37 北の情勢1
3日かけて、バーンズら第6分隊は北の国境に展開していた第1ファルマー軍団の陣地に辿り着く。国境に張り付くような格好だった。魔物がフェルテア大公国側から押し寄せる度、たやすく殲滅しているのだという。
(デレクさん、大暴れしてるんだろうな)
先頭で魔物を棒付き棘付き鉄球で破砕していたことだろう。ミルロ地方の魔塔付近での戦闘でも、シェルダンと2人、大型のキラーマンティスを次から次へと片付けていた。
(あの2人が組むと大型の魔物でも倒すのが簡単に思えちゃうんだから、だめだよな)
バーンズは苦笑いである。
自分はラッド率いる大隊の所属ということになっていた。
「マイルズ、俺はラッド大隊長に到着の報告をしてくるから、後を頼む」
バーンズは年長の副官に告げる。
どこか緊張感を漂わせているのは、陣営の北端、もっとも国境寄りに置かれたせいかもしれない。そこに隊長の自分が不在になるのか、と言いたいのだろう。
「分かりました、宜しくお願いします」
それでも報告の面倒さをよく理解してくれているマイルズが送り出してくれた。他の面々はまだ天幕の設置などで忙しくしている。
単身でラッドのいる陣営の中心へと向かう。
全体に陣営の雰囲気は明るい。戦争でもなければ自国の魔塔をどうこうする話でもないからだろう。
肌色地に緑色の縁取りがなされた、大隊長用の天幕へと至る。
「第6分隊隊長バーンズです」
天幕の外からバーンズは名乗る。
「水臭いな。着いたんなら遠慮なく開けて入ってこいよ」
中から大隊長のラッドが言う。もともと平の軽装歩兵だったところ、シェルダンに引きずられるような形でデレクとともに昇進したのだった。
(あまり見せないけど、神官としての技術は本職以上だもんな、この人)
いかにも俗っぽい反面、腕は確かなのであまりやっかみも受けていない。むしろ偏屈なシェルダンとの間に立ってくれる貴重な人物なので、下からも頼られている。
自分にとっては新兵のときからの頼れる先輩なのだ。
「そういう決まり事じゃないですか」
バーンズも笑って返す。
「今はデレクが一人で大暴れしてるから助けになってやってくれ。あとシェルダンからは念信で『こき使うように』って報せが来てる。さぞや張り切ってるだろうからってな」
唇の端を吊り上げてラッドが告げる。皮肉屋だと思われているがシェルダンよりも遥かに優しい上司だ。
念信というのは軍付きの念話通信技士がやり取りする軍用通信である。しょうもないやり取りにまで使われているとは思わなかった。
「デレクが攻めなら、うちの隊は守りで底支えだ。特に治癒術士の方々は生命線だものな?」
いつもならわざわざラッドからはこんな話をされない。
どう考えてもエレインの話をしたいのだ。シェルダンから身上の話が来ているのだろう。
「任務は任務で、仕事は仕事です」
遠回しにエレインを守らせてやる、と言われているのだ。有り難い申し出だが、素直に頷けるわけもなかった。皆、大事な人を置いてきた上で、戦場にいる。自分だけが恋人を守ろうとしていいわけがない。
「わかったよ。誰に似たんだか。お前も生真面目だな」
苦笑いを浮かべてラッドが言う。多少はからかいもあったのかもしれない。
「ラッドさんの指導がいいんですよ」
心の底から感謝しているから、昔の呼び方をしてしまった。
赴任してすぐにデレクにしごかれてしまい、本気で軍を辞めようか迷ったものだ。そういう時に気にかけて、声もかけてくれたのはラッドだった。
今も気にはかけてくれていて、気を回してくれる。
「俺なら、コレットを守ろうとしちまうよ。むしろ、俺のほうが軍人として、お前やシェルダンを見習うべきだな」
シェルダンのように何かにつけて惚気話をするようなラッドではない。それでも折に触れて、妻のことを気にかけているのがラッドからは伝わってくる。
(どうせ、誰かと結婚するなら、俺はラッドさんみたいな関係性がいいな)
内心でバーンズは思うのだった。筋肉が恋人は無論嫌であり、シェルダンのように実は尻に敷かれているのに、崇拝するというのも、自分ではみっともない。
「だが無理はするなよ。陣営で犠牲が数隊出ている。いきなり1部隊まるまる跳ね飛ばされたらしい。配置がお前たちは外周で国境寄りだからな」
ラッドが気遣ってくれる。さりげなく情勢も教えてくれるのだった。
「それ以外にも恋愛でもなんでも相談には乗ってやる」
力強くラッドが言い切るのだった。
いずれ、エレインとのことは相談するかもしれない。ここまで粗相の連続なのである。
(それはそれで、情けないか)
バーンズは不謹慎な自分を自嘲しつつ、第6分隊、自分の部下の待機場所へと戻る。
そのエレインの兄であるマキニスが、草地の地面に敷いた布の上に薬草を並べ、干しているところだった。
「それは?」
バーンズは立ったまま未来の義兄かもしれない部下に尋ねる。
「カラビ草っていう凍傷に効く薬草です」
マキニスが顔を上げて答えた。
道中もしばしば、足を止めては薬草を採集するのが出生の際の恒例となっている。加工するための擦り潰す道具なども、軽装歩兵としての装備とは別に携行していた。
「現地で負うであろう傷には、現地のものがよく効くんですよ」
更に笑ってマキニスが加える。まるで格言か何かのような言い回しだが、自分で考えついたものだろう。
ニヤニヤ笑いが胡散臭いのだ。
「そういうものなのか」
かと言って反論するつもりにもなれなくて、バーンズは相槌を打った。
頭の中では別のことを考えている。
(得体のしれない魔物に跳ね飛ばされた、か)
ラッドのことだから、遠回しに倒しておけ、と伝えたつもりなのかもしれない。
シェルダンからの資料によって、自分も周辺にあらわれている魔物の情報は予習を進めている。チラノバードという冷気を放つ魔物が多く現れているらしい。魔物の情報などはなくとも備えを始めているマキニスが流石といえば流石だ。
「おかえりなさい、隊長」
自分を見つけて今度はジェニングスが歩み寄ってくる。
いつもどおり好戦的な笑顔だ。何か荒事の面白い話でも仕入れてきたのか、とラッドのところから帰ると、様子を窺いに来るのだった。
「ちょうど良かった」
いつもならばたしなめるか、マイルズ辺りに全員を集めてもらってから話をする。だが、今回ばかりはジェニングスに乗ろうとバーンズは思った。自分も好戦的な気分なのだ。
「お、珍しい。いつもつれないのに」
話をしにきておいて、ジェニングスが意外そうな顔をする。
「妙な魔物が出て回ってるらしい。場所も把握したいし、陣営近くの魔物も可能な限り一掃したい。一人ってわけにもいかないし、マイルズやビルモラクに残っててほしいから、ジェニングスがちょうどいい」
バーンズは自身の意図を説明した。
「了解、喜んで」
ニカッと白い歯を見せてジェニングスが笑う。
さらにマイルズとビルモラクの留守中の指揮について、手配をしたうえでバーンズはジェニングスを引き連れて、陣営を後にするのであった。




