34話「完全悪」
「話は終わったか?」
倒壊したコンクリートの柱に腰掛けたブラックタイガーが言葉を発する。
MASTの内輪揉めらしきものが落ち着くまで、待っていたのだ。
「律儀なやつだぜ」
茜を中心に横並びになったMASTは、改めて相対するものを見た。
一人は黒のタイツに人骨をモチーフにした柄の入ったものを着て、成人男性より一回り大きな躯体を持った怪人、ブラックタイガー。
その横には、これまた全身タイツで顔には光沢のあるヘルメットを被る、真っ赤な正義の味方、グリックレッド。
悪と正義の象徴のような二人が、並んでこちらを見ている状況は、違和感以外の何でもない。
「で、本題は……こっちのスパイを炙り出して、仲違いさせようってんじゃ無いよな?」
茜の言葉に失笑しながらグリックレッドが答える。
「ああ、むしろその逆だ」
一歩前に出るその姿は堂々としているが、茜たちにとっては胡散臭い。
「っていうかよ、なんでオメーがブラックタイガー側に居るんだ?」
その問いは必然だろう。
ブラックタイガーですら、つい先日までは彼とこうやって肩を並べるとは思っていなかった程だ──。
「──ここは、どこだ……」
サイ怪人に致命傷を負わされ、命からがら逃げた先で、意識を失っていた虎太郎。
そこは薄暗い倉庫のような場所で、脇腹に鈍い痛みを覚えて小さく唸り声をあげると、起き上がりかけた身体を寝台に横たえる。
「おっ、気付いたか」
その声は、彼が目覚めるのを心待ちにしていたかのような、少し上機嫌な声。
そしてその声色に、虎太郎は聞き覚えがあった。
「343号……お前どうして……」
驚きに任せ、痛みを我慢して上体を起こした。
そこにはヴァイスのスーツを着ていない343号の姿があった。
背格好はもちろんそのままではあったが、顔という情報が虎太郎には不思議に思えた。
「343号……だよな?」
彼はこんな顔をしていたのか。
虎太郎はイメージと違う彼の顔に、戸惑っていた。
他人を理解し、柔軟に合わせることの出来る優しい男だと思っていたのだが。
案外チャラい見た目に驚く。
髪は赤く染まっていて、耳にピアスを開けているのが見える。
彼の性格をよく知る虎太郎だけに、なんだかちぐはぐとした違和感を覚えてしかたがない。
「ああ、声だけでも俺だって判るだろ?」
確かに声は聞きなれたあの声だ、そう思うと虎太郎も受け入れる気分になった。
外見が思った通りでなくとも、中身が変わるわけではないのだから。
「助けてくれたのか?」
「ああ、路地裏で倒れているお前を見つけたときはどうしようかと思ったぜ」
ふざけた雰囲気のそんな言葉に、虎太郎は眉を潜めた。
お互いの顔も知らないのに、この大きな街の路地裏で偶然見つかるものだろうか?
虎太郎はあまり頭はよくないが、野生の勘のようなものが鋭く、この話が胡散臭い気がしてならなかった。
その表情で気付いたのだろう。
343号は両手を上げて降参のポーズを取った。
「悪い、今のは嘘だ。ドラマチックな演出だと思ったが……嘘はいかんよな」
343号は改めて虎太郎に近づくと、その顔をよく見える位置まで持ってきた。
「訳あって名前は名乗れないが、グリックレッドと言えば判るかな?」
虎太郎はその名前に聞き覚えがあった。
彼は20年もの間、MASTを観察してきたのだから。
「グリックレッド!? 生きてたのか!」
二期MASTであるグリックファイブは強かった。
怪人の方もあの頃がピークだったはずなのに、それに輪をかけて強いのだ。しかも戦う度にさらに強くなっていき、手がつけられない状況だった。
それが突然、打ちきり漫画のように消え去り、三期MASTへと引き継がれたのには驚いた。
エーデルヴァイス内では、仲間割れ説や、決まった期間しか活動できない説などが話し合われたが、巷でもその答えを見つける者はいなかった。
「俺だけが生き残った」
突然憂いを帯びるその声に、敵対する気など起きるはずもなかった。
二期MASTであるグリックファイブは、政府とエーデルヴァイスの関係性を突き止めたせいで消された。
レッド本人の密告によって。
仲間が消される際に姿を隠し、あろうことかヴァイスとして潜伏していたと言うのだ。
灯台もと暗しという所なのだろう、政府も彼を見つけることはできなかったらしい。
確かに、彼が赴任してきたのはちょうど三期MASTへと移行した頃だったのを虎太郎は思い出す。
そして10年もの間、彼は情報を集め、機会を伺っていた。
「血沸博士が、新たなるエーデルヴァイスを作って、その力を独り占めしようとしている」
グリックレッドは真顔でそう虎太郎に告げた。
虎太郎も彼女の姿が見えなくなってから、それが頭の隅に無かったわけではないが、理由が分からなかった事で、決定打に欠けていた。
「だが何故?」
この状況でも駆け引きをする気はない。
ただ疑問に思ったから口に出す。
その真っ直ぐな性格をグリックレッドは気に入っている。
楽しそうにフフッと笑ってそれに答えた。
「それはわからん。腐った政府を転覆させたいのか、ただ力や金がほしいのか……あいつは頭がおかしかったからなぁ」
虎太郎は最後の言葉に、頷くしかなかった。
元々彼女の頭の中など知るよしもなかったのだ。
「血沸博士は、今まで以上に強い怪人を産み出すことに成功している」
新怪人の力は戦った虎太郎には痛い程わかる。
場所の不利がなければどちらが勝ったか分からないゴリライオン。
攻撃力に特化した鉄砲魚怪人。
そして油断していたとはいえ、一撃で虎太郎に致命傷を与えたサイ怪人。
「スーツを着てタイマンだったら負ける気はしないんだが……」
「同時に2体ずつ出現させているのも面倒だろう?」
確かに、モグランドで強襲し、コウモリ怪人で暴れたり。
攻撃特化の鉄砲魚と、防御特化のサイ。
お互いの強みを引き出す組み合わせで送り出されているように感じる。
「いままでの茶番劇とは違うってことだな」
改めてエーデルヴァイスでの20年間の空虚さを感じながら、虎太郎は拳を握りしめた。
「血沸は基地での戦闘の際に、君が負けると思っていたのだろう。そのままスーツを奪い返すつもりだったが、君が勝ってしまったことで、新たな刺客を送り込んできたんじゃないか?」
「つまり。どういうことだ」
そこから先は虎太郎には分からなかったが、目の前の彼ならきっと答えを知っているのだろうと、続きを促す。
グリックレッドは少し悩んでから口を開いた。
「ピーチクイーンのコンサートに怪人が現れたのは、お前を探すためだった、と思うのさ」
「あれはMASTに攻撃するためじゃないのか?」
「僕もあの場所に居たんだけど、コウモリ怪人は明らかになにかを探していたようにみえたね」
言われてみれば、モグランドが戦っている時、コウモリ怪人はその場に留まり、助けにも行かなかった。
あれは余裕の現れではなく自分を探していたのか、と虎太郎は少し顔を青ざめさせる。
「そしてスーツを着ていない事を確認して、仲間に連絡を取った。あとはMASTが敵対してきたので戦った……僕にはそう見えたよ」
グリックレッドの言葉に虎太郎はようやく理解をした。
「それで、俺の居場所にあいつらが探しに来てたのか……」
それに頷きつつも、難しい顔でグリックレッドはこう付け加えた。
「彼女の筋書きでは、エーデルヴァイスを破壊したのは君……ブラックタイガーで。そのまま暴走した怪人に倒され、罪をかぶって死ぬ予定だったんだろう」
良いように利用される。そんな筋書きに、一矢報いてやったと、虎太郎は鼻息を荒くするが、話はそれで終わりじゃない。
「彼女はもっと秘密裏に潜っているつもりだったんだろうが。君が生き残り、敵対する恐れがあると考えたのか、命を……半歩譲ってスーツを奪って無力化するために表舞台に怪人を送り込んだと考えてるんだ」
「じゃぁなんだ、俺が死んでりゃ、血沸は水面下で怪人軍団を大きくするつもりだったのか?」
「おそらくね」
それが何を意味するのか、すぐに理解はできなかったが。
彼女にとってもイレギュラーな状況だということは間違いないようだ。
しばし状況を把握するために、彼等は黙っていた。
壊れかけたコンクリートに囲まれたこの部屋は、じめじめしていて。何処からか水滴が落ち、水溜まりを小さく叩く音だけが聞こえる。
血沸の思惑はもう、政府を離れているのだろう。
つまり彼等が掲げる「平和維持」や「経済の安定」などは全く考慮に入れていない行動を起こすはずだ。
それがどんな恐ろしい事を引き起こすか……未知数なそれをただ止めたいと虎太郎は強く思った。
「俺はどうすればいい」
彼の信念が伝わったのか、グリックレッドも真面目顔で彼の目を見ながら返事をする。
「342……いや、虎太郎。ヒーローにならないか?」
元ヒーローからの突然の申し出に、一瞬意味を把握しかねる虎太郎。
「嘘だらけの政府、そして血沸の野望を潰そう! この世界に本当の正義を取り戻そう!」
その言葉にすぐには返答できなかった。
エーデルヴァイスに属していた彼は。
それが悪事だったとしても、自分で責任を取る必要がなかった。
悪いのは組織であり、その片棒を知らずに担がされていただけだからと、自分に言い訳が出来た。
しかし、きっとこれからは自分で決断し、実行することになるだろう。
それは大きな責任を伴う。
だからこそ「正義」という言葉をうまく飲み込めないで居たのだ。
「……すまないが、断らせてもらうよ」
グリックレッドはよく知った実直な彼からそんな言葉が出るとは思っていなかったのか、目を丸くして驚いた。
だが同時に、その燃える瞳にヒーロー以上の魂を感じていた。
「正義という言葉を言い訳にして、自分を正当化したくないんだ。……だったら俺は悪でいい。全てが終わったあとに、自分がやっちまった罪を全部被れる、悪でいい!」
打ちのめされるような衝撃がグリックレッドに疾る。
彼もまた、仲間を売った過去を清算するために今まで生きてきたのだが、敵討ちは正しい行いだろうか? と自問し続けてきていたからだ。
自分が正しいことを正義と言うなら、きっと政府と同じだ。
全てを背負う覚悟があるのはむしろ「完全悪」なのかもしれない。
「やっぱり、虎太郎。相棒がお前で良かったよ……」
破顔したグリックレッドは、目の前の親友に抱きつく。
痛みに顔をしかめながらも、その突然の包容に熱いものを感じる。
「虎太郎、僕も悪になる……全部ぶっ壊そう!」
「ああ、俺達だからできる事があるんだ、やるしかないだろ」
お互いにある大切なものを守るため。
そして、自分自身の尊厳を守るための戦いを誓ったのだった。




