56 偽装・第2回1
エレインは第1ファルマー軍団の陣営で日々を忙しく過ごしていた。
「やっぱり、皇都の軍隊は違うわぁ。変な面倒臭い絡みが全然ない。言い寄ってくる煩わしい男が全くいないし」
同僚の治癒術士ミルラが大きく伸びをして告げる。
間もなく日も暮れる時間帯となった。治療活動も終了である。
自分も含めて6人の集団で、ルフィナの指示で出張してきた。ミルラも同僚の一人である。緑色の髪をしており、ほっそりとした体型の美女だ。同い年だが自分よりも背が高くて大人びている。口説かれる頻度もエレインよりも断然多い。
「皇都っていうのは、関係ないと思う。シェルダンって隊長さんが、怖くてしっかりしているお陰だと思う」
エレインはキョロキョロと辺りを見回しつつ告げる。当然、バーンズを探しているのだった。
(本当に硬い人)
シェルダンという隊長による厳正な規律に輪をかけて、バーンズ本人も頭が硬いのである。
(ちょっとこっそり逢い引きするぐらい、いいじゃない)
エレインはふん、と鼻を鳴らして思う。
盗賊騒ぎの後以来、ほぼ会話をしていないのである。自分からは何度か会いに行っている、というのにだ。
「ねぇ、誰を探しているのかしら?」
ミルラが自分のキョロキョロに気付き、顔を覗き込むようにして尋ねてくる。
分かっているくせにわざとらしいのだ。
「盗賊。今度こそきっちり目撃して、捕まえるお手伝いをするの」
エレインはミルラの方を見ずに答えた。本当はバーンズ本人を探しているわけなのだが、そこを白状するのは照れくさいのだ。
「ああー、そっか。盗賊を目撃すれば、恋人の兵士さんと、今度こそお話出来るかもだもんね。バーンズさんって言ったっけ?あの格好良い人」
ミルラがにやにやと笑って言う。分かりきっているならいちいち言わせないでほしい。これまでにも散々相談してきたのだ。
「違うよ、そんなんじゃない」
当然、エレインはとぼけるのである。
本音では、せっかく目撃したのにあまり話をできなかったのだ。あの時のお硬いバーンズには、今も思い出すだけでイライラさせられる。
蒸し返さないでほしい。
「いいじゃん。私はそういう人のほうが、良いと思うよ。本気で好きになるなら、さ」
勝手に解釈してミルラが言う。自分を身長差で見下ろす格好となるから、いつもまるで姉のようにするのだ。
(同い年なのに)
エレインとしてはいつも不満に思うところなのだった。
「そんなの、分かってる。でも、せっかく近くにいるんだもん。もっとお話もしたいし、会いたいの。この部隊は居心地がいいのは認める」
むくれてエレインは告げる。
先輩治癒術士の昔話では、軍隊に派遣されれば裏で言い寄られることもあったらしい。他の部隊でも、エレイン自身も言い寄られた経験は全く無いのだが。
(ここの場合、言い寄られることが絶対にないどころか、この、下にも置かないもてなし)
自分たちに割り当てられた、清潔な宿舎を前にして、エレインはいつも半ば呆れてしまう。
この部隊では、自分たちのように外部から派遣された治癒術士は『お客様』であり、粗相があれば、総隊長のシェルダンによって埋められてしまうらしい。
「仕事がしやすいのは助かるよねぇ。怪我人は多すぎるけど」
宿舎に入るや寝台に腰掛けて、ミルラが零す。
女性治癒術士2人が相部屋で入る簡易宿舎である。鍵もしっかりかけられるようになっていた。窓はなく、寝台に書き物机、さらには火と水の魔石による湯浴み場所まである。兵士の天幕などと比べれば破格の施設であった。
「それは、ルフィナ様のせい」
すげなくエレインは言い放つ。
4桁の人数がいる部隊に、たった6人を送り込もうという判断がおかしいのだ。
「そりゃ有望株のあんたがいるからよ。あのルフィナ様に高く評価してもらえてるってことじゃないの」
とても羨ましげにミルラが言う。
自分でもかつては嬉しかった。鼻高々に思っていた時期もある。
(でも、大変なことのほうが多い)
今となっては、ルフィナの無茶をたしなめたり、叱ったりすることのほうが多いくらいなのだ。
現場でもルフィナの代わりとして見做され、厄介な怪我の治療や疾病、時には判断や指揮まで押し付けられることも増えた。
「私だって、大変なことが多いの。聖騎士セニア様みたいに、気を使う患者さんの相手もあったし、今回のだって、ミルラなら分かるでしょ?こんなのばっか、最近の私の仕事」
どうやら、ルフィナが後継者的な気持ちで面倒を見てくれているらしいとは分かる。今回のも試練のつもりなのだろう。
大変そうな仕事と見るや、嬉々として任せようとしてくるのだった。
「他の子には言っちゃだめよ、やっかまれるから」
苦笑とともにミルラがたしなめてくる。
「分かってる。ミルラだから言ってる」
治癒術士となった、その日からの友達なのだ。
バーンズとの恋愛話すらしている。今更、ルフィナについての愚痴ぐらい、どうということもない。
一旦、エレインは愚痴を止めて、食事と入浴を済ませる。
「そんなに言うなら、押しかけちゃえば?彼氏さんのとこ。宿舎を抜け出してても、私、黙ってるわよ?」
ミルラが布で髪を拭き拭き、思い切ったことを言う。
要するに夜這いしろというのだ。
「さすがにそれは、はしたないよ」
思わず赤面してエレインは却下する。
「かえって軽蔑されちゃいそう」
更にエレインはバーンズの人柄を鑑みて加えるのだった。
そしてミルラとともに大欠伸である。魔力をかなり使ったので、疲労困憊なのだった。
(やっぱり、そういうところは、ここも軍隊で戦う場所なんだわ)
のべつ怪我人が自分たちのいる場所へ運び込まれてきた。魔物などが姿を見せることこそないのだが。
バーンズはもちろんのこと、兄のマキニスも運び込まれたことはないから、負傷していないのだろう。
(それが、本当は一番大事なことなんだけど、不謹慎だけど、ちょっとぐらい、もっと仲良くしようとしたっていいじゃないって思っちゃう)
エレインは寝台に横たわる。
ミルラが微笑んで灯りを消す。話の水を向けることで毒抜きをしようとしてくれたのだろう。短くない付き合いなのだ。
友人に感謝しつつ、エレインは眠りに落ちるのであった。




