第21話 コロネ、料理人たちと語る
「お、コロネ。プリンができてるじゃねえか」
焼きあがったプリンをオーブンから取り出していると、後ろからオサムが声をかけてきた。
どうやら、朝食準備がひと段落したらしい。
オサムの他にも、料理人たちがついてきていた。
「プリン、というのじゃな? その料理は。コロネの嬢ちゃんが作った初めての料理ということで、わしらも見に来たぞい」
そう言うのは、ドムさんだ。ガゼルさんの父で、元宮廷料理人だと聞いている。オサムが会ったときはすでに引退されていたそうだが、オサムの料理に触発されて、サイファートの町でまたお店を開いたのだそうだ。
白髭がたくましい六十歳で、人間種だ。
ちなみにお店はお酒を主体とする『ドムズバー』で、お酒好きには人気のお店だとか。
「あ、ごめんなさい。このままでも食べられるんですけど、冷やした方が美味しいんですよ。味見は冷蔵庫で寝かせてからですね」
「そうなのか? 冷蔵庫が必須じゃと、普通に作るのは難しそうじゃな」
ドムの言葉に、コロネも苦笑する。
まったくもってその通りなのだ。
材料的には簡単なのだが、魔晶系アイテムが必要な料理は、塔以外では作るのは大変なのだろう、と思う。
「ふむふむ、見た目は茶碗蒸しみたいなのにゃ。コロネん、これが甘い料理なのかにゃ?」
「そうですよ。でも、茶碗蒸しと作り方は大きく変わりませんよ。材料がだし汁の代わりに牛乳とハチミツを使ってるだけですね」
「にゃるほど、甘い茶碗蒸しにゃ」
興味深そうにのぞき込んでいるのは、猫の獣人のミーアさんだ。
魚を使った料理が得意で、オサムからは包丁人のスキルを勉強中なのだとか。
まだスキルは習得できていないようだが、調理としての技量は大分高まっているそうで、先が楽しみだ、とはオサムの談である。
「だったら、ミーアも作れるかもねー。教わってみたら? 私も甘い物食べたいよー」
「にゃにゃ! イグっちは自分で作ればいいのにゃ。ちょうど蒸し料理にチャレンジしてるじゃにゃいのかにゃ。というか、上から退くのにゃ、重いのにゃ!」
「うーん。海のものを使った甘い物なら、挑戦するよー? そんな料理があるのか知らないけどねー」
ミーアに上からおぶさりながら、のぞき込んでいるのは人魚種のイグナシアスさんだ。ふたりは相棒のような関係で、町で『マーメイド・キャッツ』というお店を開いているのだとか。
ちなみにイグナシアスは『人化』スキル持ちで、陸上では人間に変化しているのだそうだ。水中では人魚の姿に戻り、高速で泳ぐことができるらしい。
それにしても、海産物を使った甘い物か。
「海藻を使って作る、甘い物ならありますよ? いえ、むしろ、そのうち、それを作るのに依頼をお願いするかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「はい、お任せをー。海藻で甘いものかー、ちょっと想像がつかないねー」
そうだろうな、とコロネは思う。
まあ、甘い物の主役というより、甘い物を固めるものだし。
そのうち、作ることにもなるだろう。
「コロネ殿、よろしいか? オサム殿から聞いたのだが、醤油を使った甘い物、というのも存在するのだそうだが?」
そう尋ねてきたのは、鬼人種のムサシさんだ。
鬼と言っても、少し大柄で、つのが生えているくらいで、それほど外見は普通の人間種と変わらない。どちらかと言えば、他の人が西洋風の服装なのに対して、ムサシだけが侍のような服装をしており、そっちの方が気になるくらいだ。
ムサシもオサムから包丁人のスキルを勉強中で、その入り口には達しているのだそうだ。獲物を切ることは日常的であったことが、ミーアとの差なのだそうだ。
ちなみに、町にお店を持っている。名前は『武蔵御膳』というらしい。
それにしても、醤油を使ったスイーツか、なるほど。
「すぐに思いつくのは、みたらし団子ですかね。しょうゆを甘いタレにして、お団子にかける料理ですね」
「ほう、やはり、作れるのですな! いえ、拙者、醤油や味噌が好みと合っておりましてな、ハチミツの甘さはどうも苦手でござってな。色々と考えていたのでござるよ」
「ただ、自分で集めた素材以外は使えないんですよ。それらが集まったら、作ってみますね」
「うむ。醤油や味噌を作るのが大変なのは、よくわかっているでござるよ。すまないでござるな、拙者が聞いてみたかっただけでござるよ」
和のスイーツ系は、米や大豆も必要になってくる。
作るにしても、少し先の話だろうけど。
まあ、未だに道筋が見えないチョコレートよりは簡単ではあるか。
少なくとも、オサムの手持ちで作ることは可能なのだから。
「というか、オサムさん、本当に甘い物はノータッチだったんですね」
プリンくらいは作っていると思っていたけど。
「悪いな。俺自身、あまり甘い物は食べないからな。向こうの頃から定食屋で出したこともねえよ。そっちは専門家に任せた方が間違いないからな」
「……オサム、頑張ってた…………ただ、余裕がない……だけ」
「そうそう、サイくんの言う通りよ、コロネちゃん。今でこそ、少し余裕ができてきたけど、ちょっと前までは、オサム以外は、このレベルの調理についていけてなかったんだもの。だから、ここからは同レベルの知識を持つコロネちゃんが頑張るところよ。っていうか頑張って! わたしも甘い物食べたい!」
オサムをフォローしてくれたのは、巨人種・サイクロプスのサイくんとサイくんの店で一緒に暮らしている元冒険者のスザンヌさんだ。スザンヌはコロネの給仕の先輩でもある。
サイくんは、とあるダンジョンでオサムと出会ったのだが、その際、うまく仲良くなって、この町へとやってきたのだそうだ。料理に興味を持って、料理人になったのもオサムの影響で、今では、煮込み料理ならなかなかの腕前なのだとか。
お店の名前は『おでんの一つ目』である。
一方のスザンヌは、この町にいた冒険者のひとりだったのだが、サイくんの鍛えられた身体を見て、一目ぼれしてしまったのだとか。筋肉を愛する女性、というと語弊があるが、まあ、そういうことらしい。
「ごめんなさい、そんなつもりで言ったわけじゃないんです」
というか、むしろ、オサムが一通りこなしていたら、自分の関わる余地がなくなってしまっているわけで、それはそれで、なのだ。
「わかってるさ。それにしても、最初に作ったのはプリンか。ブリオッシュ、いや『ヨークのパン』はまだ作らないのか?」
「いえ、あのパン、オーバーナイト製法って言って、発酵まで一日がかりなんですよ。今から仕込むと、完成が真夜中になっちゃうんです。それだとピーニャに悪いので」
イースト菌を使ってそれなのだから、天然酵母だとさらに時間を見る必要がある。
「へえ、そりゃ大変だな」
「何!? コロネの嬢ちゃん、『ヨークのパン』が作れるのかの!?」
ドムが驚いている。
宮廷料理人なら、当然『ヨークのパン』を食べたことがあるのだろう。
「あれ、爺さん、言ってなかったっけ?」
「聞いてないわい! なるほど、オサムが『ヨークのパン』を食べた時の反応の理由が分かったわい。後でヨークに嫌味を言われたわしの身にもなれ」
「仕方ないだろ、食ったことがある味のパンだったんだから。まあ、俺は作り方までは知らなかったから、教えを乞うのはおかしい話じゃないだろ」
どうやら、オサムはドムの伝手でパン作りを教わったらしい。
それで、秘伝のパンを食べて、普通の態度だった、と。
それは怒るだろうな。
「まったく……話は戻るが、嬢ちゃん、本当に作れるのかの?」
「わたし達の故郷では、完全に精製された小麦粉を作る職人がいたんですよ。だから、わたしも簡単に良質の小麦粉を手に入れられましたけど。今はパン作りを始める夕方までに、どこまでその粉に近づけるかが勝負ですね。そのヨークさんのパンがどこまで、完成度の高い『白パン』なのか、わたしにもわかりません。ですから、製法は知ってますが、そのパンを再現できるかはわかりません」
「なるほどのう」
「むしろ、ドムさんにはできあがったパンの味見をお願いしたいです。わたしは『ヨークのパン』を食べたことがありませんので」
比較できる人間がいないと調整できない。
そもそも、小麦粉の種類が変わるだけで味が変わるのがパン作りだ。
最初から、コロネ自身、最良のパンを作ることができるなんて思っていない。
「あい、分かった。味見を請け負うぞい」
「ありがとうございます。では明日の朝この時間にお願いします」
「うむ」
「にゃにゃにゃ、コロネん、あたしらも『ヨークのパン』食べたいのにゃ。試作でいいから味見させてほしいのにゃ」
ミーアに続いて、まわりの料理人たちも一様に頷いた。
「そうだぜ、爺さん。請け負ったって偉そうに言ってるけど、結局、食べたいんだろ? みんなもその気持ちは同じさ。食べてみたいんだよ」
「何をー! ……まあ、確かにそうじゃな。あのパンは王都でも、ほとんど王族か貴族の口に入ってしまうからの。食べたいに決まっとるじゃろ!」
ドムの叫びに、みんなが笑う。
それを見て、コロネもうれしくなる。
「では、明日の朝、よろしくお願いします」
ここまで期待されれば、手を抜けない。
朝食の後から、小麦粉のふるい作業にかかろう。
そう、コロネは決意するのだった。




