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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第4章 パンとサーカス編
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第171話 コロネ、大豆について聞く

「おっ砂糖ーだ、お砂糖だ♪」


「ぷるるーん、ぷるるーん♪」


「いや、本当にうれしそうだね、コロネ」


「もちろんですよ。やっぱり、お菓子作りにはお砂糖がないと」


 今はまだ大きなビンに入ったメイプルウォーター、つまり、カエデから採れる樹液の原液が一本分だけど、それでも少量のお砂糖は作れるだろう。

 これで、小麦粉とお砂糖がそろったことになる。

 いや、まあ、試作品を作ったら終わりになっちゃう量だけど。

 それでも、やっぱりうれしいのだ。

 これで、ようやく、お菓子らしいお菓子を作る、山の登山口に到達できたって感じだもの。

 いや、プリンやアイスとかが、あんまりお菓子っぽくないって言ってるわけじゃなくて、そのプリンやアイスにしても、砂糖を使った方がよりしっかりした味や食感に仕上げることができるようになるから、かな。


「それにですね、アノンさん。お砂糖ほどじゃないですけど、ゼラチンとか片栗粉も、そっち系統の粉づくりも、可能性が一気に広がりましたからね。スライムさんたちに手伝ってもらえれば、新食感のお菓子とか、そっちにもどんどん着手できるようになりますよ」


 まあ、慌てて手を広げると、何をしたらいいのか分からなくなるから、その辺りは、落ち着いてって感じだけど。

 今のところは、基本のプリンとアイスの安定供給と、新しいパン作り、それに、毎週の塔の営業日に少しずつ、新メニューを披露していくってところかな。

 小麦粉の安定供給にしたって、まだまだ始まったばかりだし、クエストの方もちょっと様子を見ていく必要もあるし。

 あ、果樹園にも早く行って、果物とかのルートを増やしておきたいし、ジーナのところに調理器具の相談とかもしないとね。

 それに、ゼラチンやお砂糖の量の確保の問題とかも加わってくるから……うわ、何というか、やることがどんどん積み重なっているような気がするよ。


「……これは、少し整理していかないと、パンクするかな」


「そだね。ボクから見ても、ちょっとコロネは働きすぎな感じがするよ。てかね、たった一週間で色々やりすぎ。明らかにオーバーワークだし。まあ、もうちょっと周りの様子を見つつ、みんながついてきてるかどうか確認しながらの方がいいと思うよ。別に、誰にせかされてやってるってわけじゃないんでしょ? オサムの時みたいのとは違うんだから」


「そうですよね。その辺は気を付けますよ」


 新しい食材を手にしてテンションがあがるのもいいけど、まだ、足元をしっかり固めないといけない時期かな。

 もうちょっと、スライムさんの方にしても、お砂糖の方にしても、展開が広がってきてから、頑張った方が良さそうだ。

 そもそも、パン工房の新体制もまだ整っていないわけだし。


「あ、そういえば、明日の営業って、どんな感じになるんだろ?」


 パン工房が、お店としてオープンする時間から、二階のお店を開けるんだよね。

 そうなると、調理系のスタッフってどうなるんだろ。

 その時間は、普通は他のお店も朝の営業をやっているよね?


「まあ、最初のうちは俺ひとりで回す感じになるぞ。だから、メニューの方も、夜の営業ほどはいっぺんには作れないって感じか」


「あ、オサムさん」


 着替えを済ませて、いつもの黒いコックコート姿になったオサムがやってきた。

 なお、ガゼルの方はと言えば、そのまま、自分のお店へと戻ったとのこと。

 真空調理に関しては、日を改めてって感じみたいだね。


「ということは、他のお店をやられている人たちは、朝の営業はそのままってことですか?」


「そうだな。本格的にヘルプに入ってくれるのは、午後からになるな。だから、朝はパン工房のメニューを軸に、朝食専用メニューでやっていくって感じか。ほら、向こうのレストランとかと一緒さ」


 なるほど。

 あんまり手のかかるメニューは夜に、って感じかな。


「まあ、朝ごはん向けの和風の定食とかやってもいいがな。一応、俺の店は定食が主体だからな。そうだな、ごはんと味噌汁に、玉子焼きとのりと納豆とか、ははは、シンプルな感じだろ?」


「え、普通に納豆もあるんですか? というか、こっちの人って納豆は大丈夫なんですか?」


 いや、こういうことを言ってはいけないんだろうけど、何というか、パンが主食の人と納豆の相性って、あんまりいいイメージがないんだよね。

 まあ、発酵食品の中でもクセの強いものは全般的に言えることではあるんだけど。

 味噌とか醤油とかは、意外と受けがいいんだけど、納豆はどうかなあ。


「まあ、その辺は種族によって、って感じか。はは、実際、王都の連中には、あんまり評判が良くないぞ。どっちかと言えば、人間種の方がダメなやつが多いな」


 ドムさんとか、ガゼルの場合は、割と大丈夫らしい。

 意外と言っては失礼だけど、精霊種の人も大丈夫らしいね。後は、竜種のサウスとか。鬼人種の人とは相性がいいらしい。そうだよね、向こうの世界の日本人に近いのって、案外、鬼の人たちなんだよね。

 趣味嗜好が和風というか。

 そこまで、聞いて、ふと気づく。

 そういえば、この町の青空市とかで、大豆のたぐいは見かけたことがない気がする。


「そう言えば、オサムさん。大豆って、普通に手に入るんですか?」


 もし、そうなら、大豆基準の発酵食品とかにも、手を伸ばせるよね。

 片栗粉が手に入ったわけだし、和風のお菓子とかも作れるようになるだろうし。

 ただ、さすがに味噌や醤油を一から、となると、小精霊がらみの作業になるから、もう少し時間がかかりそうだけど。

 やってみる価値はありそうだよね。


「そうだな。この町でも普通のルートでは出回っていない食材だな。これについては、原産地問題に引っかかってはいるものの、元々の産地は別だから、その情報は教えてやるよ。大豆は『竜の郷』原産の食材だよ。いわゆる、空の食材ってやつだな」


「あ、そうなんですか。マギーさんとかが言っていた食材の一種ですね」


 今度、マギーの家に行ったときにでも教えてもらえるって話だったものね。

 なるほど。大豆は空の食材かあ。

 ……うん?

 一瞬、納得したけど、大豆が空の食材って……?


「オサムさん。ということは、大豆は地上の畑では育たないってことですか?」


 実際、こっちの世界の食材って、向こうと同じようなものでも、特殊なものが多いみたいなんだよね。お茶のもとになるチャノキとか、ハーブ類もそうか。見た目とかは、向こうのそれと変わらないように見えて、たぶん、魔素とか、小精霊の環境とかにも影響されているようだし。

 魔法がらみだと、食材も一味違うというか。


「ご名答って感じだな。大豆もこっちじゃあ、特殊な環境でしか育たない食材だ。というか、空の食材と呼ばれるものの多くは、『竜の郷』やそれに準ずる環境でないと育たないんだよ。まあ、必ずしもそうってわけじゃないが、普通のやり方では、まず実ができない。てなわけで、味噌や醤油、それに納豆もな。その手の食材は一応は貴重品扱いになるんだぜ。まあ、それらに関しては、原料だけじゃなくて、製法もそこそこ難しいから、基本、この町以外では流通していないんだ。商業ベースでは、王都にも、味噌や醤油は卸したことはないぜ」


 あくまでも、オサムが作る料理で使う、という感じなのだそうだ。

 まず、大豆が貴重品扱いで、それをさらに発酵させたものに関しては、製法自体が秘密にされているとのこと。

 とは言え、発酵食品に似たものは、こっちの世界でもゼロではなかったらしく、大豆さえ手に入れば、王都でも、宮廷料理人が作り出すことは不可能ではないだろう、というのがオサムの読みらしい。

 問題は、大豆の入手ルートのようだ。


「国として、唯一、竜族と懇意にしていたのが、ゲルドニアだな。コロネはゲルドニアについては聞いたことがあるか?」


「はい。マギーさんやサウスさんに聞きました。ドラゴンさんと仲が良かった国ですよね? 今は交流を閉ざしているって話も聞いてますけど」


 今は、『空軍』のクーデターがうまくいって、そういう人たちが権力を握っているって話だよね。北の『帝国』ほどではないらしいけど、軍事国家っぽくなっているらしいし。

 マギーたちはそんな状況から、この町まで避難というか、遠ざかるためにやってきた、とは聞いているけど。


「ああ。まあ、正確に言えば、竜族と懇意していたのは、マギーたちのような『空賊』連中なんだがな。そのついでとして、ゲルドニアの国家にも、竜族のお目こぼしがあったって感じか。今回の一件……まあ、今回と言っても数年前の話だが、その際に、何を勘違いしたのか、ゲルドニアの『空軍』が『竜の郷』にまで、支配を伸ばそうとしたらしいんだよ。で、『空軍』と『空賊』が衝突して、それに竜族がブチ切れて、『竜の郷』へ通じるルートでもあった、大きな大豆の樹を焼き払ったってわけだ。元々、『竜の郷』は上空に浮いている飛行都市だからな。現状では、竜種クラスの飛行スキルでもないと、たどり着くための手段がなくなってしまった、ってところだな」


「少なくとも、飛竜クラスの飛行では、そこまで飛んで行けないしね。まあ、仮に飛んでいけたとしても、竜族から総攻撃を受けて、墜落するのがオチだよ」


 説明しつつ、オサムもアノンも苦笑したままだ。

 正直、ゲルドニアが今の状態を続けるのは、あんまりよろしくないらしい。

 さすがに、この町からはちょっと離れすぎているので、介入とかどうとかいう話でもないらしいけど。


「なるほど……って、あれ? ということは、大豆の樹って地面に生えていたってことですか?」


 だって『竜の郷』まで届くルートだったんだものね。

 地上から成長していたってことだよね?


「まあな。今のゲルドニアの首都も、巨大な大豆の樹を取り巻くような作りになってはいるぞ。そっちの方は、もう古いから成長は止まっているけどな。いや、一応、地上でも大豆は育てることはできるんだよ。ただ、一定の高度以上じゃないと、実がならないんだ。下の方は、ものすごいぶっといつたばっかりだな」


「それにね、コロネ。『竜の郷』と繋がっていた豆の樹は、『竜の郷』から下へと育てた特別な樹だったんだよ。だから、地上からどんなに頑張っても、竜族がうんと言わない限りは、二度と同じ樹を作ることはできないんだよ」


「あ、そうなんですか」


 なるほど、上から下へと育てた樹ってことか。

 それもすごい話だよね。

 つまり、ものすごい上空に、『竜の郷』はあって、そこから地上に届くまでの大きさに大豆の樹が成長したってことだものね。

 すごいなあ、異世界の大豆。

 いや、向こうの世界にもそれっぽい童話はあるけど。


「それじゃあ、オサムさんが確保している大豆は『竜の郷』産ではないってことですよね? 現状、そちらからの入手は難しいってことですものね」


「ああ。そっちに関しては、原産地問題に引っかかるやつだな。まあ、裏を返せば、高度さえあれば、大豆は栽培できるってことだからな。実をつけるためにはそれだけじゃダメだが。だから、コロネも頑張れば、たどり着けると思うぞ」


「いや、オサム、そもそも、今の状況だと、種が手に入らないでしょ。さすがに以前よりはハードルが高いと思うよ?」


「はは、まあ、そうでもないと思うがな。何だったら、マギーたちに相談してみるといいさ。その取っ掛かりというか、ヒントくらいはもらえるかも知れないぜ?」


「わかりました。そうします」


 どっちみち、そのうち家に行くつもりだったしね。

 ある意味、ちょうどいいと言えばちょうどいいし。

 それにしても、と思わずため息をつく。


「こっちの世界の食材って、どれもこれも一筋縄じゃいかないものばっかりですね」


 これは、色々と骨が折れそうだ。

 改めて、気合を入れなおすコロネなのだった。

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