06.アリア王女
ハア――。
俺は重たい溜息を吐いた。
そのせいで机に置いてあったランプの火が揺れる。
溜まりに溜まった書類の山が、俺の眠りを妨げようとしていた。
それでなくても眠れなのに……。
リアが妊娠していない事が昨日判明したのだ。
このままだと王妃によってリアの人生から俺は干されてしまうのではないかと、そんな不安が付き纏う。
こんな事ならもっとリアの傍に居れば良かった。
折角リアに仲直りして来いと尻を叩いて貰ったのに、その相手が行方不明ではどうしようもない。
それなら少しでも彼女の近くに居て、彼女にとって自分がどれだけ有用か彼女の両親に示したかった。
まったく。オリヴィエは前からこんなに行方をくらませる奴だったか?
一緒に森に居た時は、俺が猪に追いかけられたら何度も助けてくれたし、毒キノコを食べそうになった時にはすぐさま手を叩いてくれていた。
道に迷ったらいつの間にか傍に居てくれ、危なくなったら全て彼が何とかしてくれて……。
振り返ればいつも俺の傍にはオリヴァーが居た。
俺って……甘やかされてたんだな。
改めて思い返すとかなり大切に育てられていた自分に気付き、俺は顔を赤くした。
「おい、王女が返って来たぞ。」
ノックもなくレオンが扉から顔を出す。
「はっ。」
慌てて上げた俺の顔を見て、レオンが顔を歪ませた。
「……思いだし赤面。」
そう呟いてレオンは戸をパタリと閉める。
「お、おい待てよ。」
俺は慌てて彼を追いかけた。
ガチャリ
と扉のノブを回せば、いきなり俺の胸に誰かが飛び込んで来る。
「ル――イ――。」
目を向ければ、そこには恨みがましそうに見上げてくるアリア王女が居た。
小さくて可愛らしい黒目黒髪の王女は、長い髪を後ろで一つに括り上げていた。
懐かしい。
彼女を旅をした時もこのような恰好をしていたな。
実践向きだと言いながら、綺麗に手入れされた髪を惜しげもなく結んで。
その小さい身体に似合わない漲るパワーで、彼女は周囲を明るくする。
俺も彼女が居たお陰で何度も救われた。
彼女の可愛らしい怒った表情に、俺は口元はつい緩んでしまう。
「おお。これはこれは王女様。長旅ご苦労様でした。王へのご報告は?」
「もう夜遅いからそんなの明日よっ! それより結婚ってどういう事!? 約束が違うじゃないっっっ!」
「結婚じゃなくて婚約ですよ王女様。それに王が決めた事です。私には逆らえません。」
「嘘おっしゃいいっっっ。意気揚々と城中をスキップしてるって噂じゃないのっ。」
「城中……。」
この部屋でしかしてないのにと、俺はジト目で彼女の後で扉を抑えるレオンを見やった。
レオンは目を細めてニヤリと笑う。
「私と結婚してお父様の野望を断ってくれるって言う話はどうなったの!? 私がこのままオリヴィエと結婚したら、あの狸の思う壺じゃないっ。それにルイを通して狸があんな大国と繋がったら、ますます付け上がるのが目に見えてるわ。もちろん、私よりも大国の王女と結婚した方がオルヴィエを見返せるかもしれないけど、契約違反よっっっ!」
彼女がぐぐっと詰め寄って来た。
俺は両手を彼女の前にかざし、落ちついて貰おうと軽く動かす。
「ああ、それなんですが、もう良くなったのですよ。」
「え。良くなった!?」
「はい。実は俺、オリヴィエとは仲直りしようと思ってて。」
「“仲直り”って子供じゃないんだから何そんな惚けた事を言ってるの!? それにそれはあなたの都合であって私の都合じゃないでしょう!? 今さら何を言ってるのっ。」
そんな彼女の言葉に、俺はピタリと身体を固まらせて相手の目をじっと見つめた。
「あの――。前々から言おうとは思っていたのですが……。」
「何よ。」
「すみません、言うのが遅くなって。俺のプライドが高いばかりに。」
「……だから何をよ!?」
「その契約についてです。俺はその取引に、一度も合意を示した事はないのです。」
「え?」
「それに、現王の政策が好ましくないのであれば、オリヴィエと一緒に内側から国を立て直せばいいのではないのですか?」
「……。」
彼女の目が見る見るうちに丸くなるのが分かる。
そんな彼女に、俺は容赦なく言葉を続けた。
「そもそも、アリア王女はオリヴィエの事が好きなのでしょう?」
一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた彼女は、何か反論があるのか口をパクパクさせている。
「ち……違……。」
「良いんですよ。たとえ王に勧められた縁談だからと言って、そんなに毛嫌いしなくて。あ、もしかしてあれですか? 王に言われてオリヴィエが寄って来るのが腹立たしいんですか? 本当は私の事を想っていないのに、とか。」
「ル……ル……ルイのばか―――――。」
そう叫びながら彼女は部屋を飛び出した。
「おい、ルイ。あまりからかうなよ。俺が大変じゃないか。」
レオンがぶつくさ文句を言いながら彼女を追いかけようと廊下に出る。
「いつもすまんな――。」
俺は顔だけ扉から出して彼の背に一応謝っておいた。
だが本心は違う。
先程の“スキップ”云々の仕返しだったのだ。
「うむ。これでこっちは片付いた。それにしてもオリヴィエのやつ、一体どこ……。」
「本当か?」
「は?」
「俺と仲直りしたいのか?」
突如後頭部に放たれる低い声。
この聞きなれた懐かしい声に、俺は身を震わせながらそっと後ろを振り返った。
「オ……オ……。」
今度は王女に代わり、俺が慌てる番になる。
なんと廊下の反対側にはオリヴィエが居たのだ。
彼を部屋に通して机を挟んで座る。
下を向いていた俺はチラリと彼に目を向けた。
そこには相変わらずキラキラと神々しいオーラを放つオリヴィエがいる。
そして年を重ねた彼は、より一層懐に深みを帯びているようだった。
心を変えると見方も変わってくるものなのだな。
そうじっと見つめていると、オリヴィエが微笑んでくる。
俺は慌てて彼から目を反らした。
そんな俺の態度に、小さく笑う声が聞こえる。
「フっ。ルイ、相変わらずだな。そんなお前の姿がまた見れるようになって嬉しいよ。」
オリヴィエの声が弾んでいて、なんだか俺の心も嬉しくなった。
次はリアとルイのその後のラブラブ話が書ければ良いなと思っています。
読んで頂きありがとうございました。




