28 嘘
きっぱりと断られてしまった。
「だ、そうだが、ペイドラン、どう思う?」
シオンは分かりきっていた返答を受けて、従者に尋ねた。ほんの1時間も経たないうちだというのに、シェルダン本人の姿は既に皇城にすらない。
「嘘ですね。隊長、なんで嘘をつくんだろ?」
首を傾げてペイドランが答える。
(やはりペイドランを従者につけていて、正解だった)
複雑な難しい話は駄目だが、単純な話であれば、ある程度、嘘もなんとなくで見抜いてしまう。嘘つきには恐ろしい存在なのである。
少なくともシェルダンの態度や物言いからだけではシオンも確信を持つまでには至らなかった。
「つまり彼はフェルテアの神聖魔術も知っているのか。本当に何でもアリだな」
最早、呆れてしまうほどの情報量だ。シオンは嘆息して告げる。
「1000年ってすごいんですね」
素直にペイドランが頷いて告げる。シェルダンなら何でも知っていそうだ、と言った当人であった。
「本人が使うことは当然、出来ないのだろうがね」
あえて、質問を正面から叩きつけた。
目まぐるしく思考を巡らせているのは、相対してよく分かるのだが、シェルダンの場合、それが通常である。違和感を感じなかった。
「今、思えば、神聖術と神聖魔術は全くの別物だ、と断言出来るのもおかしいね。両方を知らなければ出てこない言葉だ」
シオンはシェルダンの言葉を思い返していた。どうやって知ったのか、までは想像するしかない。親戚にフェルテア大公国の神官でもいたのだろう。1000年も続いていれば、至るところに親戚がいるはずだ。
「あ、ホントだ」
ペイドランが声を上げる。
言われた方もある程度、神聖術と神聖魔術が違うであろうという先入観があるから、ともすれば聞き逃してしまうのだった。
「まぁ、私は、君が名前を挙げた段階でシェルダンなら出来そうだ、と思っていたから、そこまでの驚きはないが」
シオンは苦笑して告げる。
片付けなくてはならない他の仕事も多い。話しながらも書類に目を通しては処理していく。
ペイドランという男は、それに対して考えずに一足飛びに結論へと辿り着いてしまう。
(君も大概だがね。しかも、年を経るごとに鋭くなっていないか?)
自分がペイドランに直感を酷使させ過ぎているのかもしれない。だが、ペイドランの人生は、その根幹を直感が支えているといっても過言ではなかった。
イリスとも一目惚れでの結婚から、今のところ幸せに生きてきている。ペイドランの場合、一目惚れほど間違いのないものもないのだろう。
「でも、陛下、それなら何ですぐにその場で嘘でしょうって隊長に指摘しなかったんですか?」
あっけらかんとペイドランが尋ねる。
「彼を相手にするなら慎重にならざるを得ないよ。気が乗らないと死んだふりをしてでも逃げるような男だからね」
肩をすくめてシオンは告げる。
苦い顔で直接の被害を受けたことのあるペイドランが頷く。イリスとともにゲルングルン地方の魔塔に上がったせいで、酷い目に遭ったのだ。
「現に知っているのに、しれっと嘘をついて断っている。少なくとも気は乗らないのだろうね。おまけに、私に嘘をつくというのは本来なら不敬罪になってしまいかねない。正面から責め立てると罰を避けるために彼も本当に嘘をつき通すしかなくなる」
それでは聖女クラリスに神聖魔術の訓練を施させたい自分たちが損をするだけ、ということになる。
「断った具体的な理由も分からないしね」
接し方を間違えると、協力を得られなくてただ損をするだけ、という結末になりかねないのだった。
(そういう意味では、よくアンス侯爵は言う事を聞かせて、今の地位にまで昇進させられたものだ)
シオンはそちらの曲者にも感心しているのだった。そもそも出世も昇進もしたくないのがシェルダン・ビーズリーという男なのだ。
「多分、この期に及んで目立ちたくない、とか余計な面倒事は御免、とかそういうのだと思いますけど」
うんざりとした気持ちを隠そうともせずペイドランが言う。ペイドランもシェルダンも魔塔での経験もあり、斥候としての能力は互角だ。
(かつては、2人ともに目をつけたものだが。従者にするならどちらかと本気で悩んだものだ)
特に腕前だけであればシェルダンもペイドランには劣らない。だが、シェルダンと違って素直で愛嬌があるのでペイドランの方を従者としたのである。
「そうだと思うが、そうでなかった場合が怖いからね」
シオンは告げるに留めるのであった。
当然、本当は目立ってくれた方が良いのである。実力者に実力相応の席についてもらうのが健全な組織運営なのだから。
(アンス侯爵も、もう高齢だからな)
アンス侯爵が近く退役するに伴い、精鋭第1ファルマー軍団の新たな指揮官探しが水面下で行われている。
最右翼は、アンス侯爵本人の推薦もあり、シェルダン・ビーズリーなのであった。シオン自身も能力・実績ともに十分と見ていた。秘匿されている功績は勿論のこと、公表されているだけでも十分だ。指揮官としての薫陶もアンス侯爵から受けている。
だが、とても大きな問題があった。
(絶対に本人が断るということだ)
現在の階級にアンス侯爵がつけることが出来たのは、シェルダンの妻カティアを上手く押さえていたからだ。妻の実家を再興するということに、愛妻家シェルダンには抗い難い魅力があったらしい。妻カティアの応援もあって、シェルダンもなんだかんだ大人しく子爵の軽装歩兵連隊総隊長となったのである。
(だが、子爵より上にはそれがない)
シオンも苦慮しているのであった。
そもそも領地を与えたものの、本人は興味が持てないでいるらしい。
妻カティアに領地や皇都の屋敷の運営は任せきりであり、長男ではなく長女の婿に子爵家は継がせる方針なのだという。貴族であれば、お家騒動になりかねない、そんなシェルダンの考え方なのだった。
軍人としては極めて優秀なのだが、貴族や領主としては及第点にも至らない。本人も貴族であり続けるよりも、一般の軽装歩兵に戻りたくてしょうがないのだろう。
「じゃぁ、陛下、どうやって隊長に言う事を聞いてもらうつもりなんですか?」
呑気なペイドランの問いにも今のところ、シオンは明快な答えを持ち合わせてはいない。
(だが、見つけた以上、シェルダンにやってもらうしかないだろう)
シオンは思っていた。
広大なドレシア帝国を探して回ればシェルダン以外にもフェルテア公国の神聖魔術に詳しいものはいるのかもしれない。
(だが、シェルダンには聖騎士セニア殿の神聖術を向上させたという実績もあるからな)
シオンはクリフォードやセニアの話もしっかり心に留めていた。
「まだ、決められてはいないけれどもね。とりあえずはシェルダンにやってもらおう。そのつもりで固まりそうだ、とね。やがて聖女殿たちにも伝えておかないと」
妻への心労に苛立つクリフォードが『獄炎の剣』を皇城のど真ん中で放ちかねない。
(だが、あの聖女もどう暴走するかわからないから、やはり時期を見て、かな)
シオンは思い、従者に苦笑いを向けるのであった。




