴を開けた。
入る時には無かった穴が足元にある。間違いなく、躓くか転ぶ。バーンズとの打ち合わせどおりである。
いつのまにか兵糧庫を挟んで反対側にジェニングスとピーターの2人が潜んでいた。
(結局、隊長も、すべての隊員を平等に、とはいかんのさ)
最も遠くにいるのがマキニスとヘイウッドである。ビルモラクは苦笑いだ。配置1つをとっても、バーンズの部下に対する評価が滲んでいるように思えた。
軽率なヘイウッドと、薬学や医術にも通じていて、野営では重宝するものの、実戦闘では弱いマキニスが遠くに配置しており、自身の目が届くところに置いたのである。バーンズの中では、あの二人の評価は低いのだろう。
「うおっ、なんだ?この穴はっ」
一仕事終えて、出てきたフェルテア大公国の兵士がどよめく。数名が兵糧の満載された袋を担いでいる。
(それでは、そもそもさほど盗めないではないか)
ビルモラクは声を上げて笑いそうになった。辛うじて抑え込む。
混乱している敵兵の集団。その頭上からバーンズが飛びかかる。屋根から身を放り投げたのだ。
飛び降りたときに手甲鈎の不意討ちで1名。続くもう一人に襲いかかる。
「うおおっ!」
反対側からはジェニングスとピーター、こちら側からはマイルズが飛び出す。
そして手頃な相手に切りかかっていく。
鋭い斬撃でジェニングスが一人を切り倒し、斬り結んでいる続く1人を、ピーターが両刃剣で斬りつけた。
「ぐあっ」
両断するには至らない。だが、鎧越しに殴られたようなものだ。激痛で相手が呻く。
「よしっ、全員、倒した奴から、確実に縛りあげろ」
バーンズが指示を飛ばす。
「おのれっ、貴様ら下郎がっ、よくもっ!」
敵の一人が叫ぶ。隊長格なのだろうか。軟弱だが魔力を練って魔術を唱えている。
「気をつけろっ!魔術が来るぞっ!」
誰にともなくビルモラクは警告を発した。
「喰らえっ!ファイアーボールッ!」
拳大の火の玉がバーンズ目掛けて飛ぶ。
難なくバーンズが躱し、手甲鉤で鎧の部分を強かに殴り飛ばす。
「ぐえっ」
軍人とは思えぬ悲鳴とともに、敵隊長が悶絶する。
他の敵兵も全て、倒すか縛り上げるかしていた。
「くそっ!私を誰だと思っているっ?私は」
バーンズに関節を極められ、敵がさらに口から唾を飛ばして怒鳴る。
「ただの盗っ人だろう。フェルテアの軍装まで、ご丁寧に身に着けた、な」
バーンズが組み伏せた敵の首に膝を乗せて体重をかける。
「ぐあぁぁっ、や、やめろっ、痛い痛い」
見苦しい悲鳴を情けなくも敵が上げる。
他の6名もぎちぎちに縛り上げてやった。
「なかなかいいな、その両刃剣」
ジェニングスがピーターに告げている。
確かに狭いところでもめまぐるしく振るうことでかなりの威力を発揮していた。ビルモラクも同感だ。
(しかし、呆気なかったな。期待していたよりも。それにこのザマではたしかに、我が軍に侮られても文句は言えまいよ)
御大層に詠唱までして発射したのが、小さな火の玉1発、というのには、不謹慎ながらビルモラクは笑い出すところだった。
(さて、あとは)
ビルモラクは横目でほっと一息つくバーンズを見て、思う。
いかにも待ってました、とばかりに本陣の兵士たちがやってきたのである。
(どこまで、シェルダン総隊長の掌の上なのかな、まったく)
ビルモラクは思い、場の中心から数歩、距離を取るのであった。




