第417話 コロネ、缶詰作りを眺める
「もしかすると、わたしがいた世界よりも技術が進んでいるんですか?」
「申し訳ございません。それらの質問には、一切答えることができません。もし、強制的に記憶領域を侵害された場合は、私たちは、そのまま活動を止めるようになっております」
「あ、こちらこそ、ごめんなさい。何となく興味本位でしたから」
いやいや、さすがにそんな怖いことになるなら、これ以上は聞かないよ。
というか、スピカさんたちにとって、技術革新って、あんまり喜ばしいことじゃないのかも知れないね。
まあ、人類が滅んじゃってるってのは確かに重いけど。
「はは、だから、今は『ドリファンランド』は隔離状態になってるな。歴代の魔王の中には、やっぱり、しっかりしたやつがいたってことだろ。」
「慧眼」
ふうん。
よくわからないけど、おかげで、人形種や器人種が魔族の味方についた、ってわけらしい。
もちろん、技術関連では手を貸してくれなかったけど、その代わりに、一緒にいた小人種がそっち系の研究を進めて行っているのだとか。
「そもそも、器人種が生まれたのも、スピカたちがこっちにやって来たからだって説もあるみたいだしな」
「そうなんですか?」
「ああ。流れてきたものの分だけ、世界が広がる。それが、この『ツギハギ』って話だ。その辺は、モスたちも言っていたから、間違いないはずだぞ」
なるほど。
幻獣種がそう言ってるのなら、正しいのかな。
ただ、その理屈だと、やっぱり、コロネのチョコ魔法もそうだし、ショコラのチョコレート生成もそうだよね。
ようやく、前にマギーさんが言っていたことを理解する。
もし、今までチョコレートが、カカオが、こっちの世界に存在していなかったとしても、この能力自体が実在の証明になるって感じで。
仮に、コロネがチョコレートを持ち込んだとして、こっちの世界の別の場所にも、チョコレートに関するものの存在が生まれる、と。
流れてきたものによって、可能性が広がる世界、か。
「いや、話がまた逸れたな。そんなわけで、缶詰の生産については、この町でも制限を持たせているんだ。『ドリファンランド』が魔王の直轄地だから、そっちとの兼ね合いで、一部は魔王都にも流しているが、基本、流通はさせていないな。そっちに関しては、アキュレスやプリムに聞いてくれ。納めた分の缶詰がどういう使い方をされているかまでは、俺も知らないからな」
「秘密」
「少なくとも、魔王都でも商店での流通はなさそうですよ。むしろ、試作品として、味見のために、この町の職人街に流れている分の方が多いです」
「あ、そういえば、エドガーさんの工房にもありましたものね」
スピカさんの説明に納得する。
どうやら、缶詰に関しては、職人街の各工房で消費されているのが多いらしい。
その他にも、食材の仕入れ先にも味見分として放出しているそうだ。
「後は備蓄分だな。缶詰って新鮮な食材を保存するのには便利だからなあ。けっこうな数は職人街の倉庫とかにも眠ってるぞ。定期的に、古くなった缶詰の毒見と称して、缶詰を食べるイベントをやったりとかな」
「毒見、ですか?」
「ああ。どのくらいの期間品質が保てるか、とかのチェックも兼ねてな。さすがにオサムとかでも、缶詰の品質期限とかはよくわからないらしいぞ」
あー、なるほど。
この工場で作った缶詰の賞味期限のチェックってわけかあ。
そもそも、この工場が稼働するようになってから、そんなに経ってないみたいだし。
まだ、そこまで古くなった缶詰もないので、現状は耐久テストも並行して行なっている状態らしい。
その毒見イベントも、商業ギルドが絡んでいたりとかもするんだって。
「例によって、主催はボーマンな。あと、食べられるかの品質チェックのための専門家として、メルとか、ロンのとこのビスカとかにも見てもらってな。なに、いよいよ腹を壊した時は、そのまま解毒ポーションで対応するって寸法さ」
「お約束」
まあ、その辺はいつものことみたいだねえ。
要するに、品質の問題とかも未解決なので、あんまり表に出せないって感じらしい。
お魚を提供してくれる人魚の村とか、そっちには魚の品質の目利きがそろっているから、注意して食べるように、ってことで回しているみたいだけど。
「密封状態でしたら、そこまで心配はないとは思います。加熱殺菌なども規定通り行なっておりますし。あ、ちなみに、加熱殺菌処理のための階層が、一番下の階層です。工場の中でも、温度差が一番大きいので、特に危険なエリアとなっております」
一番下の階層で、加熱や冷却とかが行われる、とスピカさん。
なので、人形種でも、一部の人しか入れないのだそうだ。
その温度差、その他もろもろの罠にすべて耐えられるものでないと、そこでのお仕事は難しいから、って。
なるほどね。
「つまり、一番下が一番危険ってことですね?」
「そうなります。普通の人間種の方にはお勧めできません、とだけ警告させていただきます」
「なるべく、罠の範囲をしぼってもらってはいるんだが、どうしても、連鎖することで、範囲が拡大してしまうからなあ。その辺は、もうちょっと、迷宮作成師のやつに微調整してもらわないとどうしようもないぞ。現時点では、入るのはやめておけ、ってな」
「わかりました」
ちょっと見てみたかった気がするけど、そういう事情なら仕方ないよね。
真ん中の階の方も、お人形さんたちが刃物を振り回したりしてるから、稼働中はやめておいた方がいいらしい。
いや、あの、やっぱり、人形が刃物、ってけっこう怖いんですけど。
ホラー映画とかの敵役っぽいし。
「あー、これって、缶切りが必要なタイプの缶詰なんですね」
近くで見て気付いたけど、今作っている缶詰には、開けるための加工はしていないみたいだよ。
何も付いてないシンプルな缶って感じだ。
あ、でも、ふたのところには数字とか記号とかも刻まれているんだね。
それに、食べ物の種類とかも記載はされているのか。
「えーと……サバって……」
いや、サバはいいんだけど、普通に日本語の文字で刻まれているんだけど、これ。
普通は読めないでしょ、こんなの。
あれ?
それとも、自動翻訳スキルとかだと、逆変換とかもできるの?
「そちらは、いわゆる『オサム語』です。こちらが刻まれることで、この缶詰がこちらの工場で作られている証にもなるわけです」
「ああ。この町に住んでるやつ以外だと、謎の傷にしか見えないからな。そういう意味ではわかりやすいんじゃないか? もっとも、そのまま真似されると意味ないが」
「暗号」
まあ、コロネとしては、わかりやすいからいいけどね。
そもそも、サバが普通に獲れるってのも驚きだけど、まあ、さっきの話を聞いた感じだと、サバとかも迷い人みたいに流れてきたのかもしれないし。
実際、変な進化はしているけど、マグロもいたわけだしね。
ただ、今更ながら、向こうの世界の食材に近いものが多かった理由は何となくわかった。
それだけでも、この工場に来た意味はあるよ、うん。
「ちなみに、この工場って、どのくらいのお人形さんたちが働いているんですか?」
このフロアにも、工程のところどころにお人形さんたちがいるし。
あと、工場に入り口にもミドリノモさんがいたけど、中のフロアにも何匹かいて、あちこちを飛び跳ねながら回っているのだ。
たぶん、それで常に工場をきれいにしたりしているんだろう。
そういう意味では、食品を扱う工場にとって、ミドリノモさんの存在って大きいよね。
いるだけで、空間を清めてくれるし、缶詰の洗浄作業も手伝ったりしてるみたいだし。
そもそも、ミドリノモさんにとって、汚れとか魔素溜まりって、ごはんみたいなものだから、そのまま、それが食事みたいになってるんだものね。
他にも何か報酬をもらってるかもしれないけど。
さておき。
工場で働いている人たちの話だ。
「人形種でしたら、交代交代で働いてます。一度に作業をしているのは、数十人ですが、全部合わせると、二百から三百というところでしょうか」
「あ、思ったより、少ないんですね」
規模的には、かなり大きいんだけどね、この工場。
でも、ほとんどがオートメーション化しているから、作業自体はそこそこの人数で何とかなるそうだ。
どちらかと言えば、施設のメンテナンスと、様々なチェックなどに人手が取られてしまうのだとか。
そういうのは、向こうの工場に近い部分があるよね。
「後は、住み込みなのか、交代しているのかはわかりませんが、たくさんのミドリノモさんにもご協力いただいてます。その他にも、部門によって、妖怪種の方々や精霊種の方々も働いてますよ。そちらは少数ですが」
どうしても、魔法罠とかに関しては、そっちの得意な人たちに頼る必要があるのだとか。
最下層には、『火の民』の担当者もいるんだって。
工場関連の『ファイアパイプライン』を管轄している人が。
果樹園でも会ったけど、やっぱり、こっちの地下施設って、『火の民』の人たちが絡んでいるのかな。
そういえば、『火の民』の工房もあるんだっけ?
詳しい場所に関しては聞いてないけど、そっちで乾麺も試作してるんだものね。
「エドガーさん、『火の民』の工房ってどの辺にあるんですか?」
「うん? ああ、そっちは、まだコロネには秘密だな。まだ、そこへ行くための許可は下りないだろうしな」
「遺跡」
「おい、フェイレイ! ……仕方ないな。『火の民』の工房は地下遺跡の中だ。ここの階から見ても、ずっとずっと下の方だな。地下深くの溶岩エリアの側にある」
「あ、そうなんですね?」
地下遺跡の中にも工房があるんだ?
でも、地下は地下でも、かなり奥深くって感じの場所らしい。
職人街は一応は遺跡の上の空間を利用してるらしいから、そもそも、この辺もまだ、遺跡の外側なんだものね。
ふむ。
やっぱり、この町ってまだまだ謎が多いみたいだねえ。
職人街を色々と巡ってみたけど、知れば知るほど、わからない部分が増えていくというか。
ふふふ、いいねいいね。
こういうのって嫌いじゃないよ。
そんなこんなで、工場を見学しつつ、もう少しだけ職人街の散策は続く。




