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18.限界

 国境を越えた私は南へと向かう。


 ……この時期はたぶん、父たちは……。


 休息は一度だけ簡素な宿で取るのみ。

 それ以外は不休を貫き、馬を代えながら私は二日間走り続けた。


 そして、ようやく私は目的の場所に辿り着く。

 広場は人で溢れかえっており、民は一様に一段高いその場所を見つめていた。

 宿で仕入れたローブを深くかぶった私は老婆に扮して群衆の中に入り込む。

 至るとこで歓声があがる中、私は押しつぶされそうになりながらも人混みを前へと進んだ。


 老婆の特性が生き、私は少しずつだが前列へと歩む事が出来る。

 そして群衆の一番前に躍り出た私は、父を……王を見上げた。


 この国はルイのいる国に比べ、敷地面積も国としての力も比べものにならないぐらい大きい。

 父に頼めばきっとルイの婚約が破棄出来ると、今さらながら私は父に縋ろうとしていたのだ。


 どんなに蔑まされてもいい。

 ルイと一緒になれるのなら。


 私は懇願の眼差しを父に向けた。


「……その老婆を捕えよ。」


 私を視界に捉えたのか、父が命を出す。

 父の一言で、近衛隊が私に群がりだした。


「話をっ!」


 私は隊の者をかき分けながら父に叫ぶ。


「城で聞く。閉じ込めておけ。」


 だが父はそう述べるだけ。

 一切私には目を向けようとはしなかった。


「お願いしますっっ! 今、話をっっっ!!」


 ルイはすぐに式をあげると言っていた。

 王女の式だ。

 すぐと言ってもそこまで差し迫った日程ではないであろう。

 だが、準備が進む前に……後戻りが出来るうちに、ルイを彼女の婚約者という立場から外したかったのだ。


 だが、私の願いが聞き入られることはなかった。


 私はそのまま城に連れていかれ、自分の部屋に幽閉されてしまったのである。


「王は十日ほどでお戻りになられるそうですよ。」


 そんな侍女の言葉が、私に重く圧し掛かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「どうしてだっっ!!」


 俺は持っていた資料を机に投げつけた。


「おい、ルイ。少しは落ち着けよ。」


 そう俺に諭すレオンは、俺の執務室ソファーにどかりと腰を下ろして優雅に紅茶をすすっている。


「おい、随分お前は呑気だな。友人が国の為に売られようとしているのになっっ!!」

「……。何をそんなに心配している? 悪い話ではないだろう。」

「そうだぞ、ルイ。ジョリヴェ王国の王女だぞ。」


 俺の向かいに座るモイーズがレオンの擁護をしてくる。


「なんでそんな王国の王女が俺を名指ししてくるんだっ。」


 俺は頭を抱えてソファーに座りこんだ。


「“そんな”って。あの大国だぞ? しかもそこのお妃は物凄いべっぴんだという噂じゃないか。だったらその娘も期待できそうだ。」

「そうだよ。あ、もしかしてこれが王女の姿絵? っていうか、机片付けろよ。王女の資料すら書類に埋もれてしまってるじゃないか。これじゃどれが重要な書類か全くわからない。」


 難癖を付けながらも、モイーズが俺の投げつけた真新しい資料の山から一枚の絵を取り出した。


「うわっ。すごい美人っっ! これを嫁に出来るなんて果報者だぞ?」

「どれどれ? ……へえ。これを嫌う男はいないな。なんでこんな色っぽいお姫様がお前みたいな野蛮な男を指名して来るかねえ。」


 なあ――と、腹立たしくもこいつらはお互いの意見に同調して楽しんでいる。


「そんなのこっちが聞きたいっっ!!」


 俺は叫んだ。


 そんな王女、どうでもいい。

 俺にとってはリアじゃなければ誰でも一緒だ。

 彼女の代わりになる人間はいないのに。

 ……俺には……リアしかいないのに……。


 俺は彼女の笑顔を思い出し、頭を抱え込む手にぐっと力を入れた。


「まさかルイ……。」


 そんな俺に、モイーズが恐る恐る尋ねてくる。


「……なんだ?」

「世間の噂通り、男食化になってしまったのか!?!?」

「……。」


 はあ!?


 顔をあげた俺はジロリとモイーズを睨む。


「え? そうなのか!? でも心配するな。たとえそうであったとしても俺たちはずっと親友だからなっ! なあモイーズ。……あ、だからって俺らに惚れるなよ。」


 なんて、茶化しているのか真剣なのか分からないレオンの言葉が俺の心を少し軽くした。


「はあ――……。すまない、気を使わせてしまったのだな。」


 俺は顔をあげて二人を見渡す。


「そう感じたのかい? じゃあ、落ち着いた?」


 モイーズがニッコリ笑って俺を癒そうとする。


 ……なんていい友人達なんだ。

 こいつらがいたおかげで、宿命も達成できる事が出来た。

 やはり、こいつらがいないと俺は何もできないのだな。


 俺は改めて友人の存在の大きさに気付かされた。


「……で、君は何を悩んでいるのだ?」


 レオンが尋ねる。


「俺は……俺には……心に決めた女性がいたんだ。」


 そう俺は重たい口を開いて心の内を告白した。

 “いる”ではなく“いた”と言う過去形で。


「……国を出ろ。」


 レオンが俺に言う。


「……ありがとう。その言葉だけで十分だ。」

「おい、ルイ。俺は本気だぞ? 今すぐにその娘を連れて国から出るんだ。お前ならどこででもやっていけるだろ。」

「僕も同意見だ。」


 モイーズまでもがそう言ってくれた。

 こいつらは自分の事は二の次にして俺の幸せを願ってくれたのだ。


 ……俺の我儘でこいつらを不幸にしてはならない。


 俺は強く決心する。


「……大丈夫だ。この話を断れば、この国が大きな損害を受ける事は重々承知してはいたのだ。……少し、駄々を捏ねてみたかっただけだ。」


 だがそんな俺のいい訳もレオンらにはお見通しだったようだ。

 俺は乾いた笑いに、彼らは眉を潜めた。


「ルイ。俺らの前では作り笑いはするな。あと、言っておくが、お前が居なくてもこの国はやっていけるぞ?」

「そうだよ、ルイ。もうこの国はアリア王女のおかげで復興した。だから大丈夫だ。」


 彼らは力強く俺を納得させようとする。

 だが……。


「ああ、そうだな。アリアの奴、頑張ったもんな。でもその頑張りも、ジョリヴェ王国の鶴の一声で無駄になってしまう。……そうだろ?」


「「…………。」」


 俺の一言に、レオンもモイーズも押し黙ってしまった。


 まったく、嘘がつけない奴等だなあ。


 俺の顔に思わず笑みが溢れる。


「いいんだ。この話はもうお終いだ。今さら説得しても無駄だぞ? 俺が頑固者だってことを二人は重々知っているだろう?」


 そんな俺の言葉に、二人は悲しそうな表情を浮かべて肩を竦めるのだった。





「でもなあ、お前にそう言う女性が居るとは知らなかったなあ。」


 一息ついたあと、レオンが改めてリアの話題を出してきた。


「僕もだよ。いつ知り合ってたの?」


 モイーズも話にのっかってくる。


「ほんの最近さ。でも、彼女こそが俺の運命の相手だとすぐに分かった。」

「へえ……。堅物のお前が、ねえ。想像つかんわ。」

「でもさ、ルイ。ひとつ聞いていい?」


 モイーズがまたしてももしもじと気まずそうに尋ねてくる。


「ああ。もちろん。」


 とは言ったものの、今度はどんな奇怪な質問をしてくるのかと俺は内心恐々としていた。


「その子とは、両想い……だったんだよね?」

「…………。」

「……はあ!? ルイ、片思いだったのか!? 痛いぞ……痛すぎるぞ。それで駆け落ちとか、相手が可哀そう過ぎる……。」


 俺の無言を肯定と捉えたのか、レオンが大きく騒ぎ立てる。


「そんな訳ないだろう……。この俺だぞ?」


 そんな俺の上からの物言いに、彼らが吹きだす。


「そうだな。なんたって“勇者様”だもんな。」

「だったね――。普段がバカすぎて、そんな事すっかり忘れてたよ。」


 と、彼らが腹を抱えて笑いだした。


 ……だよな。こいつらには俺が勇者とか関係ない。

 俺が俺だから一緒にいてくれる。

 リアも……俺が勇者だとは知らなかったはず……。


「その娘には、俺が勇者であることは伝えなかったんだ。だがまあ……叶わなかったのだがな。」


 俺は自嘲気味に笑う。


「……。」


 そんな俺を元気付けようとしたのか、二人は徐に立ち上がると俺の両脇にドカリと腰を下ろし直した。 

「あ――。それにしてもジョリヴェ王女、なんでルイに目を付けたかな。一目惚れって噂だけど、それってこの前のパーティーか?」

「時期的に見てそうだろうな。でも、あんな綺麗な人いたかな? すごい噂になりそうだけど。」


 そう言って二人は俺の肩にがっちりと腕を回してくる。


「そんなに綺麗な姫か。」


 俺は興味なさげにぼそりと呟く。


「まだ見てないの? 見る??」


 咄嗟に立ちあがろうとするモイーズを俺は引き止めた。


「……やめておく。結婚するまでは見たくもない。」


 俺は吐き捨てるように言葉を床に投げつけた。


 今はまだ、リアのことで頭の中をいっぱいにしていたい。

 どうでもいい女に対する怒りでそれを汚したくない。

 出来るだけ、彼女との楽しかった思い出に浸っていたいから。


 リアがこの城を訪れる、その日までは。

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