#1 遠い星の本屋
マキはベッドで目を覚ました。のそのそと起き上がると、昨日脱ぎ散らかした服が既に床に散らばるゴミや日用品たちの1部になって溶け込んでいる。
「片付け、しなきゃなぁ」
何度目だったかそう呟き、カーテンを開ける。
〈アパスターク〉の天井照明が白い光を部屋に投げ込んできた。眩しい。
「……仕事、行くか」
マキは呟いた。
自律機動都市〈アパスターク〉。人口1500人弱の暮らしを乗せ、北へ南へ歩き回る砂漠の蟻だ。フロントアームが砂の大地をかき分ける鈍い音が常に鳴り響くこの街は、主に機械類の部品を作る役割を担っている。巨大な円形をとる街の直径は約15km。その半分以上を工場区が占めている工場都市だ。
マキの仕事は、そんな街の小さな本屋だった。
「住民コードf16081〈マキ〉、お仕事始めますよ」
店のシャッターを開き、覗き込む監視ドローンに軽く手を振る。手のひらに乗るサイズの、一見可愛げもないことはない監視ドローンはマキの最大限の愛想すら無視してどこかへ飛んで行ってしまった。
「朝早くからお疲れ様ですねぇ、ほんとに」
マキは肩を揺らして、大人しく店のカウンターに座り、30秒で退屈になって読みかけの小説を開いた。
やっぱり、ロボットが書いた小説は面白くない。過去10年のヒット作のデータを元に書かれたらしいが、どれもこれも似たような恋やら殺人事件やらを描くばかりで、いい加減飽きもするというものである。
「だからって、人が書いたやつだと高いからなぁ」
マキは独りごちた。本屋さんとしてはこういう妥協はすべきではないのかもしれないが、そもそも都市から都市への物流というのが10~15日に1回しかない上、教育水準の低い工場都市では小説の需要も薄いので、そんなお高い品はほぼ流れて来ないのだ。
ロボットの書いた小説でも暇つぶしくらいにはなるので、諦めてマキはまたページをめくった。
やがて半分ほど読んだところで店の扉が開き、
本日の客第1号がやってきた。
「いらっしゃい……って 、あんたか、ケンジ」
作務衣に身を包んだ大男は、ひょっとしたら店の柱より太いんじゃないかという程の腕を軽く上げ、本には見向きもせずにこちらに歩み寄った。
「よう、マキ。相変わらず寂れた店だな」
「ならそこの棚の本全部買ってよ。もう読んだから」
「俺は本読まねぇよ」
ケンジはカウンターに腰掛けた。
「というか、こんな工場都市のやつらはみんな読まねぇだろ」
「別にみんなじゃないし。キョウコやソウスケあたりはたまに買ってくれるし」
「一部のインテリだけじゃねぇか」
「それは……そうなんだけどね」
何も言い返せないので、マキは素直に肯定した。
「なんでそんなに本屋にこだわるんだよ。肉体労働が嫌にしても工場の事務所ででも働いた方がよほど稼げるだろ?」
「私は1人でここに座って本を読んでる時間が好きなの。これ以外のなにかに興味があるわけでもないし、生活費さえ統制局からの給付金でどうにかすれば本の仕入れを安くできるこの仕事が私の天職よ」
「へぇ、そうかい」
ケンジは興味もなさげに頷いた。自分から聞いてきた癖に。
「っていうか、あんたは早く工場に行きなさいよ。始業時間もうすぐよ」
「……ちょっとくらい遅れても誰も文句は言わねぇよ」
工場が昼休憩に入る頃になっても、店に客が来る事はほぼない。工場が稼働している午前の間も当然人は来ないので、この時間にもなれば退屈もピークなのだ。
「……やば、寝ちゃってた」
マキはカウンターで目を覚ました。割といつもの事だ。
「お、起きた」
頭上から声が聞こえる以外は。
「ごめんなさい!ウチ、全然人が来ないものだから」
途端に背筋が凍った。せっかく来てくれた客を待たせてしまっていたなんて、商売人の端くれとしてさすがにまずい。
「いいよいいよ、急ぎでもないし」
そう答えた客の姿を見て、マキは一瞬、まだ夢の中にいるのかと錯覚した。その客は若い女だった。店の薄ぼんやりした灯りをキラキラと反射する長い金髪、左の耳には小さくピアスが光っている。高い鼻梁。空よりも深い青色の瞳。雲よりも鮮やかな白い肌。かれこれ二十数年この街で生きてきたが、こんなに綺麗な人はいままで見たことがない。
「……」
綺麗。その言葉はきっとこの人の為にあるのだ。そう思わせる程の美貌が確かに現実のものだと理解したマキは、ただ言葉を失った。
「おーい、どうした?なんかついてる?」
「……いえ、別に……」
マキは訳もなく前髪を整えた。
「それで、どんな本をお探しで?」
「えっと、本じゃなくてね」
その客は少し考え込むように髪を触った。
「私はメアリ・スプリングフィールド。遠い宇宙の彼方から来たの」
やっぱりまだ夢の中なのかも知れない。




