40 北の情勢4
他の分隊員たちも起きてきた。もともと見張りについていたのがマキニスだったのである。それぞれに装備を整え、点呼を取った。点呼報告を小隊長に済ませなくてはならない。
「移動しようと思う。小隊長の許可は取ってきた」
バーンズは分隊のところへ戻るなり、皆を集めて告げる。まだ午前中であった。
ヘイウッドが肩をすくめてマイルズに怒られ、ジェニングスとビルモラクが嬉しそうだ。反応1つ取っても、それぞれに個性が出るのだった。
「国境まで向かう。多少、魔物と戦闘になっても越えないようにしようとは思うが」
バーンズはさらに説明を続ける。
本来なら、軽装歩兵中心とはいえ、ドレシア帝国軍が展開しているならフェルテア公国側の軍も展開ぐらいはしておくものだ。
(魔物と魔塔の対応に追われて、余裕がないんだな)
バーンズですら分かる情勢だった。
それでも気まぐれに斥候ぐらいは差し向けているかもしれない。
魔塔の魔物とフェルテア大公国軍、双方を相手取るという事態はバーンズも避けたかった。
「例の魔物ですか?」
代表してマイルズが尋ねてくる。薄々、察していることではあるのだろうが、一応、説明しろということだ。
「昨日より、明らかに近づいてる。調べて、パキケンガンっていう魔物なのは分かった」
バーンズは分隊員たちを見渡して答えた。
「どんな魔物なんですか?」
マキニスが口を挟む。
「1ケイル(約4メートル)ほどの鴨みたいな魔物だ。走るのが速くて、頭が硬い。頭突きで突っ込んでくる」
主にパキケンガンの大きさを聞いて、ヘイウッドとマキニスの顔が強張る。
「デカいが、弱点もある。決まった道を走り続ける性質があるらしいから、待ち伏せが容易だ」
完璧な生き物など、魔物も含めてそうそう存在しない。パキケンガンにも付け入る隙はあるのであった。
「なるほど。ましてやこっちには隊長がいる。見つけて経路を割り出そうということですな」
ビルモラクが顎に手を当てて告げる。余裕も感じさせるほどに落ち着いているのだった。
「待ち伏せなら、ビルさんがいるから、どうとでも出来る、と」
ジェニングスもニヤリと笑って付け足した。
「この人たちには、怖えって感情はないんだな」
ボソリとヘイウッドが呟く。珍しくマイルズが頷いていた。マイルズも元来は慎重なので、分隊単独による大物相手の戦いに抵抗があるのかもしれない。
「寝込みや休憩中に襲われると負傷者や犠牲が出るかもしれない。手柄にもなるし、俺としては倒しておきたい」
なぜだか話していて、エレインの顔が浮かんだ。役得で守ろうと言うなら不謹慎である。バーンズは自身をぐっと戒めた。
「自分は、いいと思う。しかし、具体的にどうやりますか?」
面白がるような顔で、ビルモラクが尋ねてくる。
新兵のピーターも頷いていた。
「お、俺も強くなりたいので、戦ってみたいです」
意外にも乗り気なのであった。今まで黙っていたのは遠慮があったからなのかもしれない。
「かといって、正面切って戦うんじゃ、どれだけ強くなっても敵わない。死角を突くんだ。パキケンガンの場合は頭上らしい」
バーンズは主に前半はピーターに向けて告げる。
「俺が上から飛びついて首を攻撃する。それで気を散らされた相手に、ビルモラクか地面から針を出すあれをやってくれ」
バーンズは戦略を説明する。なお、ビルモラクの使える魔術については術の名前までは失念してしまったのであった。
「アースグレイグですな。あれはちと詠唱と準備に時間がいります。それに」
ビルモラクが考え込む様子で言う。あまり派手な攻撃魔術を習得していないらしい。だが、地面から飛び出す針はパキケンガンには有効だろうと思えた。
「たしか、地点も定めないといけないんだったな」
バーンズは確認で尋ねる。他の面々も把握はしていて、頷いていた。
「申し訳ない。場所を選ばずに放てる術師も世にはいるというのに」
ビルモラクが真剣に口惜しげな顔をした。
そもそも軽装歩兵の一分隊に、魔術を放てる元魔術師軍団出身者のいるほうが破格のことなのだ。
(確か、シェルダン隊長自ら、引き抜いて俺の下につけたんたもんな)
バーンズは思い、首を横に振った。
「そんなことはない。いつも、俺達の方こそ助けられてばかりだ。今回も頼りにしてる」
他の面々と同様にバーンズもビルモラクには敬意を持って接するようにはしている。
とどめを刺す算段はついた。
「あとは、他の者たちで側面から襲いかかって時間を稼ぐんだ。そっちの指揮はマイルズが取ってくれ。俺は多分、魔物に組み付いて、多分、それどころじゃない」
バーンズは肩をすくめて告げる。『多分』を2回重ねた。確証が無いのだ。
本当は魔物と戦いながらしっかりと指示を出したいのだが、現実的ではない。
「了解しました。お任せください」
胸をドン、と叩いてマイルズが嬉しそうに言う。いつも自分が指揮権を譲渡すると喜ぶのだ。自分がいないほうが嬉しいのだろうか。
他の分隊員も一様に頷いていた。
「じゃぁ、しばらく俺は敵の動線を探る。みんなも準備しておいてくれ」
バーンズは手甲鈎を使って、するすると木に上る。
手甲鈎を利用すれば木々はおろか、壁を越えることもたやすい。
じっとバーンズは丁寧に山肌を確認していく。
ところどころ、樹木の倒れた痕跡が見られた。
(あれか)
更に慎重に周辺を眺め続ける。
またパキケンガンが戻ってくるかもしれない。
(最初の奇襲をしくじると、そこで頓挫するからな)
全ては首筋の死角を自分が捉えられるかどうかなのだ。撹乱してから初めて、ビルモラクの魔術も皆の集団戦も功を奏するのだから。
「来た」
思わずバーンズは声に出していた。足音が響き、続けて黒い羽毛のパキケンガンが姿を見せる。
捕捉したパキケンガンの動きをバーンズは遠眼鏡で負う。
(エレイン殿)
大手柄をたてれば、会う機会も作れるだろうか。手柄など立てなくとも、エレインならば喜んで会ってくれるかもしれないのだが。
バーンズは午前中いっぱい、パキケンガンの動きを追い続ける。国境のこちら側にも通る経路があった。
「よし」
バーンズはするすると木から降りる。
既にマイルズとビルモラクとが簡易の机に地図を広げて待っていた。
「ここにする」
バーンズは地図の一点を指さして断言した。
木が生い茂り、かつドレシア帝国側、頻繁にパキケンガンが通る地点でもある。そういう場所をバーンズは選んだ。
「なるほど。そこなら」
ビルモラクも魔術を撃つのには悪くない地点のようだ。
「俺が首尾よくパキケンガンに取り付けたら、ヘイウッドとピーターでビルモラクを守れ。責任重大だぞ」
バーンズは2人に命ずる。敵がパキケンガンだけとは限らない。レッドネックやチラノバードによる介入も想定するべきだった。
「了解」
珍しくキビキビとヘイウッドが言い頷く。ピーターも異論はないようだ。
「マイルズはジェニングス以下3名とパキケンガンを弱らせろ。ビルモラクのアースグレイグの後にパキケンガンの息が残っていたらまっさきにとどめを刺すんだ」
更にバーンズは信頼する副官にも告げる。
「お任せください」
マイルズも頷く。
「よし、では行くぞ」
こうしてバーンズは第6分隊の皆を率いて、目星をつけていた地点へと向かうのであった。




