48 盗賊探し
ペイドラン達が幸せに巡視へ向かうのと同じ頃、バーンズは北の国境に展開した第1ファルマー軍団の駐屯地にいた。
(なんで俺が)
バーンズは不満に思う。シェルダンから兵糧庫の強奪をした盗賊の探索について、『お前がやれ』と押し付けられたのだ。
(自分でやればいいのに)
バーンズとしては思っていたものの、思わぬ役得もあるのだった。
「バーンズさんっ!」
エレインが笑顔で駆け寄ってくる。まるで皇都でのデートの待ち合わせの時のようだ。
「エレイン殿」
困ったような、恥ずかしいような。バーンズは陣営のど真ん中でエレインと再会していた。役得というのはエレインのことであり、本件、犯行を遠目ながら目撃していたのだという。
「まさかエレイン、お前がなぁ」
エレインの兄マキニスが嘆息して口を挟む。
他の分隊員たちも一緒なのであった。生温かい視線が自分に注がれる。
「良かった。ちゃんといろいろ気をつけて見てて。バーンズさんに会えたんだもの」
満面の笑顔でニコニコとエレインが言う。眩いばかりの笑顔にバーンズはクラクラしてしまった。
「お話したいこと、いっぱいあるんですよ?ルフィナ様ったら、こんな仕事まで前日に言うんだから。ありえないんです。だから、すんごく、怒ってあげたんだから」
早速、エレインが堰を切ったように話し出す。
ルフィナを叱り飛ばしたことについて、胸を張っている姿すら、愛嬌があってバーンズにとっては可愛い。
(確かにたまったもんじゃないだろうけど)
バーンズもエレインの言い分に内心では頷くのだが。
どうしても背中側から向けられる視線が気になるのであった。
「あれが隊長の恋人で、お前の妹か、マキニス」
副官のマイルズがなぜだか咎めるように、マキニスを問い詰めていた。
「へえ、可愛らしい娘さんじゃないですか」
ヘイウッドがいつもどおりの軽口を小声で叩いている。小声で言うようになっただけマシだ。
「美人ですね」
ポツリとピーターにまで言われてしまった。
流石に気恥ずかしい。
「あ、分隊の方々も。いつも兄とバーンズさんがお世話になってます」
交際をまるで隠すつもりのないエレインが後ろの隊員たちにまで会釈する。
マキニスはともかく、自分のことまで言及するとは、エレインもどういう立場のつもりなのだろうか。
「えーと、エレイン殿。兵糧庫の目撃のことで」
いつまでも本題に入れない。バーンズはおずおずと仕事の話を切り出した。
「もう、そのお話なんですか?せっかく、久し振りに会えて、お話する機会なのに。早く切り上げたいって思ってませんか?」
エレインがじとりとした視線を向けてくる。
「いえ、そんなことは」
バーンズもたじたじである。
「若い2人の邪魔をしないようにしましょう。さ、皆、退がって」
口論が始まったと見たのか。同い年のくせにエレインの兄ぶって、マキニスが皆を引き離し始めた。
「なんだ、まったく。これからが面白そうだというのに」
年かさのビルモラクですら、しょうもないことを言うのであった。
部下たちが名残惜しそうに去っていく。
「すいません。部下たちが。その、見世物のようになってしまいましたね」
バーンズはなぜだかエレインに頭を下げる羽目になってしまった。ただでさえ、怒っていたというのに、部下たちが遠慮をしてくれないのである。
「いいえ、なんだか楽しかったからいいです」
しかし、機嫌を直したらしく、エレインがニコニコと笑って言う。会う度に愛おしくなる相手ではあるものの、理解が追いつかない。
(いかんな、俺も)
バーンズは気を引き締めようとした。
一応、正式に事情聴取なのである。
「では、今度こそ真面目な話です」
バーンズはノートを手に話を仕切り直そうとした。
また抗議を受けてエレインにポコポコと叩かれる。
(なぜ、この人はこうも一挙一動が可愛いのだ)
バーンズは内心でため息をついた。
いちゃついている場合ではない。先日、兵糧庫から多量の物資を盗み出されている。その犯人を遠目に目撃した治癒術士の一団がおり、その一人がエレインだった。明け方の犯行だったところ、エレイン曰く、『自分は早起きなのだ』そうだ。
「賊の姿は覚えていますか?」
無理やりバーンズは話を進めようとする。
「距離があったから」
エレインが膨れ面で答える。
「でも、白い服でした。まだちょっと暗かったのに、はっきり見えたのは、多分そのせいです」
話しているうちに真剣な顔になって、エレインがきれいな線の顎にほっそりとした手を当てて言う。思い出そうとするときの癖らしい。ようやく、本題に集中し始めてくれたのであった。
「人数は?」
さらにバーンズは尋ねる。最初の返しから既に違和感を覚えていた。
(この話はおかしい)
エレインから姿が見えたということは、相手からもエレインが見えていておかしくはない。
(なら、なぜ、敵は悠長に目撃者を生かしているんだ?)
致命傷となりかねないものだ。自分なら、まず目撃者を放置はしない。
「十人ぐらいでした」
はっきりとエレインが断言した。
白を基調とした服装であったなら、まずフェルテア公国の軍隊が怪しい。
(それでも、エレイン殿始め、目撃者の話を纏めるとフェルテアの軍人がフェルテアの軍装のまま、堂々と我軍の兵糧庫を襲ったこととなる)
思い、バーンズは熟考する。
考えれば考えるほど、おかしなことの多すぎる盗難事件であった。
そもそもシェルダン指揮下の軍で兵糧を盗まれるのなど、バーンズの知る限り初めてのことだ。
特に気の毒なのは兵糧庫の責任者であった。シェルダンに処断されかねないと気が気ではないらしく、みるみるやつれてしまっている。
(でも実際のところ、シェルダン隊長はあまり気にしていないみたいだ)
バーンズはシェルダンの雰囲気を見ていて思うのであった。
処断まではしなくとも、本当に非が有れば、管理者を異動させて閑職に飛ばすくらいのことはする。それも即座に、だ。
(エレイン殿の目撃だけでは、まだ何も断定は出来ないが)
思ったところでバーンズは腕を抓られてしまった。
満面の笑顔でエレインが自分を見上げている。表情とは裏腹になかなかの力でバーンズの腕をつねっていた。
「エレイン殿?」
バーンズは驚いて尋ねる。笑顔だが、どう見てもエレインが怒っていた。
「せっかく、久しぶりに言葉を交わす機会だっていうのに、ぼんやり考え事をしてばっかり。どういうことですか?」
疑問に思うのは自分のほうだと思うのだが。バーンズは逆に詰め寄られてしまうのであった。




