61 打ち合わせ1
兵糧庫に続いて武器庫から武器をいくらか略奪された。由々しき事態であるように見えて、シェルダンの掌の上なので、あまり大きな問題ではない。
(隊長の調略は順調なのだけど)
バーンズはしかし、目下、別の問題に悩まされている。
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
陣営周辺の警邏から戻ってきたところ、治癒術士のエレインが出迎えてくれた。
表向きは兄のマキニスを、ということにしたいらしく満面の笑顔でまずは、実兄に声をかけているのだが。
(もう、皆に知られてる)
何度目かの光景なのだった。バーンズは身構えている。
「バーンズさんもお帰りなさい。大丈夫ですか?お怪我はないですか?」
兄の返事を待たずして、エレインが自分の方を向く。ダシにされた兄のマキニスが苦笑いだ。首を横に振って離れていく。
「大丈夫です」
部下の目を気にしつつ、バーンズは応じる。
可愛い顔が直ぐ近くに迫ってくるのだ。少しのけぞってしまう。いちいち近いのである。
(本当に、遠慮なく来るようになるとは)
バーンズは手振りで落ち着くよう制しつつ思う。
武器庫での1件以来、出動から帰還する度、エレインが顔を見せるようになったのだった。
負傷者であれば、誰であろうと治療する立場の治癒術士の一人であるエレインだ。他所の部隊からも噂になっている。
「もう完全に、隊長の嫁じゃねぇか」
ヘイウッドが冷やかすように失言した。
当然、バーンズは即座に無言で、そのスネを蹴り飛ばしてやった。突っ伏しているが、自業自得である。
エレインも澄ました顔で無視していた。まるで他人事のようだ。
「いや、エレイン殿もですよ」
さすがに多少はたしなめようかとバーンズは思った。
「何ですか?バーンズさん、24時間1年中、守ってくれるっていうのは、嘘ですか?」
じとりとした視線を向けて、エレインが問う。かえって、とてつもなく恥ずかしい発言を暴露されてしまった。
「隊長、そんな熱い告白を」
副官のマイルズが感心した顔だ。いかつい傷が頬にある風貌とは裏腹に他人の恋路が気になるらしい。
「今どき、それぐらい、ハッキリ言える若者は少ない。いいんではないか?」
ビルモラクにまで笑われてしまう。
バーンズは頭を抱えたくなってしまった。隊長としての面子など、空の彼方にまで飛んでしまったのではないか。
「でも、今日もご無事で、いつもどおりお元気そうで、私も良かったです」
エレインが笑顔で小首を傾けて告げる。
好意を剥き出しにしてくれるのは自分にとっても嬉しいのだった。
「うわぁ、エレインさんがバーンズさんと?」
付近を別の分隊が自分たちを横目に通り過ぎていく。誰とも知らぬが声を耳が拾う。
「そうでーす」
しれっとエレインが大きな声で答えている。何がそうだと言うのだろうか。
(この人には一生、敵わないな)
バーンズも惚気けてしまうのだった。もともと満更ではないのである。
警戒活動自体もここ数日は張り合いがない。時折、接近してくる魔塔の魔物を迎撃するだけだ。通常どおり当番制の外回りを行うだけで、陣営には敵は近づくこともできないでいる。
「それにしても、フェルテアの連中はどうやって、接近してきたのやら」
ビルモラクがマイルズと話していた。聞くともなしに聞こえてしまう。
「魔物も近づけない、というのになぁ」
マイルズも相槌を打つ。
「あの総隊長が2度も出し抜かれるなんて珍しいですよね。どっかで倍返しを、企んでるんじゃないですか?」
スネの痛みから復活したヘイウッドが話に割り込んでいた。
(こいつも軽口と失言がなければな。口が回る分、頭もよく回る)
バーンズは話には加わらずに思う。時折、鋭いことを口にするヘイウッドに感心はしていた。
「お前な、俺を露骨にダシにするなよ」
マキニスが妹のエレインに苦言を呈している。
「いいでしょ、協力して。お兄ちゃんだって、バーンズさんならいいでしょ?仲良しなんだもん、もともと」
負けじとエレインが言い返す。
陣の全体の雰囲気としては、姿を捉えている魔物たちよりもフェルテア大公国の軍勢を気にする傾向が強い。
(だがここだって無防備じゃない)
軽装歩兵部隊2000に加え、第4ギブラス軍団も駐屯しているのだ。
ヘイウッドの言うとおり、『出し抜かれている』とシェルダンについて噂する者も少ない。
「隊長にだって、面子ってものがな」
マキニスがさらに分別くさいことを言って、妹をたしなめようとしている。陣の云々などこの兄妹には無関係なようだ。
「それに気にしてあげてたら、どんどん疎遠にされちゃうのよ?つい最近まで素っ気なくって私、また振られたのかと」
エレインが対して唇を尖らせる。
(もったいない人だがなぁ、俺には)
可愛らしい横顔を目の当たりとし、バーンズは赤面した。
果報者だとも思う。バーンズは可憐なエレインをしばらくぽーっと見つめ続けていた。だが分隊員はもう一人、いるのである。
「こりゃ駄目だ。隊長も女に恋する病気だ。」
挙げ句、ジェニングスにまで呆れられてしまう。
「仕事は仕事できっちりやるよ」
バーンズはすかさず我に返って告げる。
エレインのことばかりを気にかけているわけではない。
(気を引き締めないと)
今日はシェルダンに呼び出されている。バーンズは気を引き締め直すのであった。




