64 盗賊捕縛1
次は兵糧庫を狙われる。
ビルモラクは指揮官のバーンズとともに、第6分隊の一員として、陣営西の端に建てられた、臨時の兵糧庫の警備をしていた。
「特命というから、張り切っていたのだがなぁ」
大欠伸をして、ビルモラクは零す。
「気を抜くな、ビル。既に兵糧庫も武器庫も一度はやられている」
生真面目な副官のマイルズがたしなめてくる。全体に若い分隊の中では、比較的年長のマイルズとビルモラクは親しい。軍歴は自分のほうが長く、軽装歩兵としてはマイルズのほうが長かった。だから、対等な口を利くこととしている。
「連中が2度の無駄な魔塔への攻撃のせいで消耗し、兵糧にも武器にも困窮していると分かった」
ビルモラクは兵糧庫周りに目を向けて告げる。
警備とは言っても、実際は張り込みだ。兵糧庫から少し離れた営舎の陰に土嚢を積んで、そこに隠れている。2名ずつで組んで、だ。
「だから当然、こちらはこのとおり、警戒を厳重にしている。それでも食い物欲しさに来るのなら、フェルテアの軍人は相当の愚か者だ」
ビルモラクは更に言う。ヘイウッドの言動に近い気がする。いつもならたしなめる側だ。
「そこを来る、と上は読んでいるんだろう?おそらくは隊長自身も、だ」
マイルズが兵糧庫に目を向けたまま返す。任務とはいえ、一箇所をじっと見つめるのはなかなか難儀だ。愚直に続けられるのがマイルズという男の律儀さだった。
「隊長は、指示や命令には従順だ。だから良いように使われる」
ビルモラクはバーンズらの隠れている方に目を向けて言う。あちらは3名、接近戦の苦手なマキニスに、軽率なヘイウッドである。
(隊長自身の腕前で、あの2人の分を補おうということか)
根っこに見える人の良さで、特に総隊長のシェルダン・ビーズリーからは便利に思われている節が見受けられた。
(まぁ、その方が俺も楽しめるのだが。時々、しょうもないこともある。仕事は選べないと言えばそれまでだが)
自分でも埒のあかないことを言っている自覚は、ビルモラクにもあるのだった。
「俺が言いたいのはビル、隊長が命令を受けた以上、ここに実際、フェルテアの盗っ人が来る可能性は高い。退屈する心配は無用、ということだ」
真剣な表情で、相変わらず面白いことをマイルズが言う。
(確かに逆説的に考えれば、そうも取れるか)
ビルモラクも納得する。マイルズもマイルズで、集中していられるのは、盗っ人が間違いなく来ると確信しているからなのだ。
「だが、たとえ来たとして、たかだか盗賊ではないか」
ビルモラクはフン、と鼻を鳴らす。ますますヘイウッドのような口振りだという自覚はあった。
「ビルの場合はあくまで口先だけのことだと、そう思うことにする」
硬い口調でマイルズが言う。やはり顔は兵糧庫に向けたままである。
敵を侮るような物言いは、本来なら即叱責だ。自分も若い隊員が口に出しているのを見れば、やはり指摘するだろう。
「一応、来るのは本当に兵士だろうからな。フェルテアの正規軍の、だ」
肩をすくめて、ビルモラクは言いなおした。
正規軍、という自分の言葉にも笑い出したくなる。
(一体、どれほどの茶番が仕組まれているのやら)
フェルテア大公国の兵士がわざわざフェルテア大公国の軍装で、ドレシア帝国軍の兵糧庫や武器庫から略奪を為したのだという。あまりにも見え透いていて、間が抜けている。
(本来なら、盗賊どもが偽装をしている、と考えるのが普通だが)
愚かにも大公の息子が自ら下らない理由で聖女を失い、自身の首を絞めているような国なのだ。更には何の準備もなく、多くの兵士を魔塔上層に送り込んでは失敗し、軍費や兵糧を無駄にしている。
(実際に魔塔と幾度も戦ったことのある、ドレシア帝国から見れば、とてつもなく馬鹿げていて愚かな国だ)
他国の軍の兵糧庫に、所属が分かってしまう軍装で略奪に来てもおかしくない、ぐらいの相手であると、ドレシア帝国軍では思ってしまっている。
つまり、大前提として、ビルモラク自身に限らず、ドレシア帝国の軍人はフェルテア大公国の軍人を侮っているのだった。
(まして、あの総隊長が2度も出し抜かれるとは、皆が内心では半信半疑だ)
ビルモラクも心の内では含み笑いだ。あのシェルダン・ビーズリーという人物のことである。
本当はもっと面白いことが水面下で進められているのではないかと、楽しみでならない。だから、自分に割り当てられた業務が、見え透いた盗賊の相手、というのがつまらないのだった。
「フェルテアの正規軍は数こそ少ないが、貴族出身者も混じっているから、魔術くらいは飛んでくる。気は抜けないぞ」
また、律儀なマイルズがたしなめてくる。
(それでも、大した術者ではない)
ドレシア帝国軍における専門の魔術師とは雲泥の実力差がある。ビルモラクは思う。
「それにな、ビル。特にこの兵糧庫は林に近い。で、その林は俺たち側だ。来るとしたら、こっちからだぞ」
さらに、マイルズが気を引き締めさせてくれる。
(それも、本当はわざとらしいのさ)
なぜわざわざ隠れる場所のある近くに兵糧庫を置いたのだろうか。
それでも、マイルズと言葉を交わすにつれて、自分も臨戦態勢になっていくのを感じる。誰が自分の人事を為したのかは知らないが、少なくとも副官のマイルズとは良い組み合わせなのであった。




