#2 宇宙から来た客
「めありす……?」
「あぁ、名前はメアリよ。スプリングフィールドは家の名前」
「家の名前?そんなのがあるんですか?」
昼下がりの本屋で、マキは不思議な客と話していた。
「私の故郷ではね」
「へぇ、その〈うちゅう〉ってどんな都市なんですか?聞いたことないですけど」
客…メアリはまた少し考え込むように髪を触った。どうやら癖になっているらしい。
「宇宙っていうのは、都市じゃないの。空のずっと上に広がる空間のこと。途方もないほど大きくて、広くて、ロマンチックな場所よ」
メアリは両手を広げて、その大きさをマキにアピールする。
「空の、ずっと上……」
天井の上にある空の、さらに上。そんな想像もつかない世界からやってきただなんて、普通は信じられないだろう。けれど、メアリさんはあまりにも美しい。その由来が〈うちゅう〉と言うのなら、妙に納得できてしまう部分もあるというものだった。
「私がこの星に来た目的は、この星の人達と仲良くなること。よかったら、キミに友達第1号になってもらいたいな」
メアリさんは笑った。暗い店内に照明が差した気がした。
「……まぁ、私なんかでよければいいですけど」
「本当?ありがとう!」
やっぱり、綺麗だ。
就業時間が終わり、マキは店の2階にある自室に戻った。溜まった埃のにおいがマキをお仕事モードからお休みモードに切り替える。
マキはベッドの上に寝転んで、部屋の天井を見つめた。
空は、夢と死の入り交じった混沌の世界だ。
上を向いても黒々とした鉄の天井がない世界。
照明が照らすまでもなく明るい世界。
飛び出せば5分もせずに肺が灼ける世界。
「メアリさんは、その向こう側から来たんだ」
〈うちゅう〉は、どんな色をしているのだろう。
翌朝、メアリさんは開店時間前から店の前で待っていた。
「あ、おはようございます、メアリさん」
2階の窓から声をかけると、メアリさんはこちらに気がついて手を振った。
「おはよう。……そういえば、名前まだ聞いてなかったわね」
「マキです」
「マキちゃんか、素敵な名前ね」
「マキでいいですよ。子供じゃないんだし」
マキも割といい歳なので、ちゃん付けされるとちょっと恥ずかしい。
「今店開けるんで、ちょっと待っててください」
「はーい」
マキは部屋から持ってきた2人分のコップとポットをカウンターに置き、店の扉を開けた。
「お邪魔します」
「はい、いらっしゃいませ」
なんだか変な挨拶を交わし、2人でくすくすと笑う。朝からこんなに賑やかなのも随分と珍しい。
マキはカウンターの前に椅子を出し、メアリの分のコップにお茶を注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
特段上物のお茶という訳ではないが、メアリさんはゆっくりと味わうようにコップに口をつけ、ほっと一息ついた。
「そういえば、なんでマキたちは都市の中で生活してるの?」
「んー……ちょっと待っててくださいね」
マキは店の奥から1冊の本を取ってカウンターに戻った。
「この本が1番わかりやすいと思います」
今から約1000年前、世界はまだ砂に覆われてはいませんでした。大気は澄み、大地には草木が萌え、街は自律機動都市よりもずっと大きく広いものでした。
しかし、次世代のエネルギー資源、〈エジダハ〉が発見されてから全てが変わってしまったのです。
〈エジダハ〉は従来のバイオ燃料の何倍ものエネルギーを生み出すとも言われた地下資源です。多くの国々はこれを求め、やがて争い合うようになりました。これが、『終末の闘争』です。この大戦争の最中に開発された〈エジダハ〉を用いる禁断の兵器『〈エジダハ〉の咆哮』は僅か数発で世界中を毒の海に沈め、総人口を1/3にまで減らしました。
どの国が勝つことも無く、私たちは〈エジダハ〉に敗れたのです。
『〈エジダハ〉の咆哮』による影響は現在も消えることはなく、都市の外の空気を吸い続ければ、すぐに〈エジダハ〉の毒素に肺が侵され、呼吸ができなくなってしまいます。
「自律機動都市は特殊なフィルターを通して換気しているので、中の空気はほぼ無毒化されているんです」
「なるほどね」
メアリさんは納得して頷いた。それから、まるで散歩にでも誘うように簡単に言ってのけた。
「外の世界 、出てみる?」
「……へ?」




