第15話 コロネ、揚げ物を食べる
「それじゃあ、ガゼルさんが勉強してるのは天ぷらなんですか」
「ええ、フライはある程度慣れましたが、天ぷらというのはなかなか難しいですね。ちょっとのミスが味に大きく影響してきます。まだまだ精進が必要です」
ガゼルは、もともと父の後を継いで、王都の宮廷料理人をしていた人だ。
くせっ毛の金髪に緑の目が印象的で、この人が正装して、晩餐会などで控えていたら、相当サマになるような気がする。ハンサムさんなアラサー男子である。
ちなみにオサムと知り合うきっかけが、揚げ物料理であり、初めて食べたその味に衝撃を受けて、親しくなったのだとか。その後、色々あって今に至るらしい。
というか、オサム、色々ありすぎだ。
「まあ、フライも簡単じゃないんだがな。油断は禁物だぞ?」
「わかってます。今夜のお客様とは一期一会、ですね。それでもやはり、天ぷらの技法には憧れるものがあるのです。食感ひとつひとつに魅了されます」
確かにただ揚げるならまだしも、本当に美味しい天ぷらを作るとなると、相当に奥が深い世界だとはコロネも聞いている。
揚げ方だけでも何種類あるのだか。
食卓に並べられたのは、数種類の天ぷらと天つゆ、ごはん、それに豆腐とわかめっぽい海藻の味噌汁だ。
天ぷらは、えびとイカ、鮎っぽい川魚、さつまいも、数種類の野菜のかき揚げ、しそっぽいハーブっぽい葉をそれぞれ揚げたものがある。
食卓を囲んでいるのは、オサムとコロナとピーニャ、そして料理をしてくれたガゼルの四人だ。ジルバは明日まで近くのダンジョンへと行っていて戻ってこないのだとか。
「では、いただきますなのです」
「「「いただきます」」」
ピーニャに続いて、コロネたちも料理にはしを伸ばす。
揚げたての天ぷらはまだ、シューシューと音を立てており、その油の香り自体が鼻腔をくすぐる。カリカリに揚げられた衣の感触がはしで持ち上げただけで伝わってくる。
オサム曰く、まずは塩で食べてみると良い、とのこと。
その言葉に従い、横に添えられた塩にえびの天ぷらを付けて、口へと運ぶ。
サクリとした衣の軽やかな食感と、えびそのものの持つプリプリとした食感が合わさって口の中で混ざり合っていく。噛みしめるほどにあふれるえびの甘い肉汁が、ちょっぴり山椒の効いた塩と合わさり、口の中いっぱいに広がる。
「おいしい!」
これは美味しい。
思わず、声に出してしまうほどに。
何よりも、ごはんによく合うのだ。日本人バンザイな味だ。
いや、ここはゲームの世界なんだけど。
他の天ぷらにも手を伸ばしてみる。
イカの天ぷらだ。衣は最小限の薄さにつけられ、イカの弾力を伴ったクニュっとした食感を邪魔しないようになっている。今度は天つゆにつけて食べてみる。
醤油ベースにいくつもの素材でだしを取ったつゆは、香りを伴って、イカのうまみと混ざり合う。それにプツンという心地よい歯ごたえがたまらない。
さつまいもは、ほっこりとした甘さがにじみ出ているし、鮎っぽい魚はピンと立たせた姿で揚げられており、見た目も楽しい、味も美味しいものに仕上がっている。
他のものもとても美味しく、コロネははしを止めることもなく、最後まで食べきってしまった。
見ると、ピーニャも黙々と食べ続けているし、オサムも口元に笑みを浮かべている。十分な出来に仕上がっているようだ。それを見て、ガゼルもほっとしているようだ。
「いいんじゃねえの? こっちで文句を言うやつはあんまりいないと思うぜ。しいて言うなら、かき揚げの衣はもう少し薄い方がいいな。まだ、形を整えることに気持ちがいっていて、衣が重くなっている。とは言え、他のふたりの満足そうな顔を見る限り、そこまで気にするほどじゃないだろうな」
「はい、気を付けます」
うれしそうに、ガゼルが言う。
それにしても、天ぷらって、このレベルで作るなら専門店での話だと思うのだけど、オサムは天ぷらにも詳しいのだろうか。
確か、自己流の定食屋のおやじとか言ってなかっただろうか。
「うん? いや、向こうでやってた店のある商店街に、天ぷら屋のおやじさんがいて、そこで教わったんだよ。あとは見よう見まねで自己流になってるけどな」
興味がある味については、素直に教えを乞う。
それがオサム流なのだとか。
でも、普通はそれで教えてくれないだろうから、その辺は人柄なのだろう。
「そういえば、こっちの世界って、揚げ物がなかったんですよね?」
「ああ、少なくとも、俺は知らないな。最初に揚げ物を作ったときは、ちょっと大騒ぎになったくらいだからな」
「でも、それには理由があるのですよ」
「理由、ですか?」
「ええ。コロネさんは、ポーションはご存知ですか?」
ガゼルの言葉に首を横に振る。
どこかで耳にしたことはある気がするが、コロネはゲームをほとんどしたことがないのだ。それがどういうものなのか、ピンと来ない。
「ポーションというのは、回復薬のことなのです。飲むと、傷ついた身体を癒すことができる。即効性のある薬をまとめて、ポーションと呼んでいるのです」
ピーニャが説明してくれる。
病気などを治したり、本来の治癒力を高める遅行性のものが『薬』で、モンスターとの戦いなどで傷を負った際、即座に傷を回復する即効性の高いものを『ポーション』と呼んでいるのだそうだ。
ハーブによって作られて、すぐ魔力を回復してくれるのが『マジックポーション』という種類になるのだとか。ハーブ料理はゆっくり効いてくるので、『薬』に近いらしい。
「はい。それでですね。ポーションの原料とされているのが、飲用可能な油なのです。正確には油に効能を溶かした飲み物を、ポーションと言います」
つまり、ポーションを作るためには油が必須なのだそうだ。
そして、油はまだそれほど大量には生産できないのだとか、普通は。
「そのため、ほとんどのポーションはまずいのです。当然ですよね。飲用できるとはいえ、元が油なのですから。当然、多用はできません。飲んでいて気持ち悪くなるからです。そのため、飲みやすい良い油というのは、誰もが求めているのです」
「いざという時の薬になるからな。当然、需要は多い」
そのため、料理などで残った古い油をためて、それを売り買いすることも普通にされているのだそうだ。効能は落ちるし、飲みにくくなるが、それでもポーションに作り替えることができるのだとか。
「そういうものは劣化ポーションと呼ばれています。ですが、それでも使いたがる人は多いのです。効果はありますから。ここまで聞いていただければお分かりかと思いますが、そのような油を大量に使う料理というのは、こちらでは罰当たりな料理なのですよ」
それを考えた者がゼロではなかったのかも知れない。
だが、実行に移すにあたって、躊躇したのだろう、というのがガゼルの推測だ。
「おまけに、オサムが精製した油は、かなり良質で飲みやすいポーションを作れるレベルのものでしたので、普通は、料理に使うことなどまかり通らないものなのです。それゆえに私はそれを惜しげもなく料理に使うオサムに衝撃を受けたのです」
「まあ、知らなかったからなあ。今はさすがに、揚げ油で使った後は、それをこして、ポーションの材料にしているぞ。もったいないからな」
「いや、それでも普通は躊躇するんですって。もっと高級なポーションが作れるんですから」
オサムの言葉に苦笑しつつ、ガゼルが続ける。
「ですが、私もこの罰当たりな料理に魅了されました。そうなってしまった以上は、宮廷料理人として残るわけにはいかなかったのですよ」
さすがに王都では他の人間からの目もある。かと言って、一度見出してしまった可能性を諦めることはとてもできなかったのだそうだ。
「幸い、当時から大分経っておりますし、王族や貴族にもこの味のファンがいましたので、少しずつですが、王都でも揚げ物が広まってきているそうです。市民層まで定着すれば、王都でもお店を開くことはできるでしょうね」
うれしそうにガゼルが言う。
いつか、自分の料理をお世話になった人たちに振舞いたいのだとか。
そのため、オサムのもとで色々と教わっているのだ。
「私もこの町でお店を持っています。もしよろしければ、来てください。おもてなししますよ」
「だな。『ガゼルの宮廷料理のお店』だ。コロネ、王都の料理ならガゼルの方がくわしいからな。俺も色々と教わっているのさ。機会があったら、行ってみるといい」
確かにこちらのプロの料理だ。
ぜひとも知っておきたいところだ。
「わかりました。ぜひ」
コロネはにっこりと笑って、頷いた。




