18,海鳥亭
ギルドの加入と、説明を聞き終えたのだが……なぜかエリザベートさんとアルが睨み合っている。
どうしてこうなってしまったのか。
確かにアルはエリザベートさんがオレのことをちゃん付けしていたのが気に入らないようだったが、幼女な見た目で子供の演技をしている以上当然の反応だろう。
そこに目くじらを立ててはいけないと思うのだが。
エリザベートさんはというと、子供好きな人なようで頻りに笑顔を向けてくれたいい人だ。
アルが頼りなく見えたのか、困ったことがあれば自分を頼れみたいなことも言ってくれる。
それが余計アルの神経を逆撫でしたのか、睨み合いとなってしまったようだ。
アルとしては今は保護者の設定だから、そんな態度もありなような気もする。
でも無用なトラブルは勘弁して欲しい。ただでさえオレ達は目立つのだ。
ギルドに入ってすぐに注目を集めたように、冒険者ギルドのような危険な任務が多く集まるようなところには幼女はおろか、アルくらいの少年程度の年齢の子すら見かけないほどだ。
そんな中ギルドに加入をして、あまつさえ依頼を受けるつもりなのだ。
不要なトラブルは遠回りしてでも避けるべきだと思うんだが、現実はそう甘くないようだ。
せっかく味方になってくれそうな人と睨みあうような状況になっているとは……。
正直頭痛がしそうだった。
「アル……やめなさい」
「失礼致しました、ワタリ様」
「あっと、いけないいけない喧嘩はだめよね、ごめんねワタリちゃん」
「まったく……どうして2人が睨み合ってるんだか。私としては仲良くしてほしいです」
睨み合いがなかなか終わらないので仕方なく仲裁すると、何もなかったかのようにすぐさま頭を下げるアル。もちろんエリザベートさんではなく、こちらに。
エリザベートさんもオレに仲裁されたのがちょっと気まずい感じだったが、にっこり微笑んで謝ってくれる。
本当に仲良くして欲しいものである。
「あ、それとワタリちゃん達はこの街は初めて? あ、飴食べる?」
「ありがとー……ぱくり……はひ、ほうです……んぐんぐ……でもどうして初めてって?」
「んー……今の時間帯に冒険者ギルドに加入しに来る様な人は、この街にはいないからねぇ」
屈んで目線を合わせながら、飴をさり気無く渡してくるので断る必要性もないので食べる。
なるほど、どうやらこの時間帯が混雑する時間帯で、強面連中が大量に来る時間帯だというのは周知の事実のようだ。門番の人も言ってたしなー。
そんな時間帯に来るオレ達はこの街の人間じゃない、とそういうことらしい。
あ、この飴美味しい。
「うん。人がいっぱいいました」
「うんうん。今の時間帯は主に迷宮組が帰ってくる時間帯でおっかなーい人が多い時間帯なの。
朝も人が多いけど、少しすればすぐ居なくなるからちょっと遅めにくれば平気かな」
「わかりました。あ、そうだ。宿の場所を教えてください」
「あ、そうそう、それを言いたかったの。
海鳥亭はギルドから出て左に少し行ったところにあって、赤い屋根の3階建ての宿ね。
エリザベートがお奨めしてくれたって言えばきっとサービスしてくれるわ」
「はい、ありがとうございます」
最後のサービスの件でウインクしてくる可愛いエルフさんだが、性的興奮は起こらない。やはり同性だからだろうか。それとも幼女だからだろうか。
エルフはもっと大人なイメージだったが、この人は綺麗で可愛くて……アルと睨みあう変なエルフさんだ。
この街に着いてから一番友好的になれている人で、お近づきになりたい人ではある。
味方はできるだけ多い方がいい。しかもこれから何かとお世話になるであろうギルドのお姉さんだ。ぜひとも味方につけておきたい。
だがそれをするにはまず、いつもくっ付いて来るだろうアルとも仲良くなってもらわねば困る。本当に困ったものだ。
「じゃぁ私達はこれで」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
最後にまたにっこり微笑んで手を振ってくれるエリザベートさんに一礼して、差し出されたアルの手を握ってギルドを後にする。
ギルドの中はまだかなり人が居たが、アルの誘導で特に問題なく外に出られた。
絡んでくる奴がいなかったのは楽でよかった。
「じゃぁ海鳥亭に行って、夕飯食べようか」
「はい、では行きましょう、ワタリ様。まだ人通りがございますので、手をしっかりと握っていてください」
「あいよー」
エリザベートさんの前では素直で礼儀正しい良い子を演じたが、ギルドを出てしまえばそんな必要もない。いつも通りの適当な男口調でオーケーだ。
ちなみに貰った飴は外に出る前に噛み砕いて食べてしまった。イチゴ味で美味しかった。どこで売ってるのか聞いておけばよかった。
各所で焚かれた篝火に照らされた町並みを見物しながら、教えられた通りに道を進んでいく。
といってもギルドを出て左にまっすぐ行くだけだ。
あとは赤い屋根の3階建てを見逃さなければいいだけ。簡単すぎる。
しかし問題も一応あった。篝火は屋根までは届いていない。
若干見えるが暗くて赤い屋根だと、微妙に見づらくなっている。
「ねぇ、アル。赤い屋根見える?」
「答えは是。あの建物でございましょう」
「おー、ほんとだ赤いっぽい屋根で3階建てだね。さすがアル」
簡単なはずだったが、オレ1人だったら見逃していたかもしれない。幼女の背ではそれなりに人通りがあり、夜の帳が下りた街中では篝火で多少明るさが確保されても、難しいクエストとなってしまっていたようだ。難易度Dと見たね!
そんな1人コントをしながらアルの先導で宿屋のドアを潜る。
「おや? いらっしゃい。お泊りかい?」
「はい。ここは海鳥亭でよろしかったですか?」
「えぇ、うちが海鳥亭だよ。誰かからお奨めでもされたかい? こんな耳の尖った女とかに」
「エリザベートさん?」
「はは。やっぱりそうかい。あの子はどうも子供となると、すぐに何かと世話を焼きたがるからねぇ。
特にお嬢ちゃん、あんたみたいな可愛い子だと尚更ね。うちクラスの宿を紹介してくるのは大抵お気に入りだけさね」
宿に入るとカウンターのようなところに居た――年配の横幅の広くなった女性が快活な声で話しかけてくる。
どうやらエリザベートさんが海鳥亭を紹介したのは、オレが子供でさらに可愛い子でお気に入りになったからのようだ。
恰幅のいい女将さん然とした女性もエリザベートさんの世話焼きはよく知っているようで、いつものことだと言わんばかりだ。
「では、ここに宿泊したいのですが、1泊いくらですか?」
「うちは2階の部屋だと1泊220ラード。2階ならどの部屋も同じ作りで、そこそこの広さでベッドは2つ。朝と夕の食事付きで、洗濯も洗濯用の籠に入れておけばやっておくよ。
もちろん鍵もついてる。
他の宿屋に比べればずっと綺麗だし、安全だよ。
3階の部屋は1泊400ラード。高いのは部屋が広くてベッドが4つあるからだね。他は2階の部屋と同じ。どうするね?」
【ワタリ様。いかがなさいますか?】
【んー。2階でいいんじゃないかな? 2人なんだしベッド4ついらないだろ。
鍵もついてるし、洗濯もやってくれるっていうし。食事もどっちもついてるんだから。
とりあえず、様子見で1日ずつ宿泊費払っていこうか。
あ、あとギルドカード見せると安くなるんだったね。見せておこうか】
【畏まりました】
「では、2階の部屋を1部屋。1泊分お願いします。
それとこれを」
念話で素早く確認するとアルは懐からギルドカードを取り出して女将さんに見せる。
「あら、あんた冒険者ギルドに登録してるのかい。
てっきり、エリザに街で声をかけられたのかと思ったよ。
そういうことなら2階の部屋なら1泊200ラード。3階なら350ラードになるけど2階の部屋で問題ないんだね?」
【2階でおっけー】
【畏まりました】
「ええ、2階でお願いします」
カードを見て驚いた女将さんだったが、快く割引してくれた。やはりオレ達のような年齢で冒険者登録しているのは珍しいのだろう。
それに……街で声をかけられたのかって……エリザベートさんあんた何してんだ……。
予めアルに1枚だけ金貨を渡してあるので、それで会計をしようとすると女将さんが更に目を丸くしていた。
200ラードくらいなら銀貨で払えってことなんだろうか。残念ながらそれしかないのでどうしようもない。
金貨とアルの顔を何度か往復する女将さんの視線だったが、何かに納得したのかちょっとまっとくれね、と言うと一旦金貨を返してカウンターの奥にある部屋に引っ込んでしまった。
【やっぱり、200ラードに金貨で支払うのは変だったのかな?】
【答えは是。一般水準の宿屋では金貨で支払うのは稀にございます。
ここは一般水準よりは高い位置にある宿と見受けますが、それでも金貨で支払いをするのは稀でございましょう】
【まぁこれしかないし、仕方ないよね】
【大きな買い物が出来るような店でなければ、どこでも同じ結果になったと愚考致します】
【そっかー……まぁ多分、ここにそれなりに泊まることになるだろうし、よしとしよう】
「待たせたね。金貨での支払いなんてとんとなかったことだからねぇ。
お釣りを用意するのにちょっと手間取っちまったよ」
「いえ、こちらこそ手間を取らせてしまって申し訳ありません」
「いやいやいいんだよ。1泊と言わずに何泊でもしていってくれればいいからさ」
しばらくして戻ってきた女将さんは、籠に大量の銀貨を乗せて持ってきていた。
アルから金貨を受け取り、カウンターに銀貨を10枚ずつ重ねて置いていく。
そして9個の10枚重ねと8枚の銀貨を置くと、ふぅと一息吐く。
オレ達をお得意さんにする気満々と言った感じで愛想良く対応してくれるが、まぁ何日泊まることになるかは今のところ不明だ。
渡しておいた巾着袋に銀貨を全て仕舞うと、ずっしりとアルの手にある袋は重そうだ。
98枚の銀貨だから当然だろう。
巾着袋の口紐がぎりぎりだ。あれでは危なくて街中には持っていけないな。
「では、確かに」
「あいよ。明日も続けて泊まりたいなら、夕方までにまた言ってくれればいいからね。
エリザのお奨めだからね、湯をサービスさせてもらうよ」
「湯?」
「ん? そんなことも知らないのかい?
うちは貴族様の屋敷じゃないからねぇ。風呂なんていう贅沢な物はないんだよ。
だから、代わりに体を洗うための湯を有料で出してるのさ。ちなみに大桶1杯分で1回2ラードだよ。
次からはきっちりもらうからね? あぁそうそう、10日分前払いならその間の湯はサービスにしてやるよ? 考えといてくれ」
【ワタリ様、湯は夕食後でよろしいですか?】
【おっけー早くご飯たべたいもんねー。それにしても女将さん商売うまいねー金持ってるとわかるとさっそくだよ。
ご飯は部屋で軽く浄化だけしてから行こうか】
【畏まりました】
「考えておきます。それでは湯は夕食後にお願いします」
「あいよ。はい、これ鍵ね。部屋は205号室。
外出するときなんかは、ここに誰か必ずいるから預けてっておくれ」
まったく商魂逞しいと思っていると女将さんはカウンターに鍵を置くと、にんまりとした顔をアルに向けてくる。
「あぁそうそう。食事はそこのドアから隣の食堂にいけるから、そこで鍵を見せれば食べられるよ」
「わかりました」
カウンターの横にある階段に向かおうとしたところで、女将さんに階段横のドアを指差されて教えてもらう。
どうやら、食堂は宿屋と連結しているようだ。そういえば1階が食堂になっているってエリザベートさんが言ってたっけ。
かなり期待していいそうだから楽しみだ。今日はネズミ肉しか食ってないから尚更だぜ!
階段を登り、2階に上がると廊下には灯りの灯ったランタンが掛かっていて、微妙に暗いが歩く分には問題はない。
階段から近い方から201号、202号とドアにプレートが掛かっている。
オレ達の借りた部屋は205号だから、すぐそこだった。
205号のプレートの掛かった部屋には鍵が掛かっておらず、ドアノブを回してアルが扉を引いて開けると中を一瞥して確認する。入り口のすぐ脇にランタンが掛かっていたようで、それに廊下のランタンから火を移して中を照らしながらレディファーストよろしく、入室を勧めてくる。
しっかり部屋の中に危険がないか確認したあと入室を促してくる辺り、本物の執事っぽい感じがする。いや、彼がいうには執事なんだけどな?
部屋は説明の通り2つベッドが並べて置いてあり、小さな鎧戸の下りた窓が1つ。
クローゼットが1つと椅子が2つにテーブルが1つ、大き目の籠が1つという質素な装いだ。籠は洗濯物入れのための籠だろう。
部屋の中は掃除も行き届いているようで、ベッドも綺麗で柔らかそう……とまでは言わないが寝る分には十分だろう。
「ワタリ様、マントをお預かり致します」
「うん……はいっと」
部屋に入るとすぐにアルがマントを受け取り、そのままクローゼットの方に向かっていく。
オレはというとどこかに泊まったらやるお決まりの――ベッドにトウっと勢いよく飛び込む。だがやはり硬かった。
ぎゃふ、という小さな悲鳴が出てしまったが、アルは特に気にすることも無く、部屋の天井から釣り下がっている釣り針のような物にランタンを掛けると、クローゼットを開けてマントを掛ける前に中を確かめている。
部屋を一瞥して確認したけど、クローゼットの中は確認してないからな。
念のためってことかな。それとも彼にとっては常識?
灯りがランタン1つの割にはかなり明るい。生前の蛍光灯の灯りよりは暗いけれど十分と言える物だ。
ベッドに腰掛けたままクローゼットの中身を確かめているアルを見ていると、すぐに確認とマントの収納は終了したようだ。小さな――それこそ5着も服が入らないような程度のクローゼットだ、時間がかかるわけがない。
「ワタリ様。浄化を掛けますので……失礼致します」
オレの傍に音も無く歩み寄ると、すぐに浄化を掛けるのかと思いきや装備していた皮の篭手と木の脛当てを外してくれる。
そのあとで浄化を掛けて綺麗にしてくれる。
淡く光った体から光が抜けると、すぐにさっぱりとした爽やかな感覚と共に服についた若干の汚れも綺麗さっぱり消滅する。
篭手と脛当ても浄化を掛けて綺麗にすると、クローゼットの中に仕舞ってから戻ってきた。
「ワタリ様、先ほどの銀貨ですがこれほど私が持っている必要はございません。
ワタリ様のアイテムボックスに収納して頂けますか?」
「あいよーアイテムボックス!」
アルがずっしりと重い巾着袋を取り出すと、それを受け取ってアイテムボックスを呼び出す。
とりあえず70枚ほど収納して、巾着袋に銀貨28枚だけ残しておくことにした。
「んじゃ、はい。これはアルが持ってて。
結局お金の支払いとか全部アルがやった方がいいっぽいしね」
「畏まりました。不肖アル、精一杯努めさせて頂きます」
「ん。じゃぁそろそろご飯食べに行くかー結構お腹空いたわー」
「畏まりました」
「夕食なんだろなーエリザベートさんがお奨めするんだから、きっと美味しいんだろうなー」
ベッドから勢いよく下りると首だけ捻って、後ろの従者にそう言いながら1階の食堂に向かうのだった。
ランタンたんたんらんたんたーん。
金貨は庶民にとってはあんまり目にするものではありません。
1千万と書かれた小切手のような物です。
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