45 偽装
上層部は自分に甘えすぎだ。
(そうでないとしても、アテにはされ過ぎている)
シェルダンは自身の天幕の中で地図とにらめっこしながら思う。
あわよくば自分にフェルテアの魔塔攻略までやれ、ということだ。ガードナーまで送り込んできたのはそういうことだろう。
(あとはメイスンでも派遣してくれれば、実際、やれなくもない)
ドレシア帝国には、聖騎士セニアが妊娠中であっても、親戚の剣豪にして独自の神聖術を操れる、メイスン・ブランダートがいる。人材の層は厚いのだ。
(それに大神官レンフィル様も、もうドレシア帝国の人となっている)
セイクというガードナーの従者が言うには、大神官レンフィルがガードナーに惚れているようなので、ガードナーをダシにすれば魔塔攻略に大神官を参戦させることも可能かもしれない。魔核を砕く、神聖魔術を放つ役割だけをしてもらえばいいのだ。
(まぁ、しないがな)
シェルダンは結論づけた。
自分の今、想定したのは本当に最後の最後、他に取れる選択肢が何もなくなった時の想定だ。
(皇帝陛下やアンス侯爵閣下も同じ判断だろう)
シェルダンはそう見ていた。
現にメイスンも大神官レンフィルもここにはいない。
(そこまで他国の面倒など見ていられないし、見てやる前例を作るわけにもいかない。魔塔が立つたびに領土拡大、というわけにもいかないだろう)
シェルダンはシオン始めアンス侯爵らのドレシア帝国上層部の意図を正確に読んでいるつもりだった。
フェルテア公国の魔塔である以上、フェルテア公国に倒させる。これが、基本の考え方であり、自分の動きはフェルテア公国に魔塔を倒させるためのものでなくてはならない。
(これが既定の流れで、その中で問題なのはミュデスというのが愚か過ぎるということだ)
放っておくと唯一の聖女が処断されかねないので、一旦、聖女クラリスを保護するしかなかった。今もミュデスがいる以上、何も変わらないので戻すこともできない。
(よって、ミュデスを排除するしかない。排除してから戻し、魔塔攻略のために動かさせる)
シェルダンはそう考えていた。
さらにおまけ付きなのは、今のところは脆弱な魔塔であるのに、愚挙を重ねて民の絶望と瘴気を増して、強化までし始めているのだ。本当にいい加減にしてほしい。
(ドレシア帝国側が魔塔攻略に着手するとしたら、聖女クラリスも戦死したときだけだ)
シェルダンは結論づけた。
「総隊長殿?ちょっといいかな?」
冷やかすような口調で天幕の外からラッドが声をかけてきた。呼び捨てではなく、『総隊長殿』等と呼ぶのはデレクに怒られるかららしい。
「入ってくれ」
シェルダンも形だけ応じるようにしていた。別にラッドやデレクなら勝手に入ってくれても構わないのだ。
「クドルとケドルには話を通しておいたぜ。だが、もう少しかかるらしい」
天幕に入ってくるなり、挨拶も抜きにラッドが切り出した。
「いずれにせよ、段階をいくつか踏まなくちゃならない。焦る必要もないし、別に構わない」
シェルダンは地図から顔を上げて、ラッドに返した。
もう1つの問題は相変わらず貴人たちの世話が焼けるということだ。
(こっちだって、やらなきゃならんことが幾つでも、ただでさえ面倒くさいのがいくつもあるっていうのに)
シェルダンは現在進行している計略を思い返して苛立つ。
クドルとケドル、ウォレス兄弟とは本来、自分が直接、話を詰めておきたかったのだ。ラッドがいてくれたので良かったが。
ビーズリー家の力を利用しての計略である。デレクでは代わりになれない。
遠隔で他国の有力者を排除しようという、微妙なことをしているのだ。
ドレシア帝国にとっても悪い話ではないだろうから、専念させてほしかった。
「お前、今、かなり、腹を立ててるだろ。皇都か?」
笑ってラッドが尋ねてくる。
「俺にあの聖女の、神聖魔術の指導役をしろって話だった」
うんざりしてシェルダンは告げた。馬鹿馬鹿しすぎて、秘匿する気にもなれない。
聞いてラッドが爆笑する。
「なんでもかんでも出来ちまうから、なんでもかんでもやらされるんだよ。少しは考えたほうがいいぞ」
ラッドが腹を抱えたまま告げる。いくら何でも笑い過ぎだ。
言われなくても分かっていることでもあった。さすがにシェルダンもムッとする。
「もう断って帰ってきた。出来ないことにしてやったんだ」
北のフェルテア公国に親戚のいた時代がビーズリー家にはある。
当時の聖女と親しくなって、神聖魔術の教本を読ませてもらったらしい。具体的にどんなやり取りがあったのかまでは、記録も残っていない。もう百年以上も前の話だ。
(まったく、ウェイドのことがなけりゃ、本当に『出来ない』だったのに)
シェルダンとても知識と記憶に濃淡がある。
その資料も熟読してはおらず、神聖魔術にも疎かったところ、ウェイドの法力が強いらしいと分かったのだった。
可愛い我が子のため、資料を探して見つけて引っ張り出し、忙しい軍務の合間を縫って、頭に知識を叩き込んだのである。
(そうした矢先の、あの聖女の神聖魔術の訓練騒ぎだ)
何が悲しくて、息子のために整理した一族の秘伝を、他国の聖女に教えなくてはならないのだ。
断じてごめんである。
(まして、聖山ランゲルの大神官が使う神聖魔術とほぼ同じらしいじゃないか)
シェルダンとしては自分ではなく、そちらから学ぶべきだとも思うのだった。
「いろいろ、企んでるんだろうが。結局、やる羽目にならないといいな」
ラッドが皮肉たっぷりに言う。
自分にとっては皮肉ではなく本音である。シェルダンは重々しく頷いた。
不意に天幕の外が騒がしくなる。陣地の中で何事かがあったらしい。
「シェルダン総隊長っ!ラッド大隊長っ!やられましたっ!」
天幕の外から若い将校が怒鳴る。
「分かった。俺も行くから落ち着け」
シェルダンは応じて、地図を畳んだ。
「そういえば今日だったか」
ラッドがにやにやと笑って小声で言う。
わざと陣営の端に設置した兵糧庫の方が騒がしい。夜間の警戒もあえて薄くした。
シェルダンはラッドとともにそちらへと向かう。途中、ガチャガチャと音を立ててデレクも合流する。
木造の兵糧庫に大穴が空けられていた。中は当然、空っぽである。
「くそっ!フェルテアの奴らだっ!」
駆けつけてきた兵糧庫の管理官が言う。本人の詰め所をわざと陣営の反対側にしてやった。だから、咎める気もないが、なぜだか酷く怯えている。
「埋められるって思ってるようだな」
笑ってラッドが言う。
「俺は部下を埋めたことはないぞ」
憮然としてシェルダンは告げる。あくまで埋めたのは捕らえた盗賊ぐらいのものだ。
「うん?何かフェルテアの物でも落ちてたのか?」
素朴であるからこそ、デレクも正解から大外しをしない人間となっていた。
確かに現段階ではフェルテア公国の仕業という痕跡を残させてはいない。
「証拠がない以上、表向きは盗賊の仕業と考えるべきだな」
シェルダンは倉庫内を見渡して告げる。
「しかし、総隊長っ!」
管理の責任者が声を上げる。
一睨みで黙らせてやった。
「当然、やった奴には報いを受けさせる。盗賊なら盗賊に。フェルテアならフェルテアに。お前に疎漏があったなら、当然、お前に、だ」
シェルダンは、淡々と告げる。睨みつけたので部下を震え上がらせてしまった。怖がられているのである。
今回は証拠を残さないこととなっていた。
何度目かで証拠を発見し、数人を捕らえ、拷問して誰の目論見なのかを吐かせる。
(ミュデス公子の目論見だとな)
シェルダンは心の中で言い、部下に被害場所の見分を始めさせるのであった。




