49 盗賊探し2
エレインの可愛い顔がとても近くで見上げてくる。咎める顔であっても魅力的だとは、一体どういう造形をしているのだろうか。
「いや、その」
バーンズはのけぞってたじろぐしかなかった。
部下には見せられない。
「雑談をしたいのは、やまやまですが、やはり職務中ですし」
様々なものに耐えながら、至近距離のエレインにバーンズは告げた。
こんな説明で納得する相手ではない。膨れ面のままだ。
「部下や仲間には、妻や恋人を残して、ここに駐屯しているものも多いのです」
自分ばかり役得とばかりに恋人との雑談に興じるのは不謹慎だと思う。
「もうっ!そんなの、良かったぁ、自分は得出来たぁ、でいいじゃないですか。大真面目なんだから」
エレインが胸を張って言う。
「しかし、ここにらエレイン殿もいらっしゃる。気を抜いて、あなたに何かあっては後悔してもしきれないですから」
バーンズも譲るわけにはいかない。僅かな異変すら見落としたくないのであった。
「私は、この軍にバーンズさんがいることも、今日、ここでお話出来るのも。やったぁ、でしかなくって。本当に嬉しいんですよ」
ニコニコと笑ってエレインが言う。
(会話としては噛み合ってないんだがなぁ)
だが、どういうわけだか、バーンズも嬉しくなってはしまう。たからこそ、気抜けはだめだ。コホン、と咳払いをする。
「それは、私もそうですが。いざとなれば、俺も自力であなたを守りたい。現に目撃できる程度には不逞の輩に近づいていたわけです。何かあってからでは遅い。極力、危険なところへは近づかないで下さい。俺は今回のような奴らは殲滅しておかないと、気が気でないのです」
そもそも従軍していることすら、本当は不満だ。
とうとう本音をバーンズも晒してしまう。
「くすっ。嬉しいです。バーンズさんから、私、大事に思われてるんですね」
エレインの笑顔が変わった。とても嬉しそうだ。
任務にかこつけて、結局、自分は惚気けたことを告げてしまったのである。
「それはそうでしょう。エレイン殿は俺にとって」
かろうじて思いとどまって、バーンズは言葉を切った。
「あっ、途中でやめないでください。全部、仰ってください」
とんだ欲張り治癒術士が求めてくる。
(何を言う気か分かってるみたいだからいいじゃないですか)
バーンズは苦笑いである。
「それは、全部終わったら。もっと素敵な場所で。その時には全て申し上げます」
結局、自分がエレインに首ったけなのは間違いない。笑ってバーンズは言う。
今度は、エレインがボンッと赤面する番だった。この娘は自分が押されると弱いのである。
バーンズはさらに一通りの状況をエレインから聴取して纏めると、部下たちの下へと戻った。
(やはり、おかしい。シェルダン隊長をとっちめなくちゃ)
バーンズのたどり着いた結論である。
「ちょっと、確認したいことがあるから、総隊長のところにいってくる」
バーンズは副官のマイルズに告げる。
「どういうことですか?珍しい。盗っ人のことなら、フェルテアの連中で間違いないから、隊長の請け負った調査も通り一遍かと思ってましたが」
珍しくマイルズが首を傾げる。迂闊にも聞こえるが、ここまで話を纏めると確かにフェルテアの仕業としか思えないのだった。
「あぁ、そうだが、だから、確認しておきたい」
バーンズは振り切るように告げて、シェルダンの天幕へと向かう。
「失礼します、バーンズです」
天幕の外からバーンズは告げる。
「入ってくれ」
中からシェルダンの声が答えた。
言われるままに入ると、シェルダンにデレク、ラッドの3人が真剣な顔で話し合いをしている。デレクがいつもの甲冑姿、ラッドも鉄の棒を背負っていた。
3人とも自分には見向きもしない。
「失礼します、お話中に」
バーンズは入口に立ったまま、3人に声をかけた。
顔を上げたのはラッドだけだ。自分の顔を見て、何か察したらしい。
「だから言っただろ。バーンズにはバレるって」
ラッドが笑って言う。
「これぐらい、勘付かないようでも困る」
仏頂面で腕組みしてシェルダンが言う。
周りには兵士も何もいない。あらかじめ3人が人払いをしていたようだ。
(全部、手のひらの上、か)
バーンズは苦々しい顔を自分はしているだろう、と思った。
「俺は言ってもらわないと分からんかったですね」
あっけらかんとデレクが言う。
「お前はもっとよく考えろ」
すかさずシェルダンにデレクが怒られる。
デレクの場合は考え云々より性格の問題にも思えた。豪快なのだ。
「現段階では、犯人は分かりません。そういう報告書を提出するつもりです」
どうせいずれ発覚するのだろう。含むところを匂わせて、バーンズは告げた。
「それでいい。少し粗いか?だが、ボロを出さなくてはならないからな。これぐらいで良いか?いろいろと手を出すのには口実が要る」
シェルダンがぶつぶつと告げる。
「粗くないです」
バーンズは首を横に振る。
不自然な点が幾らかあった。
だが、それも個人としてシェルダンを知っているからだ。外向けにはしっかりとフェルテアの盗賊ということで纏まるだろう。
(いずれ、本当にフェルテアの軍人が捕まるんだろうな)
バーンズは未来まで見えるようだった。
どういう伝手で、そうなるのかすらわからない。
「隊長、フェルテアの魔塔は?」
バーンズは先読みをした上で問いを発した。本件には魔塔が絡んでいる。多分、突き詰めればそうなのだ。
「愚物を排除して、フェルテアが自分で倒す。最低限の助けぐらいは出してやるべきかも知れんが。原則はそう、上の面々は考えてる」
シェルダンが渋い顔で言う。
「何でもかんでも魔塔はドレシア帝国が、という前例を作りたくないらしい。同じことは俺にも言えるがな」
シェルダンもシェルダンで魔塔には自分が絡む、という前例になりたくないのだろう。
ちらりとバーンズは考える。自分などより遥かに強い上司なのだ。
「フェルテアには足りないものが多過ぎる。兵糧に限ったことじゃないのさ」
皮肉たっぷりにラッドが加える。
「人材も、ですか?」
なんとなくバーンズも相槌を打った。
「例えば治癒術士も、優秀な軍人も、だ」
苦々しげにシェルダンが言う。
ラッドやデレクの視線が気になった。
(魔塔に上がるってことか?)
まさか自分とエレインのことを言いたいのだろうか。自意識過剰過ぎるかもしれない。だがデレクがニヤリと笑っていた。
「嫌ですよ、俺は」
バーンズは想定外のことにそう言うのがやっとだった。
「あっちにちゃんとしたのがいれば、いいのさ」
シェルダンがうんざりした顔で言う。否定しなかった。肯定されたということだ。
「俺じゃダメだが、お前はいいらしい。まぁ、俺は隊長の指揮下で戦えるなら何でも良いけどな」
デレクが肩をすくめて言う。
上がりたいなら本当に上がってくればいい。
心の底からバーンズは思う。
「確かにデレクよりもバーンズのほうが良い。単純な腕力を求められる環境じゃないからな」
シェルダンが大真面目な顔で言う。
「実際、お前なら務まると思ってる。現に、よく俺の意図を汲んで、しっかりと考えを巡らせている。魔塔上層で求められるのはそういう能力だ」
加えて淡々とシェルダンが言う。
気の毒そうなラッドの視線も何かを物語っている。
(本当に俺が?エレイン殿も?)
エレインについては、かつての魔塔の勇者ルフィナ第1の部下である。ありえないことではない。
「まだ、不確定のことが多過ぎる。可能性の1つぐらいに思っておけ」
シェルダンが会話を打ち切るように告げたので、バーンズは退出するのであった。




