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03.勇者として

 勇者と呼ばれるようになって仲間と共に魔物退治を重ねるうち、俺は自分の力の限界を感じるようになっていた。

 もちろん、十五の頃に比べれば格段に強くなっている事は確かだ。

 今の俺ならばあの頃のオリヴィエには簡単に勝つ事が出来るであろう。

 だがあれから五年、あいつが何もしていないはずがない。


 ……俺は何のためにこんな事をしているのだろう。


 その頃、そんな事をよく考えていた。

 もちろん、魔王を倒す事が目的ではある。

 だがそれは“勇者”の使命であって、俺の使命ではない。

 オリヴィエとアドルフによって、勇者としての役割を擦り付けられた俺は生きる目標を見失っていた。

 ただ頑張れたのは、一緒に戦ってくれる仲間、レオンとモイーズのためだった。

 だが、彼らには申し訳なさも感じていた。

 本来の勇者ならば手こずるはずもない敵にも、瀕死の状態まで追い込まれるのだ。

 ただ俺が、弱いばかりに……。


 “そろそろ巫女をパーティに入れるか。”

 そんな中、レオンが明るく俺に提案してきた。

 “巫女?”

 “ああ、毎回、回復するために村に帰るのは大変だろう? 体力が上がって来て、薬草だけでは賄いきれんからな。”

 レオンは誇らしげに顔を輝かせる。

 だがそんな彼の光が、俺の中の影を一層広がらせた。

 ……俺が強ければ、毎回帰らなくても済むのに……。

 俺は小さく俯くと、首を縦に動かす。

 少しでも彼らの為になるのなら、俺のプライドなんか関係なかったのだ。


 ガシっ


 だが、そんな俺の首をモイーズが力いっぱいホールドする。

 “ルーイっ。”

 彼は倒さんばかりの勢いで俺の首を締めあげて来た。

 “ちょっ、おい、モイーズっっっ!”

 俺は彼の腕を叩いて、限界である事を必死で伝えた。

 殺す気かよっっと。


 パっ


 次の瞬間、モイーズが急に手から力を抜いた。その勢いで俺は地面に投げ出される。


 ハア ハア ハア ハア


 俺は草原に這いつくばりながら肩で息をしていた。

 “モイ――ズ――……。”

 潤んでしまった目を細めながら、俺は恨めしそうに彼を見上げる。

 そんな俺の視界に写るのは、悲しそうに表情を歪ませるモイーズとレオンの顔で……。

 “ルイ、お前は強い。馬鹿だけど強い。それと巫女を加える話は全く別物だよ。”

 “そうだぞ。お前がいなければ、俺達は魔物を前にして一瞬たりとももたない。ルイが居るからこそ、このパーティは成り立つんだ。それに、長旅にはお前みたいな残念な人間が一人いないと面白くないからな。”

 彼らは俺の事をまっすぐ見据えてそう言葉を綴った。

 俺の思いに彼らはいつから気付いていたのだろうか。 

 “二人とも……ありがとう。”

 俺の心は深く癒されるのだった。

 だが、俺は目を細める。

 聞き捨てならないセリフもまた綴られていたような気がしたのだ。

 “気のせいかな? なんだか励ましの言葉に混ぜて俺の悪口も盛り込まれた様なんだが。”

 そんな俺の言葉にモイーズが“あ、バレた?”とニタリと笑うのだった。



 

 レオンの提案で、俺らは彼らの国に向かった。

 国の規模は小さいが、可能性を秘めた有能な巫女がいるのだそうだ。

 だが、難点が事前に告げられる。

 その女性がその国の王女であると言う事。

 そして、現国王には直系の子孫が彼女しか今のところ居ないと言う事である。

 いくら勇者ご一行との旅とは言え、命の保証は出来ない。

 そんな旅に王が娘を快く差し出すとは想像が出来ないのだ。


 俺らは固唾を呑んで王との面会を待った。


 謁見の間で対面する願いが叶い、俺らは膝をついて王を待っていた。

 そしていよいよその時が訪れ、挨拶と共に顔をあげた俺は一瞬にして身体を固まらせる。

 オリヴィエが……俺に勇者の使命を擦り付けたオリヴィエが……堂々と王の横に鎮座していたのだ。

 参謀総長という身分を得て、しかも王女の……巫女の婚約者と言う立場になって。


 そしてあいつは自分の名を堂々と語った。

 “オリヴィエ・エルヴェ・アルセーヌ・リシャールと申します。”と。

 そう深く頭を下げるオリヴィエの首を、俺は締めないように必死に堪えるので精一杯だった。

 『リシャール』

 それは、おっさんと同じ名字だったのだ。


 本当の親子なのか義理の親子なのかは、それはもうどうでもよかった。

 ただ俺の喉は限界まで乾燥していて、乾いた笑いすらこぼれてこない。


 だが、そんなオリヴィエが俺に更なる衝撃を与えた。

 顔をあげたあいつが“……その程度か……”と呟いたのだ。

 十五の時の俺とは違う。

 今では対峙しただけで相手との力量差が分かるようになっていた。

 そして分かった。

 あいつとの差が今でも計り知れないほど深い隔たりがある事を。

 その時、俺は叫べば良かったのだろうか?

 “ならばお前が魔王を倒せよっっっ”と。

 だが、俺にはそれが出来なかった。

 勇者として慕ってくれている友人までもが、あいつに取られるのをやすやすと受け入れられなかったのだ。


 だが、酷いのはそこまで。

 そこからは運がこちらに向いたのか、とんとん拍子に事は進んだ。

 王女の方から巫女になりたいと言い出してきたのである。

 彼女が王や国民を納得させ、婚約者であるオリヴィエもねじ伏せた。


 そこから四人で旅をし、俺らの能力はメキメキと上がり、五年後には魔王まで倒せてしまった。


 凱旋帰国した俺は、オリヴィエを蔑む機会を密かに狙っていた。

 今のあいつの力では、魔王を倒した俺の足元にも及ばないのだ。

 せいぜい羨ましがるだろうと、俺は悔しむオリヴィエの表情を浮かべながら一人ほくそ笑む。

 ……そう、足元にも……。

 あれだけ俺の前を歩き、散々扱き下ろしたくせに、今ではもう俺の方が随分前を歩いているのだ。


 信じたくない。

 もしかしたら、既にそんな気持ちがその時には俺の中にあったのかも知れない。

 でもそれに構っていられるだけの心の余裕はもう持ち合わせていなく、俺はそれに気付かな振りをした。


 程なくして、王女の城で開かれた祝宴の席で俺はオリヴィエと直接言葉を交わす機会を得る。

 目の前に彼が現れ、俺は“今だ”と自分に合図した。

 今こそあいつを侮蔑してこれまでの恨みを晴らす時なのだと。

 コツコツかは知らないが、あいつが上りつめた地位を俺は一夜にして軽く超えてしまたのだ。

 あいつの婚約者である王女も、俺が頷けば手に入れる事が出来る。


 言葉を発しろっ。


 俺は自分に言い聞かせる。

 だが何も口からは出て来なかった。

 反対に出て来たのは切望という感情。

 “これならお前の役に立てるのか?”“勇者の俺なら、また一緒に居てくれるのか?”

 そんな溢れる思いがせきを切ったように湧きだした。


 俺は息苦しくなり、無言で彼の前に立ち尽くした。

 そんな俺にオリヴィエが讃辞を贈る。

 “強くなったな。”

 彼は力強く褒め称えてきた。

 だが、彼の表情は少し寂しそうにも見えた。


 違う、そんな表情を見たかったのではない。

 俺はただ、お前に認めて貰いたかっただけなのに。


 そんな感情が思わず俺を叫ばせる。


 “あたり前だっ! 俺は努力したのだっっっ!!”


 オリヴィエの顔からみるみる血の気が失せるのが分かった。


 ずっと俺の前を歩いていて欲しかったのに。

 お前が勇者になればそれは変わらなかったのにっ。

 どうしてあの時、逃げ出したりしたんだっっっ。


 奥歯を噛みしめた俺は、思わずその場から逃げ出していた。


 それ以来、オリヴィエとは会話をしていない。

 俺とはもう話もしたくないのだろう。

 お互い様だ。

 もちろん、顔を合わせる機会はある。

 だがあいつが俺に声を掛けることはなくなった。

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