24 呼び出し
兄と話をして2日後、エレインは午後の勤務中、ルフィナに呼び出されて治療院院長室を訪れていた。
(なんだろ、やだな)
今日は日勤なので間もなく帰る時間である。入院病棟での宿直勤務の日には泊りがけのこともあった。激務なのだと自分では思っている。
(私、何か粗相したっけ?)
院長室の扉前に据えられた姿見で、身だしなみを確認しつつ、エレインは首を傾げる。身だしなみにもルフィナ院長がうるさいのだ。
駆け出しの時には怒られることばかりだった。だが、最近は怒られることもめっきりと減っていたのだが。
恋愛が上手くいかないと仕事も上手くいかないのか、とチラリと思った。
「失礼します、エレインです」
ノックをしてエレインは告げる。
「よく来たわね、入って」
懸念とは裏腹に、機嫌の良さそうな声でルフィナが応じる。
中に入ると、執務机の前でルフィナが立っていた。自分の到着が待ち遠しかったらしく、おかしくてしょうがないという顔だ。怒られる雰囲気ではない。だが、なぜだかむしろもっと嫌な感じがする。
(本当に、なんだろう?)
エレインは首を傾げて近づく。
「あなたもやるわねぇ」
挨拶も抜きに、やはりおかしくてしょうがないという様子でルフィナが切り出した。一体、何をしたというのか。ずいぶんと思わせぶりだ。
「あの、ご用件は?」
エレインはふざけている上司に対して容赦なく尋ねる。叱責ではないなら、とっとと本題を切り出せというのだ。
「あら、心当たりでもあるの?気が早いわねぇ。焦っちゃって、可愛いじゃないの」
妙な余裕を見せてルフィナが言う。
エレインとしては、心当たりもないし、焦ってもいないのである。見当違いなことばかりを上司が言うのであった。
「私、仕事に戻ります」
憮然とした顔を意図的に作ってエレインは宣言した。
ルフィナ本人が、仕事をどんどんと押し付けてくるせいで忙しいのである。
(本当は自分で何でも治せるくせに)
後進を育成するという意図こそ分かるものの、時折、本当に辛い時には反感を抱いてしまう。後進というのは自分だけではないはずなのに、なぜ自分ばかり忙しいのだ、と。
「あら、いいのかしら?」
いつもならルフィナのほうが慌てるのだが、今回はやはり妙な余裕とともに、ひらりと何かを見せつけてきた。薄い黄色の封筒だ。右下隅には可愛らしい桃色の花がらがあしらわれている。
「なんです?それ」
時折、何かを勘違いした患者から困った手紙を貰うことが、年頃の職員にはあるのだという。エレインはまったくなかったのだが。
(そんなの、突っ張ねてほしいです)
エレインはルフィナにじとりとした視線を向ける。わざわざからかう材料が手に入ったから忙しいのに呼び出してきたのだ。
「そんな態度でいいのかしら?これは、ほら、あの子よ、シェルダンとこの」
バーンズの名前を、手紙を取り次いでおいて、ルフィナが失念したらしい。
つまり、今、ルフィナが手にしているのは、バーンズから自分への手紙なのだ。
(なんで?)
なぜ、よりにもよって、上司に自分宛ての手紙を託したのか。
疑問に思いつつも、エレインは手を伸ばしていた。
どうやら兄がしっかりと話をしてくれたのだ、とは分かる。
「だめよぉ、あなたもあんまり男をいじめちゃ。どういうことするか知れたもんじゃないんだから」
ルフィナがいやに実感のこもった声で言う。夫のゴドヴァンに日頃から困らされてはいるようだ。だがルフィナの場合、困らせてもいるからお互い様である。
「いいから貸してください」
エレインは半ば奪うようにして、バーンズからの手紙を受け取った。
当然、とにかく読みたいのである。
「よく分からないけど、本当は直接、謝罪したいぐらいのことを言ってたわよ?デートに武器を持っていってて、それで悪漢を倒せたんでしょ?なら、あんまり責めてはだめよ?大真面目に落ち込んでんだから、あの子」
ルフィナが珍しく真面目に諭してくる。
そこまで厳しく詰ったつもりもエレインにはなかった。
(私、目つきとか口調、きついからなぁ)
やはり、兄の危惧通り、バーンズを勘違いさせてしまったようだ。
「私、むしろ、それ、格好良かったって思ったんですよ?でも、私と一緒の時は今後、そういうこと、考えないでいてほしいなって。そのほうが嬉しいな、って思ったから」
エレインは封筒を抱くようにして告げる。本当はすぐにでも開封して読みたいのでチラチラと見てしまう。
(むしろ、あのぐらいで、こんなに気を使ってくれるなんて、バーンズさんはやっぱりすごく良い人なんだと思う。でもなんで、よりにもよってルフィナ様にお手紙預けちゃうの?)
エレインは再び首を逆方向に傾げる。
「そのバーンズ君の方が、かなり気にしちゃってて。おまけに振られたに間違いないって誤解しちゃったのよ?気をつけたほうがいいわよ」
肩をすくめてルフィナが言う。名前などという基本的なことは失念しておいて、説教くさいことを正論で言うのであった。
「別にお手紙は兄さんに預ければ良かったのに」
ぼそっとエレインはボヤく。
「正式にちゃんとした形を取るべきだって思ったそうよ?私が思うに、これはシェルダン辺りの入れ知恵ね。あの子も相当、変わってるから」
苦笑してルフィナが言う。
(あぁ、あの怖い人だ)
エレインはバーンズの直属の上司を思い出した。ちらりと見ただけだが、何を考えているか分からない人だ。表情にも乏しい。
「ルフィナ様は、あの方とどんな関係なんですか?」
エレインは純粋な好奇心から尋ねる。かなり親しげに見えたのだ。ゴドヴァンとも違う距離感だった。
(あの、メイスンって人も気になるけど)
驚くほどに険悪なやり取りを目の前でしていたのだった。
「戦友よ。アスロック王国時代からのね。ゴドヴァンさんと私とシェルダンとでね。厳しい戦いに身を投じたことも、あったのよ」
ルフィナが微笑んで即答した。
「あ、お二人ともアスロック王国出身だから変わってるんですね」
エレインは思わず失言してしまい、頬をつねられてしまった。実際に、知っているアスロック王国出身者には変わり者しかいないのだから、仕方がないのである。
「もうっ、失礼ね。今度、バーンズ君からお手紙来たら、勝手に読んじゃうわよ」
プンプンと腹を立ててルフィナが告げた。ゴドヴァンとの初々しい恋仲が長すぎたせいか、反応がどこか若々しい。
心の底からは謝罪をせずに、エレインはルフィナの前を辞して仕事に戻る。
本当はすぐにでも読みたい。だが、仕事をしないわけにもいかなかった。きちんとしないと困る人が出てくるのだ。
その日の仕事を終え、バーンズにも送ってもらったことのある女子寮に帰り着いて、ようやく開封して目を通すことが出来た。
「良かった」
読み終えると息をホッと1つついて、エレインは呟く。
やはり嫌われてはいなかった。そこには素直に安心してしまう。
武器を持っていたことや連絡の無かったことに詫びて、いかに楽しかったか、が書かれていた。あとは多忙の我が身を思いやってくれる言葉が並べられている。一つ一つが温かくて嬉しい。
(真面目な人。私のこと、大事にしてくれると思うけど)
ルフィナにこの手紙を託したことだけはいただけない。
(次、何かお手紙くれる時は絶対にお兄ちゃん経由にしてもらおう)
エレインは硬く決意するのだった。
(でも、そんなことより、バーンズさん、また北に行っちゃうんだ)
その前に一度会いたい、と書かれていたのである。
(私も会いたいな)
うきうきしながらエレインは返事をしたためるのであった。




