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ちょこっと! ~異世界パティシエ交流記~  作者: 笹桔梗
第4章 パンとサーカス編
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第163話 コロネ、新しい調理法について聞く

「それにしても、新しい料理法に挑戦ってのは、すごいですよね」


 ガゼルの姿を見ていると、もっと頑張らないといけないって思うもの。

 向こうの技術にあぐらをかいているのではなく、魔法とか、スキルとかももっと考えて、より良い方法に、料理法を進化させていくってのはかっこいい気がするのだ。

 たぶん、今の時点でも色々と改善点はあるよね。

 何というか、革新っていうのは大事だよ。


「いえ、私などはまだまだですよ。今、オサムも新しい調理法を研究しているみたいですよ」


「え、オサムさんもですか?」


 へえ、やっぱり毎週のように新メニューに挑戦しているだけのことはある。

 たぶん、日々、進歩しようとしているのはオサムも同じなのだろう。


「はい。コロネさんは、ガストロバックというのはご存知ですか?」


「はい!? ガストロバックですか!? え、ちょっと待ってください。それって、あれですよね? 真空調理とかで使う……って、え!?」


 いやいやいや、ガゼルの口から、変な単語が飛び出してきたよ。

 存在自体は、コロネも知っているよ。

 向こうの店長が新し物好きだったから、お店でも使ったりはしていたのだ。


 ガストロバック。

 言葉の響きから、パックとかバッグみたいに、袋状のものをイメージしてしまうかも知れないけど、そういうのとはまったく違う、料理器具の一種だ。

 いわゆる本格的な真空調理機、いや正確には減圧調理の機械なのかな。

 構造的には、ヒーターと密閉のための蓋と、圧を制御するための弁、それに真空ポンプがセットになっている。

 あ、それに真空状態の検圧計とかかな。

 見た目は専用台とちょっと大きめの寸胴というか、お鍋がセットになっている感じだろうか。


 他のなんちゃってな真空調理器具とは異なり、このガストロバックの場合、加熱中もポンプがずっと空気を抜き続けているため、本当に意味で、低圧での調理が可能となるのだ。

 メリットは、低温で調理ができるので、食材の色とか風味、栄養素が損なわれないってところだろうか、酸素にもさらされないため、酸化もしないから、とにかく、新鮮さが半端ないのだ。

 いわゆる、『火が通っているんだけど、食感はしっかりと生!』という感じかな。

 イチゴとか、これを使って加熱すると、かなり面白いデザートに使えたりするのだ。

 ただ、加熱温度も低くなるので、普通の料理とは別の感覚をつかまないと、思い描いていた完成形にたどり着けないことも多いので、その辺りはデメリットというか、使う側の料理人の努力が必要という器具ではある。

 ……んだけど。


「というか、オサムさん、そんなものまで作ろうとしているんですか?」


 さすがにちょっと、驚くのを通り越して、何というかって感じだ。

 それは、パコジェットとかにも乗り気になるわけだ。

 機械系としては、こっちの世界だと明らかにオーバーテクノロジーだよね。


「いえ、実は、真空調理というものについては、魔法を使って、割と早くに再現ができていたみたいなんですよ。ほら、リディアさんとかも乗り気でしたし」


「え!? そうなんですか?」


 いや、また、変な名前が飛び出して来たよ。

 というか、真空調理って、向こうでも、本当の意味での真空調理にはたどり着いてはいないような気がするんだけど。

 こっちだと、魔法で、本物の真空とか生み出すことができるの?

 まあ、リディアなら、できそうな気もするけど、恐ろしい話だ。


「はい。ただ、いざそれを、万人向けの方法にするのに、今まで苦労していたって聞いています。結局、魔法だけですと、料理人の負担が大きすぎるので、魔晶系のアイテムと組み合わせて、試行錯誤していたみたいですよ? 今日、オサムが外に行ったのも、そっちの話もあったからだと、聞いていますが」


 なるほど、そうなんだ。

 というか、オサムがまだ帰ってこないのは、それが原因なのかもしれないとのこと。

 雨が降って来たから、ってわけではないんだね。

 それはそうか。

 まったく、呆れたものだ、と思いつつ、自分のごはんから取り分けて、横にいるショコラへと食べさせる。

 今日のところは、ガゼルにお任せだったので、ショコラの分を忘れていたのだ。

 まあ、ショコラもある程度は満腹みたいだし、少しあれば大丈夫そうだけど。


「まあ、ガストロバックは驚きましたけど……ということは、もう器具ができたってことですか?」


「ええ、試作品は、ってことらしいです。これで、前々から話していた新しい揚げ方も試せるみたいですね。真空フライです」


 ガゼル曰く、油を効率よく使う調理法その二なのだそうだ。

 その一はさっきの熱風調理だよね。

 それにしても、ガゼルも揚げ物に関しては、すごくこだわっているなあ。

 オサムはオサムで、真空状態でフライって、いや、段階としては、今試すことなのかな。まあ、油が貴重品ということを考えれば、何とかしないといけない課題ではあるのか。

 ふむふむ。


「コロネ先生、真空調理ってどういうものなんですか?」


 横で話を聞いていたリリックが、不思議そうにしている。

 一応、ピーニャは話ぐらいは聞いているみたいだし、ジルバも例のリディアによる真空調理実験を見ていたらしいので、そっちも初耳って感じではないらしい。

 ちなみにアノンはと言えば、ガストロバック自体も記憶共有しているとのこと。

 ほんと、アノンの能力って便利だよね。


「リリック、真空っていうのは聞いたことがある?」


「はい、一応は。定期講習会で風魔法がらみで話は聞いたことがあります。私たちの周りには魔素や小精霊とは別に、空気が存在していて、それが常に取り囲んだ状態になっているんですよね? 真空というのは、その空気がない状態だとか」


 あ、さすがは定期講習会だ。

 というか、サイファートの町って、かなり色々な知識が定着していると見てもいいのかな? 

 いや、リリックもシスターという立ち位置だったから、かもしれないけど。


「そうそう。密封状態の容器から空気を取り除くと、真空に限りなく近い状態にはできるかな。で、そこまでわかっているなら、話が早いね。真空調理っていうのは、その真空状態を利用して、料理を行なう方法のことだよ」


「はあ。ですが、わざわざ空気を抜く理由はなぜなんでしょうか? 空気がなくなったとしても、何か違いがあるんですか?」


「うん、ポイントはいくつかあるけど、空気がないので、空気による圧力……すべてのものにかかってくる空気の押す力ね。それがなくなるため、低い温度でお湯を沸かすことができたりするのね。揚げ物の場合、通常は百五十度前後のものなら、九十度くらいで、揚げることが可能になるの。さっき、ガゼルさんが言っていた『真空フライ』っていうのは、この特性を使って作った揚げ物のことね」


「はい。そうすることで、油も酸化せず、揚げ物に使っても、あまり劣化しないのだそうです。そうすれば、一度使った油でも、きれいな状態でポーションへと再利用が可能になりますし、揚げ物に限定すれば、油の寿命が今よりも、ずっと長持ちするそうです」


「はー、そうなんですか。真空って不思議なんですね。空気がないと、低い温度でお湯が沸くんですか」


 理屈はさっぱりわかりませんが、すごいです、とリリック。

 まあ、そうだろうね。

 これに関しては、コロネも専門家じゃないから、詳しくはわからないし。

 あくまでも、向こうの店長の料理科学の話を聞きかじっただけだ。

 ただ、まあ、それはそれとして、低圧調理が色々と応用が利く調理法であることには変わりない。


「そっか、オサムさんがガストロバックを作っているのって、油の、というか、揚げ物のためなんですね」


「はい。王都でもう少し、揚げ物を広めるために、できることは色々試してみようと、そんなところです。もちろん、一番簡単なのは、油そのものの流通量を増やすことでしょうけど、それをやると、教会のバターの件とも絡んできますし、ポーションの値段などにも影響してきますので、まだ慌ててどうこうすべきではないようです。その辺りは、商業ギルドの方とも相談しているところです」


「なるほど。色々面倒くさいんですね」


 ことが油だけなら、単純だったんだろうけど、この世界の場合、ポーションって問題がセットになってしまっているからね。

 アノイント……オリーブオイルの件でも話にはあがったけど、やはり、油を作る原料にも、わずかに魔素が含まれているし、それによって、魔法関係の薬の原料も溶け込みやすくなるのだそうだ。

 さすがに、モンスターが闊歩する、この世界でのポーションの重要性は、コロネでも想像しやすいし、となると、いっそのこと、油を使わずにポーションを生み出す製法を開発するくらいしか、どうしようもないしね。

 うん、そっちは、メルにお任せだ。

 油のためにも、天才薬師に相談してみよう。


「でも、こういうのっていいですね。色々と挑戦するのってわくわくしますもの」


「ええ。私もそう思います。料理に関しては、オサムのこだわりと言いますか、執念はすごいものがありますね。私としても、少しでも、その後ろについていって、頑張っていきたいところです。いつか、オサムも気づかなかったような調理法へとたどり着いて、あっと言わせたいものです」


「なのです。たぶん、この町で、オサムさんに料理を教わっている人は、みんなそう思っているのですよ。ピーニャも、オサムさんやコロネさんに教わるだけではなくて、自分の力で、新しいパン作りにも挑戦するのです! ああ、もちろん、今後もコロネさんから、色々と教わりたいのですが」


「そうだね。わたしはわたしで、ピーニャとかに色々相談があるしね。夕飯の後でも、ちょっとだけ付き合ってほしいかな。やまぶどうを使った天然酵母が、そろそろ次のステップに入るからね。それがうまくいったら……パンに適した酵母を選ぶのを目指せるかな」


 ピーニャが持っている、妖精種の種族スキル『小精霊感知』だ。

 これで、天然酵母のうち、パン作りに特化した酵母を選りすぐるのに挑戦しよう。

 酵母=イーストではなく。

 パン作りに特化した酵母=イーストだからね。

 目指せ、より美味しいパン作り、だ。


「了解なのです! いよいよ、やまぶどうの酵母ができるのですね!?」


「いや、今日の工程の後で、もうちょっとかかるけどね」


 すっかりやる気になっているピーニャに苦笑しつつ。

 そんなこんなで夕食の時間は過ぎていくのであった。

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