38 北の情勢2
バーンズはジェニングスと2人、森の中を進む。
皇都グルーン付近よりもかなり寒い。森の木々も針のように葉が細いものが多かった。
時折、バーンズは遠眼鏡で国境側つまりフェルテア大公国側を探る。
(あれが魔塔か)
うっかり遠眼鏡を向けてしまい、視界が黒一色で占領された。視線すらも吸い込むような、嫌な黒色だ。バーンズとしては、何度か目にした光景である。
(相変わらず、見るだけでも気が滅入る)
バーンズは魔塔からそっと視線を逸らす。
さらに周辺をくまなく観察してから、遠眼鏡を背囊に仕舞う。
遠眼鏡で周辺を遠視していると、近くが無防備になりがちだ。その間も剣でもって、ジェニングスが魔物を仕留めてくれていた。
今も身構えてくれている。
「あれが魔塔ですか」
遠眼鏡をバーンズが外すのを待って、ジェニングスが口を開く。なぜだか感心した様子である。
「確かにデカいし、見ていて気分が悪くなりそうだ。俺はずっと、第1ファルマー軍団だったから。見るのも初めてなんですよ」
ジェニングスの剣技が新兵のときから評価されていたとうかがえる一言だった。何処か楽しげですらある。
確かに第1ファルマー軍団はあまり魔塔攻略には絡んでこなかった。ずっとアスロック王国の軍隊相手の戦いを請け負ってきたのである。
「あまり、見ていたいもんでもないだろ」
苦笑いしてバーンズは応じた。ジェニングスも苦笑いを返してくる。
山々の合間にデン、と異物が紛れ込んでいる印象だ。目を引くのである。ミルロ地方や最古の魔塔のときと変わらない。
再び2人で敵を探して歩く。魔物を減らせば減らした分だけ、陣営の味方が楽になる。かつてシェルダンもミルロ地方でしていたことだ。分隊によっては指示待ちで何も動かないものもいるのだが。バーンズは『軍人がそんなことではいけない』と思うのだった。
(うん?)
ふとバーンズの聴覚が、ドタバタと妙な音を拾う。
「どうかしましたか?」
思わず立ち止まってしまったことで、ジェニングスが気にかけてくる。
その足元には両断されたチラノバードの死骸が転がっていた。仕留めてくれたらしい。
「いや、なんでもない。むしろ、すまない。チラノバードを片っ端から仕留めてもらって」
バーンズは部下をねぎらった。ジェニングスと組んで動くのが分隊では一番気楽なのだ。腕前だけならマイルズも強いのだが、歳上なのでどうしても気を使う。
「全然、世話ないですよ。にしても、この小鳥はチラノバードっていうんですか。知らずに斬ってました。襲ってくるから反射的にね」
笑ってジェニングスが言う。
自分もシェルダンからの資料がなければ、知らずに戦っていた。
(さっきの音、まだ、微かに聞こえる。何かが走っていた音だと思うが)
馬の蹄とは違う。高さや細かいところで自分は聞き分けられる。
(かなり距離があったからな。視認できないと正体は分からないな)
おかしな音だから自分の気を引くのだ。
(隊長は鳥型が多いって言ってたけど。あくまで多いってだけ。鳥だけじゃないかもしれないし)
シェルダンの微妙な言い回しにはよく気をつけなくてはならない。本人も余程でないと断言を避ける傾向にあった。軽視して決めつけると痛い目に遭うのは自分なのだ。
「大した敵じゃないですね。小さくて弱い」
言いながらマキニスがまた片手剣を目まぐるしく振るって、一刀のもとにチラノバードを斬り倒していく。こういった剣捌きは他の隊員には出来ない。
「気をつけろよ、そいつらは一撃で仕留めきれないと、冷気で反撃してくる」
バーンズは油断しているジェニングスに注意喚起する。侮ってよい敵などどこにもいないのだ。
言っている矢先、また2羽のチラノバードが同時に藪から襲ってくる。ジェニングスに真っ直ぐ突っ込んでいく。
無言でジェニングスが片手剣を振るう。1羽を両断するももう1羽が浅かった。
「チイィッ」
地に落ちたチラノバードがジェニングスに向け、白い針のような冷気を放つ。
「おっと」
慌ててジェニングスが大きく飛び退いて躱す。油断していたら当たっていただろう。
別方向から回り込んで、バーンズは片手剣でとどめを刺してやった。
「なるほど、油断は出来ませんね」
肩をすくめてジェニングスが言う。逆立てた黒髪に若干の氷の粒がついていた。
どちらかと言うと対人の戦闘に慣れている。本人も言っていたとおり、第1ファルマー軍団が、主に旧アスロック王国での戦闘で人間を相手取っていたからだ。
「魔物は人間じゃ思いも寄らない攻撃をしてくるから、チラノバード以外を相手にするときも気をつけて、気を抜かずによく相手を見るんだ」
バーンズは警告をしておく。自分もシェルダンからの資料を必死で頭に叩き込んで戦いに臨んでいるのだ。シェルダンほどには強くないという自覚もバーンズにはある。
(だからこそ、シェルダン隊長の言葉には神経を使うし、気をつける。死にたくないから、油断もしないし注意も怠らない)
自分にキツくいいきかせていることではあった。
(でも、それにしても。実際に目で見て、体験出来ると、覚えが早くなるんだな)
バーンズの見た資料には倒し方のような覚え書きも書かれていた。だが、目を通すのと実践するのとでは、だいぶ勝手が違う。
「肝に銘じておきますよ」
ジェニングスが抜き身を引っ提げたまま頷く。戦いの助言などについては素直に聞くのであった。
同い年のマキニスも同様、話しやすい。気心が知れているということもある。
(そのうち、マキニスなんかも、ついてきたがるだろうな。あいつの場合は薬草の収集だけど)
分隊にとっても有益なことではあるので、バーンズも協力するようにはしている。
「またか」
バーンズは顔をしかめて呟く。
まだドタバタという足音が聞こえてくるのだった。
「隊長っ!」
ジェニングスが警告を発する。
羽音もバサバサと聞こえてきた。視界が翳る。
同時にバーンズは大きく飛び退いていた。赤い羽根を落としながら、大きな鳥が急降下してきていた。
(レッドネック)
思いつつ、バーンズは左腕の手甲鈎をその胴体に突き立てる。
咄嗟で剣を抜く間もなかったのだ。
「でいっ!」
怯んだレッドネックをジェニングスが首を斬りつけて倒した。
「本当に、気が抜けませんな」
ジェニングスが言い、上空を見上げる。
ちらほらと大きな鳥の姿も見えた。ほぼほぼレッドネックだろう、とバーンズは見切りをつけている
藪の中にはチラノバードが、空にはレッドネックがそれぞれ棲み分けていた。だが、魔塔から溢れる魔物が2種類だけということはないだろう。
「大体は分かったし、一旦、隊のところに戻ろう」
バーンズはジェニングスに告げた。考えたいことと確認したいことが、索敵して回ったことで出現したのである。
2人で分隊のところへと戻った。殊更に敵を探して回らなければ、あまり敵と遭遇しない程度には、陣営の周りはよく整備されている。
(問題はあの音だ)
バーンズは思い、頭の中では方策を練りだすのであった。




