第437話 コロネ、魔素に関する話を聞く
「ちなみにコロネさん、魔晶石を初めとする、魔晶系のアイテムについては目にしたり、耳にしたことはありますよね?」
「はい。一応は」
ヤータさんの問いに、はっきりと頷く。
と言っても、魔晶石の実物を見たのは、さっき、職人街でジーナさんたちの工房に行った時が初めてだけどね。
アイテム袋を作るのに必須だったり、塔の機械系の調理器具とかにも使われてるのは聞いているので、実際に、魔晶石を含んだアイテム自体は、料理する時に使ったりはしているし。
「では、その魔晶がどのように精製されるかはご存知ですか?」
「えっ……? 精製、ですか? えーと、わたしが知っている限りでは、ゴーレム系のはぐれモンスターさんの核だって聞いてますけど」
それも、さっきジーナさんやグレーンさんに教わったことだ。
だからって、グレーンさんを狙っちゃダメって、念を押されたわけだしね。
コロネがそう言うと、イグナシアスさんが首を横に振って。
「あー、コロネー、それって、高品質の魔晶石に関してだよー? というか、職人街の工房にあるような石って、かなり大きめのやつでしょ?」
「はい。とっても大きかったですね」
「ええとですね、コロネさん。ここだけの話、人間種の血液からも魔晶石は採れるんですよ? 一応、魔核としては、かなり品質が悪くて、くず魔石ってレベルですが」
「えっ!? そうなんですか!?」
ちょっと待って!?
ということは、わたしの血液でも魔晶石って作られるってこと!?
そんなの聞いたこともなかったよ!?
「ですが、今も言いましたが、人間種の血液では、何百人分集めても、実用レベルの魔晶石を精製することはできませんよ。凝固による収斂の前に、魔素が散ってしまいますから。何らかの例外……特異な体質などで、凝固した血液が魔核のように固まる方がゼロとは言いませんが、狙ってできるようなことではありませんよ」
その辺は、私の故郷の方々が調べつくしましたので、とヤータさんが苦笑する。
いやいや。
たぶん、コロネを安心させようとして、そう言ったんだろうけど、むしろ、わざわざ、そんなことを調べたってだけでもびっくりなんだけど。
「え? コロネー、だって、ヤータの住んでいたところって、『常闇の国』じゃない。なんでも、なにも、そりゃあ、血液を主食にしてる人たちがいるんだから、そういうことを調べてても不思議じゃないでしょー?」
「あっ、なるほど……『常闇の国』って」
「はい。吸血鬼が統べる土地です。領主様……魔貴族の御方も当然のことながら、吸血鬼ですから」
はあ、やっぱり、改めて、こういう話をするとびっくりだよ。
何となく、吸血鬼って、遠いイメージがあったんだよね。
当然のことだけど、誰かの血を飲んで生きている種族だから、『吸血鬼』だものね。
ヤータさんは、前にも聞いた通り、鴉のモンスター系の魔族さんだから、血を吸ったりとかはしないらしいけど。
「ちなみに、吸血鬼さんって、血以外は受け付けないんですか?」
「別にそういうわけではありませんよ。魔素などのエネルギー吸収効率が良いので、手段のひとつとして、血を食すわけですから。新鮮な血であればあるほど、魔素を帯びてますので、それをそのまま取り込むわけです。コロネさんのような人間種の場合、身体に帯びている魔素は微々たるものですが、それでも、新鮮な血液であれば、それなりにマシ、なのだそうですよ」
なるほどねえ。
いや、さすがに、自分の血の話をされるのはぞっとしないんだけど。
でも、体内を流れている血をそのまま吸わないと、一瞬にして、魔素が周辺に散ってしまうんだって。
「ですので、人間種の場合は、魔晶石の精製に至るのが難しいんです。死んだ後で、魔素が散るのが早い種族ですから」
「一応、人魚はゆっくりな方かなー。だから、死んだあととかに、心臓の周りとかに水系統の魔石とかができてたりもするしねー。その石を形見とかにしてるんだよー」
ほら、とイグナシアスさんが、ネックレスの先についていた石を見せてくれた。
しずくの形というか、涙石のような形をした蒼い石。
深くて濃い色彩は、まるで深淵というか、深い海を彷彿させるようだ。
なるほど、これが水の魔石かあ。
つまりは、この石もイグナシアスさんが受け継いだ形見ってわけだね。
「あの、ヤータさん。わたしみたいな人間が血液を飲んだ場合はどうなるんですか?」
もしかして、血液中の魔素を吸収したりとかできるのかな?
そう思ったんだけど、ヤータさんは首を横に振って。
「残念ですが、吸血行為によって、魔素を得るのは種族特性によるものです。私もできませんし、吸血鬼か、あるいは、確か、この町の病院にはモスキー種の虫人さんがいましたよね? そちらの系統など以外では難しいでしょう」
「あー、そうなんですね」
やっぱり、種族特性とかとの兼ね合いがあるんだね。
別に、血を吸っても意味がないってだけで、あんまり残念って感じでもないけど。
「それで、話を戻しますと、魔核のようなものが体内で精製されやすい種族というのは、基本は、血液が流れない種族に多いですね。鉱物種もそうですし、人形種などもそちら側に当たりますね。もっとも、人形種の場合、最初から核を持っているものも多いですが」
なるほどなるほど。
血液の循環とは別の形で生きている種族の方が、核……まあ、心臓の代わりだね……が、良質の魔晶石になりやすいってわけかあ。
「後は、大きな身体を持ってる種族とかも、できやすいんじゃなかったっけ?」
「そうですね。後で、コロネさんにもお見せしますが、私が扱っている素材の中にも、竜種の精製した魔晶系の素材もありますよ。竜種や幻獣種などのように長く生きて、かつ、身体が大きく成長する種族の場合も、長い年月をかけて、そういったものが作られる傾向があるようですね」
「あ、そう言えば、幻獣さんたちって、疑似核を作れるんでしたものね」
それは、ドロシーから教えてもらったものね。
幻獣種の疑似核の場合、魔晶石だけじゃなくて、精霊金属に近い性質も持ってるって話だし。
まあ、ものすごく大切なものだから、魔女ぐらいしか手に入れられないだろうけど。
あ、そこまで聞いて、ちょっとだけ気になった。
「あの、巨人種さんの場合って、どうなんですか? 長命で、かつ身体も大きいですよね?」
でも、巨人さんって、一応は人間種のお仲間だよね?
この場合はどうなるんだろ?
「ええとねー、ヨーツ……じゃなかった、ヨっちゃんとかがそっちがらみで色々あったらしくて、それで、巨人種についてのそっち関係の話って、あんまり触れちゃいけないってことになったんじゃなかったかなー? たぶん、定期講習会でも、過去にそれに関する話って出てきたことはないはずだよー」
あっ、そうなんだ?
へえ、ヨっちゃんが巨大化できないって話と何か関係があるのかな?
まあ、触れられないっていうのなら、仕方ないよね。
「うん、ごめんねー。代わりに、樹人種……エルフやドリアードの場合に関して付け加えておくなら、樹人種に関しては、そもそも、魔素を取り扱う能力が高いから、逆に、魔核が作られにくいんだよねー。そっちは『光合成』スキルに関連してるみたいだけど」
イグナシアスさん曰く、『光合成』を行なう際に、余分な体内魔素を、自然と有効活用しちゃうので、核ができるほど余剰が蓄積されないのだそうだ。
レーゼさんとかも、自分の魔素をどんどん、周辺環境を安定させるために使っているので、本体自体には澱のようなものは少ないのだとか。
なるほど。
無駄のない魔素のコントロールができるってことかあ。
やっぱり、樹人種さんたちって、そっちの能力に長けているよね。
「色々と勉強になりますね。このお店に来て良かったですよ」
「いやー、あのねー、コロネー。別に、わたしとしては、それよりも、もっと料理の方を味わってもらいたかったんだけどー」
しみじみとコロネがお礼が言うのに対して、微妙な表情を浮かべて、テーブルの上の空になったお皿を見つめるイグナシアスさん。
って、あれ、空っぽ!?
いや、料理こそ空っぽだけど、その上に乗っかって、満足そうにしているショコラの姿があった。
「えっ!? あれっ!? ショコラ、いつの間に!? というか、少し身体が大きくなってるよね?」
「ぷるるるーん! ……ぷるっぷ」
いやいや、確かに、横に立ってたイグナシアスさんの方にも視線が行っていたけどさ。そんなに長い間は目を離してはいなかったはずだよ?
その間に、大きなエビフライとコロッケを四つ。
それらをきれいさっぱり、ショコラが食べちゃったのか。
むしろ、そっちの方がびっくりだよ。
「私は見てましたけどね。最後の一口は本当に一瞬でしたよ? 確かにこれは新種のグルメスライムというのも頷ける話ですね」
そう、感心したようにショコラを見つめるヤータさん。
これ、グルメ新聞の記事になりそうですね、とか言ってるし。
まあ、実際、あの量はとてもじゃないけど食べきれなかったから、助かったと言えば助かったけどね。
一応、コロネの前のとりわけ皿には、もう少しだけ、切り分けたエビフライが残ってるし。
ショコラが、本当におなかいっぱいという感じで、ふにゃあって、ぺしゃんこになってるし。
もしかして、無理に頑張っちゃったのかなあ?
「どうする、コロネー? 追加でもうちょっと作ってこようか?」
後はスープがまだなくらいだし、とイグナシアスさん。
あ、そういえば、スープを持ってくる途中だったんだっけ。
ここでの、追加って、エビフライとかコロッケに関しての話だけど。
「いえ、後はスープだけで十分ですよ。そもそも、わたし、そんなに量は食べられませんし」
今でも、大分お腹いっぱいです、と伝える。
ショコラとかリディアさんとかと一緒にされても困るのだ。
どっちかと言えば、一日食べなくても大丈夫なくらいに燃費がいい体質だし。
「わかったー。それじゃあ、スープだけ持ってくるねー」
そう言って、お店の厨房へと戻っていくイグナシアスさん。
その後姿を見ながら、残っているエビフライを口へと運ぶコロネなのだった。




