第162話 コロネ、揚げ物風を食べる
「はい、お待たせしました。メインの肉料理をお持ちしましたよ」
みんなで笑いあっているところに、ガゼルの料理が完成したみたいだ。
本日は、ガゼルのこだわりの揚げ物料理ではなく、ちょっとした仕掛けを施した料理なのだという。
とは言え、食卓に並べられたのは、見た目は鶏のから揚げっぽいものだ。
油は使っていないってことだけど、どういう意味なのだろうか。
「あれ、ガゼルさん、これ、鶏のから揚げですよね? 揚げ物ってわけじゃないんですか?」
「はい、今日の料理は、今、実験中の調理法を試したもののひとつです。コロネさんは、熱風調理っていうものをご存知ですか?」
「はい、一応は。あ、なるほど、熱風調理ですか。あれ? でも、ガゼルさんは確か、オーブンからこれを取り出してましたよね? ここのオーブンって熱風調理にも対応しているんですか?」
「いえ、オーブンには火を入れてません。オサムにそういう調理法があることを聞きまして、私のスキルと火魔法を使って、疑似的にその状態を再現しただけです。こうすることで、少量の調味油のみで、揚げ物風のものを作ることができると聞きましたので」
ガゼル曰く、どうにか王都でも揚げ物をもっと浸透させたいのだが、油の値段はどうしてもネックになってしまうのだという。
そこで、オサムから熱風調理について教わって、油をあまり使わずに、揚げ物を作るのに挑戦しているのだそうだ。
なるほどね。
熱風調理と言えば、向こうでも大分ブームになった調理法だよね。
向こうの場合、揚げ物は食べたいけど、油はあまり摂取したくないっていう、健康志向というか、ダイエットとかヘルシーな観点から、人気が出ているんだけど、確かに、油の量という意味でも、かなり有効な調理法でもあるんだよね。
お肉の場合、肉に含まれた油で、自らを揚げるような感じになるし。
今のガゼルのやり方は、オーブンの中で、火魔法と風魔法を使って、向こうの熱風調理を再現しているってわけだ。
火プラス風で、揚げ物を再現、か。
うん、魔法による調理としては、かなり面白い感じがするよね。
あれ、でも、ふと思う。
「ガゼルさん、こっちでは熱風による調理法って無かったんですか?」
どちらかと言えば、油が使えず、魔法が使える分、そっちの発想にたどり着きやすいような気がするんだけど。
そう尋ねると、ガゼルが苦笑して。
「まず、魔法による調理はあまり効率がよくないですから。私の場合、火魔法が得意ですので、問題ありませんが、王都ですと、日常的に料理に火魔法を活用できるほどの使い手はほとんどいませんよ。私が宮廷料理人として、若くしてそこそこの地位になれたのも、父さんの伝手ではなく、火魔法にやや特化していたからです。焼き物を任せられるのが早かったからですね」
「あ、そうなんですか」
「そうよ、コロネちゃん。『火魔法を使う』のと、『火魔法を使い続ける』のでは、まったく難易度が違ってくるのよ。本来、何かを燃やすことで火は生じるわけでしょ? だから、火種がない状態で、炎を維持するってことは、別のものを消費しなければならないの。魔素とか小精霊とか、自分の魔力とか、ね」
「そういうことです。この塔の調理場にも、魔法を使い続ける形での設備はほとんどありませんよ。それこそ、メルなどは別でしょうが、料理の間中、魔法を維持するのは並みの人間には難しいです。コロネさんもご存知かと思いますが、料理というのは、強い火力で一瞬で焼き上げても、美味しくなるとは限りませんから」
なるほどね。
例えば、肉料理の場合、理想としては低温でじっくり火を通した方が美味しくなるのだ。加熱によるアルブミン、まあ、いわゆるタンパク質の凝固と、筋肉繊維を結んでいるコラーゲンの分解。
簡単に説明すると、お肉は加熱によって、固まる部分と柔らかくなる部分が混ざっている食材なのだ。そして、その現象は同時に起こっているのだが、強い火力で短時間に焼き上げると、凝固の方が早く進んでしまって、コラーゲンが分解しないうちに硬くなってしまう。
肉汁などの水分や栄養素が流れ落ちて、旨みのない靴底のような肉になってしまうのは、分解が進む前に、凝固が終わってしまったためなのだ。
まあ、難しい話はさておき、様々な焼く調理法はあれど、美味しく焼くためには、火加減とその時間のバランスが一番大事ってことだね。
理論上は、何十時間も弱火でゆっくり焼いた方が美味しくなるらしいけど、さすがにそんなに時間をかけてはいられないもの。
食材の特徴によっても、適した調理法は変わってくるだろうし。
「ということは、ガゼルさんは、火魔法を維持できるってことですね?」
「ええ。私は精霊のハーフですから。特に母さんはサラマンダーですので、火魔法の維持は、そちら側の種族スキルですね」
「そういえば、ドムさんたちからも聞きましたよ。料理するのには、便利ですよね」
「確かにそうですね。耐炎スキルもありますし、こと、火を使う作業で火傷したりするということはありませんね。まあ、母さんの出した、白い炎とかは別ですよ。耐炎といっても、個々の能力差で限界はありますから」
なるほどね。
同じ名前のスキルでも使い手によって、その能力が上下するのは、魔法と同じなのだそうだ。『耐なになに』っていうスキルでも、当然、その耐久性を上回られれば、ダメージを受けるのだとか。
それでも、普通に調理している分には、まったく問題ないとのこと。
「あとは、話を戻しますと、こちらでも、ローストすることは普通にやっていますが、揚げ物が伝わる以前では、さすがに発想そのものが届きませんよ。パリッとした皮の旨みと、パン粉などを付けてカリッとさせた衣は、似て非なるものですから」
ふうん、そういうものかな。
パン粉を料理に使うって発想があんまりなかったのか。
まあ、パンそのものを見ても、まだまだ改良の余地ありって感じだしね。
「ともあれ、今日のところは、新メニューのテストだと思っていただければ。比較的、普通の揚げ物よりもヘルシーなそうですので、後は、味の問題ですね」
「それじゃ、まだ温かいうちに食べましょ? いただきます」
『『いただきます』』
ジルバの言葉に合わせる感じで、みんなも食事に手を伸ばす。
今日は、オサムもメニューを考えていたらしく、主菜の鶏のから揚げ風以外は、ごはんと味噌汁とお漬物に、ほうれん草みたいな野菜のお浸しになっている。
そういえば、ガゼルの料理を食べるのは、これで二回目だけど、どっちも和食って感じの料理だよね。
一応、自分のお店の方では、宮廷で出すようなコース料理になっているそうだ。
あくまでも、塔でごはんを作る時は、オサムの補助という立ち位置に収まっているとのこと。
「あ、ガゼル、これ美味しいじゃない。確かに揚げ物風って感じよねー。しっかりと油の味っていうの? それもしているみたいだし」
「なのです。普通に揚げたものより、ピーニャは好きかも知れないのです。油っぽいのですが、すっきりもしているのです。とっても美味しいのですよ」
普段から揚げ物を割と食べ慣れているジルバとピーニャが太鼓判を押す。
やはり、普通の揚げ方とはちょっと違うけど、これはこれで文句なし、というい感じだね。
まあ、熱風調理は、ダイエットメニューとか、生活習慣病対策とかにも効果的だから、実は、女性の方が受けがいいんだけどね。
カロリーオフで揚げ物を、って感じかな。
本当にカロリーを気にしているなら、揚げ物を食べるな、とかそういう話はなしでお願いだ。痩せたい人だって、健康に気を遣っている人だって、揚げ物は食べたいんだよ。
そのために、料理する側も工夫を積み重ねているんだから。
さておき。
コロネもから揚げを食べてみる。
うん、表面はサクッとしているし、中も、鶏の旨みがつまった肉汁が凝縮されていて、とても美味しい。たぶん、調理する前に、微量の油を散布しているんだろうね。衣自体にきちんと油の味がする。
しっかりと味付けされているので、そのままでも十分に美味しいよ。
味付けには微量の醤油も使われているのかな。
香ばしい感じで、ごはんともよく合うおかずになっているかな。
うん、とガゼルに笑顔で頷く。
これなら、文句なしだもの。
「いいなあ、ふたりとも、というかコロネもか。このレベルの料理が普通に出てくるってことだよね? ボクももうちょっとこの町に居座ろうかな。ほんと、オサムの料理を食べていたころが恋しくて恋しくて。ほら、リリックを見てみなよ」
アノンに言われて、リリックを見ると、から揚げを幸せそうに食べている彼女の姿があった。
まあ、教会にいると、そんなに頻繁に塔のごはんを食べられないものね。
シスターだったときは、子供たちの手前もあるみたいだし。
「美味しいです! このお肉の料理もですけど、ごはんがとっても美味しいです! このお米って、オサムさんのお店でしか食べられないんですよね。本当に幸せです!」
そう言って、夢中で食べているリリックを見る。
そっか。確かにそうだよね。
こっちの主食って、どっちかと言えば、小麦だものね。
夕食がほとんどお米で出てくるから、当たり前のように食べていたけど、これって、むしろ貴重品のたぐいに含まれるのか。
そういえば、砂糖と同様に、お菓子での使用禁止指示が出ているし。
それにしても、パンを食べ慣れているリリックですら魅了するとは、このお米って、向こうと比べてもかなり質が高いと見た。
やはり、オサムさん恐るべし、だ。
というか、から揚げがごはんのお供みたいな感じで、美味しい美味しい言われて、ガゼルもちょっと苦笑しているみたいだし。
「ガゼルさん、美味しいと思いますよ。でも、魔法を使うってことは、何か工夫をしないと、この調理法を広めるのも大変だと思うんですけど」
「そうですね。ですから、今、手段を改良しているところです。一度熱風の温度まで、オーブンが温まったら、後は風魔法で撹拌するだけで、何とかしていければ、と考えています。それでしたら、火魔法ほど維持が難しくありませんから」
「あ、『ワールプール』の魔法ですか」
「はい。まあ、それでも、熱を逃がさない設備と、風魔法が必要ですから、まだまだですけどね。油を使わない揚げ物料理への第一歩という感じです」
誇らしげに、そう笑みを浮かべるガゼル。
その表情には確かに、真摯に料理と相対する料理人の誇りが感じられた。
そんな彼の姿を見ながら。
もっと頑張ろう、と心に誓うコロネなのだった。




