第445話 コロネ、『大食い』の凄さを目の当たりにする
これって……『高速移動』だよね?
前に、コロネも一緒に連れられた時のメルさんと同じような状態。
轟音は、音の壁を越えた時の音。
そして、すべての音を置き去りに、十人以上いるメルさんたちがそれぞれ、神風特攻のように、リディアさん目がけて、突撃をしていくのだ。
一方、迎え撃つリディアさんも、今までのひょいひょいおと手をかざしたり、腕を動かしたりするだけじゃなくて、何か大きなものを両手で抱え込むような仕草をしている。
その抱えていた『何か』を思いっきり、押し潰すように拍手をして。
コロネがそれぞれの動きを見て、そう感じたのはほんの一瞬の出来事だったのだろう。
リディアさんの拍手が起こるのと、メルさんたちが突撃するの。
ほぼ同時に。
リディアさんを中心に爆発のようなものが起こり、遠く離れたコロネたちの周囲の空気までが激しく震えるような衝撃があって。
もうすでに、粉々になっていた石舞台の周囲に張られていた結界が光と共にはじけ飛んだ。
「うわわっ!?」
悲鳴をあげる暇こそあれ、飛んでくる砂とか礫のようなものを避けるために、思わず目を閉ざしてしまったんだけど、その一瞬で決着はついていたようだ。
いや、違う!?
リディアさんの拍手による攻撃で、たくさんいたメルさんがみんなまとめて弾け飛んでいる。後に残っていたのは、爆発の中心部で、脱力した感じになっているリディアさんの姿だけだ。
浮いているだけの力を失ったのか、そのまま、地面に空いた穴の中へとそのまま落ちて行ってはいるけど。
一方、映像の魔道具が映像の向きを変えると、その落ちていく場所に、もうひとりのメルさんが立っているのが映し出された。
おそらく、さっきのメルさんは全てが分身というか、偽物だったんだろう。
そうコロネが思ったのはほんの一瞬。
そのまま、メルさんが手に持っていた銀色の刀のようなもので、リディアさんを斬りつけて。
「っ!?」
周囲から歓声があがる。
だけれども、自分はと言えば、あまりの光景に何も言えなかった。
メルさんの刀によって。
リディアさんの右腕……肩から先が綺麗に切断されて、腕が宙を舞っている光景、なんて。
思わず、息を飲んでいた。
戦闘訓練などでも、影の狼相手に似たようなことはやったことがあったけど、今、目の前で行われているのは、影とか、偽物の身体じゃなくて、本物だから。
怖い。
周囲が沸いていることを含めて、ちょっと信じられなかった。
人の、腕が斬り離されているのに、どうしてこんなに興奮のような状態になるの?
これが当たり前のこととして受け入れられている、という事実が、改めて気味の悪い感情となって、コロネにまとわりついてくるような気がして。
その間にも、メルさんの持っていた銀色の刀は、すぐに形を失って。
そして、リディアさんの右腕だったものも、空中へと消えて。
「――――えっ!?」
気が付くと、リディアさんの腕が、身体へとくっ付いた状態で元通りになっていた。
『ん、お見事。腕ごと斬られたのは久しぶり』
ちょっとだけ、どこか嬉しそうなリディアさんの声が聞こえて。
何が起こったのかが、本当にわからなくて、絶句してしまう。
まるで、腕を切断されることなんて、何てことないような、軽い感じの声。
「やっぱり、すごいのです、リディアさん。いえ、もちろん、メルさんもなのですが」
「本当に、ね。あれだけ周辺魔素が薄い場所で、よく、あの数の『魔刃』を作り出せると思う、よ。しかも、リディアさんの身体に一撃を与えられるだけの、ね」
「いやいや!? ピーニャ、メイデンさんも。落ち着いてますけど、今、人の腕が飛びましたよね!?」
「あ、大丈夫なのですよ、コロネさん。あれでもまったく通じていないからこそのリディアさんなのです。少々の傷を負っても、一瞬で治ってしまうのですよ」
だからこそ、リディアさんには誰も勝てないのです、とピーニャが頷く。
「うん。リディアさんの強さって何か、って話だ、ね。攻撃が強いから? 攻撃が見えないから? 謎の能力でほとんど攻撃が通らないから? ね、コロネ。実のところ、リディアさんの強さにとって、本当に重要なのは、今挙げたものじゃないんだ、よ」
どれも、強さの要素のひとつではあるけどね、とメイデンさんが苦笑する。
でも、世界最強の一角と呼ばれる所以はそれらではない、と。
「技術とか、経験とか、そういう話じゃなくて、純粋に、その絶対的な回復力。ただ、それに尽きる、の。身体が傷つけば、その傷が一瞬で治ってしまう。それこそが、リディアさんの強さだ、よ」
そもそも、ほとんどの攻撃は通じないレベルの防衛能力があって、その上で、もし仮に攻撃を通して、傷つけたところで、その傷が一瞬で治ってしまう。
本当に意味で対処不能な相手なのだそうだ。
そして、その回復というのも、単純に傷が治るってだけじゃなくて。
「ほら、コロネ。さっきまで魔力が枯渇して動くのも辛そうだったはずなのに、普通に動けてるよね? 今のリディアさんって。あの、何だかよくわからない回復能力が発動すると、一緒に魔力も身体に戻るみたいなんだ、よ」
「うえっ!? そうなんですか!?」
何その、反則っぽい能力。
それによって、さっきまでピーニャたちが言っていた、リディアさんの弱点っていうのが無くなってしまうわけだし。
燃費が悪くて、能力を使っていくと魔力が枯渇してしまう。
けど、その状態で、障壁も出せずに攻撃を受けて、傷を負えば、すぐに身体も、魔力も回復してしまうという。
というか、さ。
そもそもが回復魔法自体がほとんど存在しないんだよね?
どう考えてもおかしいよね、リディアさんの能力って。
「なのです。ですから、リディアさんは謎の人なのですよ。今のような能力は、例え幻獣種といえども持ってはいないのです」
「噂によれば、首を飛ばされても、普通に治ったって話だねえ。妖怪でも、擬態系の属性持ちなら、もしかしたら、似たようなことができるかもしれないけど、それでも、失った体力や魔力が回復しないからねえ。ちょっと普通じゃないよねえ」
コズエさんの話だと、尻尾の方だけが残って、そっちからゆっくりと再生して、何とか生き延びた妖怪さんも過去にはいたそうだ。
でも、一瞬にしての回復はあり得ないし、その状態で、尻尾を失えば死んでしまうので、妖怪種であっても、今のリディアさんの真似はできないのだそうだ。
なるほどね。
というか、リディアさんが腕を斬られても、誰も心配していなかったのって、みんながこの能力について知ってたからなんだって。
さすがに、この町の人たちでも、命に関わるような傷を負ってる人を見世物にして、笑うような真似はしない、とピーニャから言われてしまった。
さっきの歓声も、よくぞ、リディアさんの護りを掻い潜って、一撃を当てた、っていう意味でのメルさんへの賛美だったのだそうだ。
ちょっとやそっとでは、そもそもリディアさんに傷ひとつ付けられないので、そういう意味では、ある種の英雄扱いというか。
いや、それ以前に、リディアさんの強さが異常ってだけなんだけど。
それだけに、その強さに関しては、絶対の信頼感があるらしい。
美味しい食べ物の味方なので、そういう意味でも人畜無害だとか何とか。
ただ、能力を知ったことで、今まで以上にリディアさんの謎っぷりがひどくなっちゃったんだけど、その辺は『リディアさんだから』の一言に尽きる、と。
『じゃあ、これで依頼を受けてくれるぅ?』
『ん、できることなら大丈夫』
『あー、良かったよぅ。というか、リディアってば、本当ぅに硬すぎるってばぁ。今日だけでもかなり溜め込んでた分を使っちゃったよぅ』
魔道具の画面上には、そう言ってぶつぶつと文句を言っているメルさんの姿が映し出されている。
それにしても、この魔道具も丈夫だね。
けっこう、近いところを映し出しているのに、爆発とかそういうのに巻き込まれたわけじゃないのかな?
後で、詳しい話をドロシーから聞いてみようかな。
『うんうん、じゃあ、これで、模擬戦の方は終了ねー。引き続き、もうひとつ、魔法を使うから、それでたぶん、空白状態になると思うから、『空白』の現象が起こったら、すぐにみんなでポーションを投げてねぇ。うん、模擬戦の最中に事故みたいにならなくて良かったよぅ。ふふふ、計算通りー』
もうちょっと近づいても大丈夫だよぅ、とメルさんが笑う。
ちなみに、その『空白』状態っていうのが、今回の定期講習会の肝だったらしい。
改めて、今から何をするのかをメルさんが説明してくれたんだけど。
『空白』っていうのは、周辺魔素が薄くなって、完全になくなった時に生じる現象なのだそうだ。
普通は、空間には常に周辺魔素が残っていて、その濃度が薄くなった時は、その空間内に存在する生物などから、魔素を吸い上げて、空間を安定させるようになっているのだけど、急激に魔素を消費して、同時に、その空間の持つ自浄作用も破壊することで、魔素が存在しない不安定な状態ができあがるのだとか。
それを『空白』と呼んでいるのだそうだ。
で、その『空白』という状態は極めて危険な状態で、それをさらに進めることで、『崩壊』が生じるのだという。
『前に定期講習会で話したから、みんなも知ってると思うけどねぇ。生物の場合は『崩壊』に至ると消滅しちゃうけど、空間の場合、『崩壊』に至るとそのまま『空間変動』が生じるんだよぅ。まあ、人為的に『崩壊』を起こすには、かなり複雑な術式が必要だし、そもそも、必要な魔力が半端じゃないからねぇ。今のわたしでも無理だしねぇ』
まあ、ロクなもんじゃないよぅ、とメルさん。
で、それはそれとして、と。
『で、さっき配ったポーションが空間における『空白』状態を回復するためのポーションの試作品だよぅ。ただ、まあ、ちょっと規模が小さい時での治験が終わってるだけだから、今改めて、大きめの『空白』を作るから、それで最終テストをするってわけだねぇ』
え、テスト?
しかも大掛かりな?
それで、コズエさんとかがピリピリしてたんだね。
一応、ミケ長老も、万が一『空白』が生まれた場合、自分の能力を使って、その『空白』を相殺することができるらしい。
他にも、すぐに召喚で呼び出せる場所に、それらへの対応が得意な妖怪さんたちが待機しているのだそうだ。
「成功すれば問題はないけど、もし失敗すれば、この広場がちょっと小さくなったり、旧『グリーンリーフ』の二の舞になりかねないからねえ。うまく行ったら、『グリーンリーフ』の荒地を治すための、空間特効薬になるって話だから、仕方なく協力しているんだよ」
まったくやれやれな話だよ、とコズエさんが肩をすくめる。
あ、そっか。
レーゼさんたちが元々住んでいた場所って、今は魔素が枯れているんだっけ。
ちょっとずつは回復の見込みは出てきたってことは聞いたけど。
あれ? でもそれだったら、別にこの町でやる必要はないんじゃない?
「あの、コズエさん。メルさんの作った新型ポーションを試すんでしたら、むしろ、その『グリーンリーフ』で直接行なった方が良いんじゃないんですか?」
それなら、うまく行ったら、それですべて丸く収まるよね?
でも、コズエさんが首を横に振って。
「残念ながら、そっちの土地は周辺魔素がないから、サクラの転移陣も設置できなかったんだよ。それがない以上は、妖怪種は向こうでの実験には関われないし、向こうは、周辺各国から監視されているかもしれないのさ。一度に完全に修復できるって確信があれば、それもいいだろうけど、試しにやってみるわけにはいかないからねえ」
あー、そうなんだ。
色々と他にもやむを得ない事情があるのだそうだ。
だからこそ、ここで、周囲を護り手で固めた状態で実験を行なう、と。
ここからが本番と言わんばかりに、新型ポーションの実験は続く。




