15.子犬
「リアっ。次は何を手伝おうか?」
子犬のように目を輝かせながら、ルイが私にまとわりつく。
……この男、始めて会った頃は無愛想だったのに。
チラリと彼に目を向けた私は、ルイの態度が大きく変わった事に呆れ返っていた。
彼はあの日以来、常に私にべったりくっついているのだ。
私が料理をしているときは背中に張り付き、食べる時は、まあ椅子を隣に持ってくることはないが、常に空いた手で私の髪を弄んでくる。
それに歩く時は必ず横に立って私の腰に手を回してくるし、レディーファーストだか知らないが、扉を開けようとすれば先に回り込まれてしまう。
……介護かっっ!
老婆の擬態のせいで、鏡に映った私の姿が余計にそう見え、私は大きく萎えた。
そうであるから解いた訳ではないのだが、私はその日以来、素の姿で生活している。
服は体にぴたりと張り付くワンピース状の布。
首や手首足先までガッチリと覆われたこの薄茶色の服であれば、ローブを羽織ってるときは勿論、淑女に擬態した時にも機能的なのである。
だが、ルイにしてみれば“それが逆にエロい”のだそうだ……。
私は、軽くルイをあしらいながら出来たばかりの薬を店先に持って行く。
「これを並べれば終わりだ。」
そう言って私は薬の入った籠を手にした。
「じゃあ俺がする。貸してくれ。」
「いや、大丈夫だ。私がやる。」
ルイが伸ばして来た手を交わし、私は店先へと小走りで急ぐ。
だが私に追いついた彼がグッと私の腰を捕えて歩調を合わせて来た。
……やはり抜けがない。
改めてルイの身体能力の高さを確認した私は、しょうがなくルイと行動を共にすることにした。
私はショーケースの前に立つと、一つ一つ丁寧に薬を並べていく。
店の適度に薄暗い空間、なおかつ空調の管理されたがケースの中が薬の保管、熟成に最も適しているのである。
そんな私の隣に大人しく立ち、じっと作業を観察するルイはやはり身体をピッタリとくっつけて来た。
「……やりにくいな。」
私はぼそりと呟く。
「そうか? じゃあ。」
そう言うとルイは私の背後に回り、今度は後ろから両腕を腰に巻きつけてきた。
もちろん彼の顎は私の肩に乗せられている。
「……さっきとさほど変わりがないようだが。」
「そうか? それにしてもそれ、本当に宝石みたいだな。」
ルイが私の手元を見ながら感嘆の溜息を零した。
「……そういわれると、そんな気がするな。あとはこの部屋で一日ほど寝かせて安定させれば大丈夫だ。」
作業を終えた私は、彼の身体を無表情でひっぺがす。
今は作業開始から四日目の夜。
つまり、ここを発つ日まで丸三日を残して殆どの作業が終わってしまったのである。
と言うのも、初めは再現性を確保するために私が十種全ての薬を作る予定だったのだ。
だが、薬の主成分である薬草自体が異質なものを作り出した要因が高くなった今、作業工程を変えてみるのも必要だとルイが言い出したのだ。
つまり、私がつくる薬以外にも私とルイとで作る薬、ルイだけで作る薬と分けてみた。
そしてそれら全てが求められている薬となれば、私が要因であると言う選択肢が省かれるのである。
……そう信じていた。
その為に彼が作業に加わったのだと。
次のルイの言葉を聞くまでは。
「じゃあ、早速二階に行こう!」
ルイが声を高らかに弾む声で私に提案してきた。
もちろん、二階には私の私室しかない。
「ルイ……。まさか、それが目的で作業を手伝った訳ではないよな?」
「……俺は城での作業を簡略化することを目的としたまでだ。」
目を見張りながら力強く言い訳する彼だが、答えるまでに少し間が空いてしまったのが何とも肯定を物語っているようでならない。
はあ――。
私は大きな溜息を吐いた。
そんな私の落ち込みを違う方向に捉えたのか、ルイが私を説得する。
「リア……君は俺が欲しくないのか? あの日以来ずっとお預けを喰らっていて俺はもう我慢の限界だ。」
「……それは私だって……。」
私だって、ルイの逞しい腕が恋しい。
だけど、あの運動で使う筋肉が足腰だけじゃないって知らなかったのだっ!
次の朝作業を再開しようとしたら、腕がプルプル振るえて仕事にならなかった……。
だから私はすぐさま禁止令を出した。
たとえ残りの日をすべて仕事に費やし、もうルイと仲良く出来なくても。
大切な一夜の思い出を、彼に貰ったから。
でもまさかルイがそんな手段に出てくるとは私は全くもって予想していなかった。
「だろう? リア。では急いで部屋に……。」
「ルイ、その前に一つ確認なんだが。」
意気揚々を私をエスコートする彼の手を、私は引き戻す。
「なんだ?」
「明日にはここを発つんだよな?」
「あ? なぜだ?」
「な、なぜって、もう薬は出来あがっただろう!?」
「……再びリアの迎えが来るのは三日後だ。それに合わせて発とう。入れ違いになったら不味いからな。」
そういうルイはもっともらしくウンウンと頷いた。
「だが、城までは二日で着くのだよな? それならば明日発てば入れ違いにはならない。それに前もって今からでも文を送れば……。」
「リア……そんなに俺と居たくないのか?」
悲しそうに顔を歪ませたルイが、勢いよく私に詰め寄る。
「ルイ?」
……違う。
私も出来るだけ一緒にルイと居たい。
でも、同じ時を過ごせば過ごすほど別れが寂しくなるから。
それにせっかくのいい思い出も、三日間やり倒されたら嫌な思い出に変わってしまうかもしれないからと、私は彼を拒んだ。
だがルイは私の真正面に立ち入ると、背中に腕を回してくる。
そしてそのまま私を抱きかかえる……かと思いきや私の胸に顔をうずめてきた。
「俺は一時も君とは離れたくないのに。」
「…………。胸とかよっっっ!!」
私は力いっぱい彼の頭を押した。
だがビクともしない。
ルイも全力でしがみついてるようだ。
……どうしてこんなに胸に必死になってるんだ!?
わからん。
ルイの……男の気持ちがやっぱり分からんっっ!
私は心底困り果てていた。
バンっ
その時、勢いよく店の扉が開かれる。
……あれ、なんかこれ前にも見た気がする。
デジャヴ?
「おい、ルイ。いるか?」
私の予測どうり、アレクがノックもなくずかずかと店の中に入って来た。
……ほら、ね。
自分の記憶力の良さを私は褒め称えた。
だが記憶の中では横暴だったアレクが、なんだか今回は大人しいようだ。
さっきまで荒々しかたアレクが、今は静かに固まり全く動かない。
電池でも切れたか?




