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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第1章 はじめての異世界 ~食材探し奔走編
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第17話 コロネ、酵母をつくる

「さてと、今日のうちに仕込んでおかないとね」


 夕食の後、コロネはオサムに頼んで、調理場を借りる許可を得た。

 今日、入手したもののうち、仕込みをする必要があるものがいくつかあったからだ。ピーニャもコロネの作業に興味があるのか、同席している。

 調理器具の説明もしてくれるのだそうだ。


 調理台の上に置かれたのは、やまぶどうことプルーンと、おばけりんごという名のメロンくらいの大きさのりんご、ハチミツが入ったビンである。

 なお、プルーンは生のものと干したものが両方ある。

 たまごは、オサムの保管庫に置いたままだ。


「コロネさん、やまぶどうはどうするのですか?」


 ピーニャが目を輝かせながら、聞いてくる。

 彼女はやまぶどうが好きなのだそうだ。

 だが、ピーニャには申し訳ないが、これは直接食べるためのものではないのだ。


「やまぶどうから、酵母を作る方法があるの。それをやってみようと思ってね。あ、酵母っていうのはパンを膨らませる『パンの素』のことね」


「酵母、なのですか」


「へえ、やまぶどうから天然酵母を作れるのか。なるほどな」


「ええ……って、オサムさんも見に来たんですか?」


 いつの間にか、後ろにオサムが立っていた。


「いいじゃねえか。俺も本職の仕込みには興味があるんだ。勉強させてくれよ」


「本職じゃないですけどね」


 まあ、いいか。

 ピーニャのために説明を続ける。


「酵母は目に見えない小さな生き物のことなの。朝、ピーニャが作って見せてくれたパンの素も、この干したやまぶどうを水に浸して作る酵母も、その生き物が元気に動ける環境を用意して、いっぱい増やす手順って思ってもらえばいいかな。だから、すぐには生き物は増えないから、作るのに時間がかかるのね」


「あ、もしかして、小精霊のことですか?」


「小精霊?」


「はいなのです。目に見えない小さな精霊たちのことを『小精霊』と呼んでいるのです。この世界のどこにでもいて、色々なことをしてくれる、というものなのです」


 そうなんだ。

 つまり、小精霊というのは、微生物のことなのだろうか。

 

「ああ、そういえば、妖精種と精霊種の種族スキルに『感知』があったな」


「なのです。スキル『小精霊感知』なのです」


「それじゃあ、ピーニャには小精霊――酵母が見えるの?」


「見える、というよりも何となく、このあたりにいると感じるものなのです。意識を集中させれば、同じような小精霊が固まっていたりするのがわかるのですよ。ああ、パンの素って、そういうものなのですね」


 いやいやいや。

 ピーニャさんや、それはとんでもないことですよ。

 もしかすると、こっちの世界では難しいと諦めていたことができるかもしれない。

 ただ、それがうまくいくかどうかは、まずこの酵母を作ってからだろう。


「そのスキル、もしかすると、柔らかくて美味しいパンを作るために役に立つかもしれないよ?」


「そうなのですか?」


「うん、この酵母ができてから、改めて頼むからよろしくね。じゃあ、話を戻すね。今から仕込むのは、工房で使っているのとは別種の酵母なの。やまぶどうと小麦粉と水と塩、その四つを使って培養する酵母で、ルヴァン種っていうの。天然酵母の中でもパンをしっとりさせてくれる種類かな」


 ルヴァン種。

 干しぶどうや干しプルーンから作る酵母の一種で、中でもプルーンから作るルヴァン種は力が強く、扱いやすいのが利点と言える。

 パティスリーでも食事パンを販売する店は多いが、お菓子作りの環境を保ったまま、パン作りに適した酵母を作れる環境を維持するのは、けっこう難しいのだ。

 その点で、比較的安定してくれる酵母がこれだ。


「作り方は、ピーニャも知ってるパンの素と同様、シンプルだけど、温度管理が重要になってくるのかな。オサムさんの保管庫は区画によって、温度管理がバッチリだから、そのあたりは問題なさそうだけどね」


 冷蔵庫や冷凍庫が普通にあるのにも驚かされた。

 何でも、構造は向こうのものと大きく変わらず、エネルギーとして電気の代わりに、魔晶系のアイテムを用いているのだそうだ。

 魔晶系のアイテムとは、魔石、魔水晶、魔宝石、などと呼ばれているもので、一部のモンスターの核と呼ばれるものであったり、魔素が充満している空間で、長い時間をかけて生成されたものだったりするらしい。

 自然界のトンデモ動力みたいなものらしい。


 ただ、保管庫の区画全体の温度管理まで可能、となるとどれほどの動力が必要なのか、おそろしくなってくる。

 一応、貴重品と聞いているのだけど。


 ともあれ。


 ドライプルーンの分量を量り、それの三倍量の水と混ぜる。

 それをオサムから借りた容器に入れて、二十五度で五日間だ。

 同様の手順で、それプラス、ハチミツを少し加えたもの、りんごをすったものを少し加えたものも作って容器に詰める。


「後は、一日二回ほどかき混ぜる作業をして待つのね。小麦粉を加えるのは五日後かな」


「コロネさん、この三つはそれぞれ違うものなのですか?」


「まあ、微調整のチェック、かな。そもそも、わたしがこっちで酵母を作るのは初めてだしね。この分量も向こうで作ったやり方だから、少し試してみる必要があるのね」


 食材を無駄にしないという点もある。

 加えて、ピーニャの話だ。小精霊の話を聞いて、複数の手順で酵母を作っておく必要がある、と考え直した部分もある。

 選別ができれば、たどり着ける可能性があるからだ、


「とりあえず、これで酵母作りの第一段階は終了ね。あとは、残ったりんごとやまぶどうにハチミツを加えて、ジャムにしちゃうね」


 こっちはおまけのようなものだ。

 残ったプルーンにハチミツを加えてジャムに、りんごは煮詰めてハチミツ煮に。

 これだけでも、今のパン工房のパンと合わせて、甘いパンになる。


 というわけで、てきぱきと作るのだが。


「どうして、火力自在のコンロまで普通にあるんだろう……」


「ああ、ガスの方は常時発生している沼地があってな。そこでな」


「いえ、いいです。わたしが間違ってました。これが当たり前ですね」


 風魔法を使って、密閉容器に集めてうんぬんかんぬんって、別に手順について驚いたわけじゃなくて、少しあきれているだけだ。

 いや、天ぷらの時点で分かっていたことだけど。


 オサムが料理のためにどこまでもこだわっていることだけは、よく分かった。


 鍋をふたつ使って、二種類のハチミツ煮を作る。

 ピーニャも興味津々だったので、手伝ってもらった。

 これは焦げないように煮詰めるだけなので、それほど難しくない。


「はい、完成ー」


「やったのです! 甘いのです!」


 いや、ピーニャさん。ハチミツは普通に売ってますから。

 煮詰めた料理はめずらしくない、と思っていたのだけど。


「果物はそのまま食べる人がほとんどなのですよ。火を通すためだけに、調理場を借りるのはもったいないのです」


「燃料のこともあるしな。こっちだと、加熱しないと食べられない物以外はそのまま食べるのが基本だな。だから、意外と知られていない調理法が多いんだよ」


 なるほど、とコロネが頷く。

 もしかすると、牛乳が不人気なのもその辺に理由がありそうだ。


 何はともあれ、ビン詰めされたものを冷蔵庫に入れて作業終了だ。

 ジャムについては、ピーニャに任せることにした。明日のパン作りでジャムパンを振舞うのだそうだ。


「ピーニャにとって、初めての甘いパンなのです。うれしいのです」


 コロネは、ブリオッシュで喜んでもらうつもりだったのだが。

 このジャムはピーニャが自分で作ったものでもあるのだ。

 やはり、その方がうれしいのだろう。


 うん、とちょっとだけ反省しつつ。

 ピーニャに笑顔にほっとして。


 こうして、異世界二日目の夜は更けていった。

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