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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第2章 サイファートの町探索編
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第50話 コロネ、長老に会う

「おーい、長老。新しい料理人を連れてきたぞ」


「おお、猫たちから聞いとるぞ。何でも、オサム坊と同じところから来たんだと? よう来たのう」


 オサムに連れられてやってきたのは、メルの家から少し離れた工場のようなところだ。今までの家や工房とは異なり、けっこう大きくてしっかりした作りになっている。

 中には木でできた大きな樽や、ちょっとした機構の機械らしきものが所狭しと置かれている。こっちに来てから初めての、本格的な工場っぽい感じの場所だ。


 そして、オサムがコロネを紹介している相手なのだが。

 見た目はどう見ても、向こうで言うところの猫だ。

 しゃべる猫。

 長老ってことは、偉いのかもしれないけど、ちょっとびっくりだ。


「お、コロネ、驚いてるか? こっちが油作りを頼んでいる、ミケノジだ。町にいる猫たちの元締めで、同時に町の妖怪種の相談役みたいな感じだな。なので、通称が長老だ。こう見えて、町の中でも長生きの部類に入るな」


「はじめまして、料理人のコロネと言います。よろしくお願いします」


「ふむ、オサム坊と違って素直な子じゃな。わしはミケノジじゃ。種族は妖怪種の猫又じゃ。今はちょっと油作りの最中でな、この姿で失礼するぞい」


 なるほど、猫又か。

 確かにしっぽが二股に分かれているのが見える。

 猫の姿なのに、どこか威厳があるしね。


「長老の属性は『溶解』なんだ。その能力が油作りに適しているので、ここでの仕事をお願いしているのさ。まあ、けっこう忙しいから悪いとは思っているんだが」


「なに、わしも油が好物みたいなもんじゃからな。お互い様といったところよ。ここなら、できた油を味見することもできるしのう」


 どうやら、ミケ長老は好きでこの仕事をしているのだそうだ。

 油は猫又と相性がいいらしく、主食のような感じになっているのだとか。

 それにしても、溶解って、変わった属性だね。


「うむ、猫又は世界に溶け込む性質に長けておるのよ。『溶解』というのはその一側面じゃな。一口に妖怪種と言っても、色々な傾向があるんじゃよ」


「長老はスキル持ちなんだ。『分け身』スキル。どこにでもいて、どこにもいない。これも世界に溶け込むスキルだよな」


「まあ、今まさにそれを使っておるがな。わしの分身たちが向こうでせっせと作業しとるのじゃ」


 ミケ長老が指し示した先に、手を振りながら作業をしている猫たちが見える。

 すごいなあ。

 これが全員、ミケ長老なんだ。


「まあ、おかげで、この大きな工場をひとりで回すことができるがの。そうそう、眠り姫のお嬢は何とか、オサム坊のところまでたどり着けたのかの?」


 眠り姫って、メルのことだろうな。

 まあ、イメージがそんな感じだし。


「ああ、朝食食べて、またこっちに戻ってきてるぞ。あ、そうそう忘れてた。長老にもツナサンドを持ってきたぞ。確か好きだったろ?」


「おお! すまんの。そうかそうか、今日はツナサンドの日か。これは仕事終わりが楽しみじゃ。ありがたく受け取っておくぞい」


 そう言って、オサムからバスケットを口で受け取るミケ長老。

 と、その瞬間、ミケ長老がその場から消えてしまった。


「えっ!? あれ、長老さんは?」


 コロネが驚いていると、すぐに同じ場所に猫が現れる。

 もうすでにバスケットは持っていない。


「おお、驚かせてしまったかの。ちょっと、バスケットを置きに行っただけじゃよ。まあ、分け身の応用とでも言っておこうかの」


 ミケ長老がそう言って楽しそうに笑う。

 相変わらず、ここの人はすごい人が多いようだ。


「ところで、ここではどんな油を作っているんですか?」


 どちらかと言えば、この世界での油がどういうふうに作られているのか興味がある。


「ここで、作っているのはヒマワリの亜種から作る油と、ゴマの油だな。ヒマワリの亜種は、こっちではゴールドフラワーっていうんだ。これは町の農家でも栽培してもらっているな。この町産の油がこっちだ。で、ゴマの方は、このあたりの気候だと栽培に不向きだから、遠くの産地で作ってもらっているな」


「うむ、ここで作っているのはその二種じゃが、オサムの伝手でアノイントの油も作っておるところもあるのう。オサム坊が入荷したアノイントの油もここに保管しておるよ」


「ああ、アノイントってのは、向こうで言うオリーブのことだ。儀式や錬金術などで用いられる油らしいな、こっちだと。まあ、量産が難しかったせいもあるが、やっぱり食用には使われてはいなかったな」


 なるほど。

 ここにあるのは、ヒマワリ油とゴマ油、そしてオリーブオイルか。

 それにバターを使えるから、思っていたよりも種類が豊富な気がする。

 ゴールドフラワーがヒマワリで、アノイントがオリーブか。

 あ、そうだ。


「そういえば、オサムさん。自動翻訳スキルで、向こうの単語がそのままになっているものがあるんですけど、あれって何か意味があるんですか?」


 この場合は、ゴマがそうだろう。


「ああ、それは単純な話さ。こっちの世界でまだ発見されていなかったか、名付けられていなかったものだ。ゴマも俺が見つけて栽培を頼んだものだし。こっちでも特に呼び名がなかったものは、最初に定着させた名前がそのままになるみたいだな。たぶん、トマトやじゃがいももそんな感じだろ」


「なるほど。ということは、カカオなんかも発見すれば、そうなるってことですね」


「そうだな。料理の名前とかもそういうのがあるぞ。サイファートの町では当たり前になっているが、クリームシチューだとか、天ぷらだとかは、さすがに他のところでは定着していないからな」


 要するに、この町はけっこうなオサム語が流行っているのだそうだ。

 それがじわじわと王都などを侵食しているのだとか。

 すごいけれども、恐ろしい話だ。


「かっかっか、まったく、オサム坊とおると退屈せんよ。わしも相当な長生きのつもりじゃったが、ここ十年の日々は、本当に充実しとるよ。退屈で世捨て猫を気取っておったころが懐かしいわい」


「おいおい、人をトラブルメーカーみたいに……言っとくが、俺も好きでドタバタしてるんじゃないからな。騒動を起こす連中が集まってくるんだよ。俺はどっちかと言えば、のんびりと暮らしたい派だぞ」


「はっはっは。冗談もほどほどにしておけよ、オサム坊。さておき、コロネの嬢ちゃんも油に関して、困ったことがあったら、ここに来るがいい。余裕があれば、新しい油の開発に協力しても構わんぞ」


「本当ですか!? よろしくお願いします」


 それはありがたい話だ。

 現状では、簡単に手に入りそうなのはバターだけだし。

 油があれば、揚げ物系のお菓子やパンも作ることができるだろう。

 そうと決まれば、油の原料を探してみることにしよう。


「ミケ長老、オサムさん。マーガリンとかって精製したりしてます?」


「ふむ? マーガリンとな。オサム坊、何のことじゃ?」


「ああ、マーガリンってのは、複数の油を組み合わせて作る、バターの代用品のことだよ、長老。いや、マーガリンはまだ着手してないな。そもそも、料理の場合、バターと油があれば、ある程度は問題ないからな。マーガリンがあったほうがいいのか?」


「ええ、マーガリンもそうですが、ショートニングがあるとお菓子の食感が広がったりしますので、そっちもってことですね」


 お菓子作りだけでなく、パン作りでもショートニングを使用すると、面白い味へと広がることもあるのだ。実はけっこう重要だったりする。


「なるほどな。まあ、せっかく長老が手伝ってくれるって言うんだ。俺がしゃしゃり出るのも良くないよな。コロネでやれるところまで頑張ってみろよ」


「わかりました」


 油の作り手が協力してくれるのだ。

 これなら、一から作るよりも可能性が高い。

 よかったよかった。


「それにしても、オサム坊の故郷というのは恐ろしいのう。油の種類もそうじゃが、どれだけ食べ物にこだわりを持っておるんじゃ。まったく、大したもんじゃよ」


「まあ、戦争反対、そんなことより美味いものを、って感じだしなあ。食うに困っていた状況から百年経ってないはずなんだが、そう考えるとすごいよなあ」


「ふむ、美食大国かの。さしずめ、このサイファートの町もそんな感じになりつつあるのう」


「まあ、美味しいに勝るものなし、だ。その辺は料理人の矜持ってやつだよ」


 そう言って、ミケ長老とオサムが笑う。

 コロネもつられて笑顔になる。


 そうだね、美味しいのが一番だよ。

 改めて、そう思った。

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