39 北の情勢3
分隊の駐屯地にバーンズは戻ってきた。既に天幕も作り終えてあり、5名で見張りに立っている。
「隊長」
最初に自分たちに気づいたのはマイルズだった。
「留守の守りを押し付けてすまない」
バーンズは副官に侘びる。
マイルズが首を横に振った。
「いえ大した労苦ではありません。こちらも魔物の襲来も何もなく、大過ありませんでしたから」
とても頼りになる、年上の副官なのである。ビルモラクが含み笑いを噛み殺しているが、バーンズは反応に困るので無視した。
「見て回った限りじゃ、主だった魔物は2種類で両方とも鳥だ。そう数は多くないが、飛んでくるから、よく気をつけたほうがいい」
バーンズは見てきた状況を説明する。ジェニングスもヘイウッドやマキニスなどと話をしていた。
話をしている間も、やはりかすかに足音が聞こえる。
(ちょっと探ってみるか)
バーンズは背囊から遠眼鏡を取り出した。近すぎるとかえって分からないことも多い。陣営に戻った今なら見つけられる可能性もあった。
「何かいるんですね?」
マイルズが察して尋ねてくる。邪魔をするつもりもなく、他の隊員に自分が索敵中であることを知らしめるために訊いてきたのだろう。
「あぁ」
バーンズはただ頷いた。じっと集中して、音のする方を念入りに追う。
「あれか?」
木の揺れている地点があることにバーンズは気づく。風で揺れたにしてはおかしい。倒れているものも散見された。
木々の間で、何かが駆けていることに気付く。
(大型の鳥か何かか)
四つ足で走っているようにも見えない。移動している対象を追いながらバーンズは思う。
黒い羽毛のようなものが舞っているのも見えた。走っているのはつまり、大型の鳥、怪鳥とでも呼ぶべきものだ。
「やはり、何かいましたか?」
今度はビルモラクが尋ねてくる。魔術を活かす厄介事が大好きなのだ。
(うちの隊には極端なのしかいないのか?)
バーンズは遠眼鏡から目を離して苦笑いである。
まだ遠い。距離も余裕もあるのだった。
「大きな鳥の魔物が走り回ってる。だが、かなり距離がある。近づいてくるかどうかもわからないから、判断に困るな」
バーンズはしっかりとフェルテア公国側を、怪鳥が走っていることもしっかり見て取っていた。
「気をつけといた方がいいんじゃないですか?デカい敵はおっかないし。それに隊長が話題にあげたのって、大体、裏目に出て自分で倒す羽目になるじゃねぇですか」
大真面目な顔でヘイウッドが余計なことも言う。
バーンズは気を悪くした。手を出す前に、マイルズがヘイウッドの頭を軽く叩く。
「すんませんっ!またっすか」
ヘイウッドが頭を抑えて謝る。瞬時に謝れるのは、日頃の失言癖を自覚しているからなのだろう。
「前半までは正論だったから、軽くしてやってる」
無表情にマイルズが言い放つ。
内心ではマイルズもまた裏目に出ると思っているのだろうか。
(失敬な)
自分で見つけては倒す羽目になってばかりいると、部下たちから思われていることに、バーンズは若干、気を悪くする。
「実際は五分五分というところですな。フェルテア公国側にいるなら、そちらに被害を及ぼすほうがありそうなことだ」
取りなすようにビルモラクが顎に手を当てて話を魔物に戻した。
「確かに強敵が出てくるとなれば、デレク大隊長かうちの隊長に押しつけるきらいが総隊長にはある。そして、デレク大隊長よりもうちの方に優先して流してくる」
だが、やはりビルモラクも第6分隊に討伐の命令が来ると思っているようだ。
「そうだな。シェルダン隊長はそういうところがあるからな」
そもそも聖女に関する面倒事も自分と部下に任せきりだったのである。一応、大隊長で部下もいる立場のデレクを温存しようという方針は透けて見えていた。
「だから、ヘイウッドの言うとおり、俺も気をつけようとは思う」
隊員たちに頷いて見せてバーンズは言うのだった。隊員たちも皆、頷き返してくれる。若手で新参のピーターも含めて、分隊の纏まりは良いのだった。
「じゃぁ、一旦解散。俺も報告書を作っておく」
夕方になるまでバーンズは偵察の報告書を取りまとめる。
ジェニングスがピーターあたりにチラノバードの仕留め方などを助言しているのも聞こえた。
バーンズは一人、天幕の中、シェルダンの資料を読み耽る。
(これか)
目当ての頁で手が止まる。そして頭の中で呟いた。
大地を駆け回る怪鳥型の魔物が記されている。
『パキケンガン』と項目には名前も書かれていた。頭部が硬いコブで覆われ、兜のようになっている。頭から突っ込んで弾き飛ばす戦法を得意とし、大木も頭突きでへし折るという。
足が短く重心も低いので正面から突進されると怖い相手だ。突進の勢いが、重心の低さによりぶれないのだ。
(どうやって倒すかな)
バーンズは思案している内、うたた寝をしてしまった。
夜明けとともに目が覚めたので、顔を洗おうと天幕を出る。
桶に溜めた水で、マキニスが顔を洗っているところだった。
「おはよう」
顔を上げてこちらを向いたマキニスに告げ、バーンズは顔をしかめる。
マキニスへの不満ではない。
パキケンガンの足音が昨日の夕方よりも、近くに感じられるのだ。
確実に近付いている。ドタドタという重たい足音であり、まだ、他の分隊員には聞こえないようだ。この視力と聴力のせいで厄介事を背負う羽目になるのだった。
「おはようございます。まだ、例の魔物の音、聞こえるんですか?」
顰め面の理由をたやすく察して、マキニスが尋ねてくる。
「あぁ、まったく」
バーンズは頷く。
(いっそ、こちらから国境の縁にまで進むか?)
待ち受けるよりもその方がいいかもしれない。バーンズは考えを巡らせる。
いずれにせよ、軍団の外郭にいるのは自分たちだ。戦うとしたら、或いは奇襲を受けるのなら自分たちということになる。
(どうせ、戦うんなら、こっちから有利な場所で襲いかかって、先手を取った方がよい)
実のところ、バーンズは感覚に優れるという自信はあるものの、戦闘能力ではシェルダンやデレクには及ばない、と自分では思っている。
(その代わり、俺はこうやって敵をいち早く見つけて、先手を打つことが出来る)
自分の利点を活かすのなら、積極的に打って出るべきなのだ。
「エレインのやつも従軍してるそうですが、隊長、何かあいつから話をされてませんか?俺にも挨拶がないんですよ」
マキニスがぼやく。もしかすると寂しいのかもしれない。兄妹仲が良いだけに尚更なのだろう。
「陣地でそんな身内やらに挨拶は来れないだろ。エレイン殿だってお忙しいんだろうから」
バーンズは苦笑いして告げる。お互いに仕事だということはバーンズ自身、自分に言い聞かせていることではあった。
「俺も、皇都で話したきりだよ」
肩をすくめてバーンズは告げる。
シェルダンから知らされたのが遅すぎた。早くから分かっていれば、エレインが言わないような人柄とも思えないので、エレイン自身、ギリギリまで言われなかったのではないか。
ふと、バーンズは思い至る。
(急に言われて、不安になっているなら)
荒事には耐えられるのか。バーンズも気がかりになってくるとじっとしていられなくなる。
「いや、隊長まで慌てないでくださいよ。俺も言ってみただけですから」
今度はマキニスが苦笑いである。
「そうだな。エレイン殿がいるからってわけじゃないが、昨日見つけた大型の魔物を倒しておこうかと思う」
バーンズは告げる。内心ではもう倒すと決めていた。
(エレイン殿のためばかりではないが、仕事が助けになるなら嬉しい)
妙な遠慮をエレインにはしないと決めている。
バーンズは思い、どう倒すのか。頭の中で算段を整理するのであった。




