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10.本気

 私はルイを床に正座させた。

 カーペットが敷いてあるので冷たくはないだろう。

 私も正座をして彼と向き合う。


「で、ルイ。お前は本気で私と同じベッドで寝る気なのか?」

「だってこの家には一組しか布団がないのだろう? さすがに野営に慣れていても布団で寝れる方が何十倍もいい。」


 ピンと伸びた彼の背筋が無性に私を腹立たせた。

 布団のためかとぼそりと呟く私に“あ、そう言う事?”と言ったルイがニヤニヤと顔を歪ませる。

 私は自分のこめかみがピクピクと動くのを感じた。


「リア、心配するな。だが、万が一そうなっても俺らは結婚するから大丈夫だろう。」

「……まだ了承してないし。それに万が一も起こらないっっ! 私には友達として結婚を申込んだんだよな!?」


 彼の意図が理解できず、私は彼に詰め寄る。


「……“友達として”結婚ってどういう意味だ?」

「そういうのなしで一緒に暮らす。」

「あ!? いやいや、俺は不倫をする気はないぞ? だから愛人も作らない。……でもまあ当分はいいか。最近、食指が動かないからな。」


 ……なんかとんでもないことをサラリと言われた気がするのだが。


 私は彼の下半身からなんとか注意を反らそうと、目を泳がせながらルイに尋ねた。


「動かない。ルイ、不能なのか?」


 そんな私の疑問に、ルイが血相を変えて私に肩を寄せる。


「違うっ。断じて違うっっ。」


 目を大きく見開いた彼は全力で否定してきた。


「あ……ああ、う、うん。分かったよ……。でも……動かないんだよな?」


 と言って、私は上体を反らしながら彼の下半身を指差した。

 もちろん目は向けてない。


「前はきちんと機能していた!」

「……。」


 それは聞きたくなかったなあと、私はつい固まる。

 そんな私の態度にルイが焦りだした。


「あ……いや、すまない。こんな話。……リア、お前……やっぱなんでもない。気にするな。お前は年上の可能性もあるが下の可能性もあるしな。……ん? リアがかなり年下だたら嫁にすると犯罪……。やっぱり養子の方が良かっ……。」

「嫁が良いっっっ!」


 顎に手を当てながら呟くルイの言葉に、つい私は反論してしまう。

 私の叫びに今度は彼が固まった。


「え? ……リア、もしかして俺の嫁になりたいのか?」


 カア――


 私の顔が真っ赤に染まる。

 だがマスクを通してでは彼にそれは伝わらない。


「ち……ちがう!! お前と私とでは歳が近すぎるから養子は変だと言いたかったのだ!!」

「え? 歳が近いのか!? ……離れてても良いとは思っていたが、近いのは嬉しいな。」


 と、喜ぶルイが顔がふにゃふにゃに綻ぶのが分かった。


 ぐっ


 そんな彼の笑顔に心臓が破裂しそうになった私は、なんとか話題を反らそうとする。


「そ……そんな事より、どうして不能になったのだ!?」

「……だから、不能ではない。食指が動かないだけだ。」

「では、良い女が居れば動くと?」


 焦りながら私は彼と会話を続けた。

 頭の中が空回りする余り、自分でも喋ってる内容が理解できない。


 な、なんであんなことを言ってしまったんだろう……。


「……リアは良い女だ。だが、動くとは保証できない。だから、もしそうなったとしても君のせいじゃないからな。」


 ルイが真剣に私に説明しようとしているのが分かる。


「じゃあ、一緒に寝てもそう言う事にはならないのか?」

「そうだろうな。」

「分かった。じゃあ、いいよ。一緒に寝るか。その代わりルイが先に風呂に入って布団に入っててくれ。私も風呂に入るときにはさすがにマスクは取るからな、その前に部屋の電気を消して真っ暗にして貰う。もちろん先に寝ても構わない。それでいいいよな。」


 私はフワフワとした気持ちで彼に同意を求めた。


「だが、それではリアが身動きがとれないのでは?」

「大丈夫だ。自分の部屋だ、目を瞑ってでも歩ける。」

「……そうか。」

「そうだ。だから入った入った。」


 私は立ちあがって彼の背後に回り、座ったままの背を押す。


「じゃあ、先に使わせてもらう。」


 そう言うと、彼は立ち上がりバスルームへと歩いて行った。


「風呂の脇にあるタオル、勝手に使っていいからなっ!」

「あ――。ありがとう。」


 後ろ手に手を振るルイの背中を見つめながら、私は茫然と彼の姿が見えなくなるまで見つめる。


「……って私、なんで同意してるんだ!?」


 私は今さらながら彼とこれから起こる出来事を理解し身悶えた。


 ……ど、どうしようっ!

 私、ルイと寝るのか!?

 “寝る”ってなんか語弊があるけど。

 まあ、添い寝と言うやつだな。

 おお! 念願の添い寝っ!!


 と、一人はしゃぐ私は気持ちを落ち着かせようと深呼吸をし始める。


 吸って――。

 はい、吐いて――。

 もう一度、吸って――。

 吐いて――。


「体操か?」

「え!? わっ!」


 いきなり声をかけられて驚いた私は、床に尻餅をついてしまった。

 ルイが慌てて手を伸ばしてくる。


「驚かせてすまない。」

「ルイ、風呂はどうしたのだ? ……あ、忘れ物か?」


 私は下に手をついたまま部屋を見回した。


 ……そういえば、ルイって手ぶらだったような……。

 着替えはどうしてるんだろう?


「え? いや、もう風呂は入ったのだが。」

「嘘だろっ!?」


 だがよくよく見れば彼の髪からは水滴が落ちて来ており、彼が着ているのも風呂の脇に常備している私のバスローブで……。


 そりゃあ、私はタオルを使ってもいいとは言ったけど。

 まさかタオル地のバスローブまで使われるとは想定外だったな。

 でもまあ、汚れた服で布団に入られるよりはましか。


 私が着れば足首まであるその丈も、ルイが着れば膝下までの長さしかないがそう言うものだと言われれば違和感はない。


「嘘ではない。」

「でも、さっき入ったばっかり……。」

「そうか? まあ、次にリアが控えてるからな、少しは急いだが。」

「身体は洗ったか?」

「洗った。」


 私の質問に即答した彼が真剣に私を見てくる。


 なんだその眼差し……。


 異様に力強い目力に、私はどっと疲労感を感じる。


「なら……まあいいよ。さっさと布団に入ってくれ。電気を消す。」

「ああ、電気なら俺が消しとくから入っていいぞ?」


 そう言って彼は顎で私をバスルームへと促した。


「そうか? じゃあ入って来る。本当に先に寝てていいからな。おやすみ。」

「おやすみ。」


 何だかもうどうでもいいやと、私はトボトボと肩を落としながら風呂へ向かうのだった。

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