第158話 コロネ、召喚獣の移動術に喜ぶ
「はい、コロネ、お疲れ様だ、よ」
「……お……、お疲れ、さま、でしたぁ……」
身体中、ビショビショに濡れた状態で、訓練場の床の上に大の字になっているコロネに、メイデンがねぎらいの言葉をかけてきた。
いや、もう、疲れたというよりも、気持ち悪いよ。
肉体的な疲労もそうだけど、やっぱり、この魔力が切れた状態は、何度やっても慣れないね。
『枯渇酔い』の状態が慢性化すると、見えている景色も歪んでくるし、音とかもぐわんぐわんと頭の中に響いている気がするし。気持ち悪くて、立つこともできなくなるんだけど、かと言って、横になっても、ひどい頭痛は止まらないし。
使えると便利になるのは間違いないけど、普通に魔力を鍛えるのって、ものすごく大変なことだってことを実感する。
まあ、メイデンに言わせると、コロネがやっているのは、ものすごいショートカットというか、凝縮したやり方だから、普通はもっと焦らず、ゆっくりと育てていくのがいいのだとか。
「はい。コロネ、これ飲んで、ね。少しは回復するはずだから、ね」
「……ありがとう、ござい、ます……ふぅ、あぅ、大分、ポーションを飲むこと自体も気持ち悪くなってきましたね……」
「ふふ、まあ、油だから、ね。回復はするけど、そんなに普通はたくさんは飲めない、し。でも、これでも、メルの作ったのは、飲みやすい方なんだ、よ」
受け取ったポーションを何とか飲み干しつつ、メイデンを見ると、苦笑しているのがわかる。
普通は、基礎的な訓練で、失敗作とはいえ、こんなにマジックポーションを多用することはあまりないのだそうだ。
まあ、そういう意味では恵まれているんだろうけど。
「一応、コロネも早く、町の外へ行きたいだろうから、本当に促成栽培のやり方で、やっているって感じか、な。ふふ、まあ、これはコロネの意向だけじゃなくて、別の意味でも、コロネに早めに強くなってほしいってのもあるんだけど、ね」
「そうなんですか?」
あれ、コロネが頼んだから、スパルタになっているってだけでもないのか。
とりあえず、マジックポーションが効いてきたのか、ようやく、普通にしゃべれるようになってきた。
呼吸はまだ、完全には安定していないけど。
さすがにもう、ポーション、というか、油は飲めないかな。
『枯渇酔い』と別の意味で気持ち悪い。
「わたしが早く、強くなった方がいい、って思っている人がいるってことですか?」
「うん。というか、わたしもそうだ、よ。ほら、ポーションをくれているメルもそうだし、他にもコロネに近しい人は何人か、そういう意見か、な。だって、コロネの場合、色々とトラブルに巻き込まれそうな要素が、たくさんあるから、ね」
メイデンが言うには、いざという時に備えて、自分でも対処できる力をつけておいた方が手遅れにならないとのこと。
いや、何となく、トラブルうんぬんについては、わからないでもないけど、手遅れとか言われると、こっちも怖くなってくるんだけど。
「料理人に注目が集まっているのは、わかってるよ、ね? 特に、この町を通じて、少しずつではあるけれど、新しい料理とか、今までの普通の料理人では考え付かなかった調理法とかが、オープンになってきているっていうのか、な」
本来、美味しい料理の作り方は、そのほとんどが作り手以外には、秘伝とされてきたものばかりなのだそうだ。
決して、みんなが美味しい食べ物に興味がなかったわけではなく、食材の調達の問題とか、調味料や、油の問題とか、そういうものへのハードルが高かったため、まず、質よりも量を整えることからやっていただけに過ぎないのだと。
そのため、一流の料理人の多くは、王侯貴族とか、権力や財力を伴った者の舌を満たすために、囲い込まれている風潮があった、とのこと。
「ほら、ドムさんがこの町で料理を作れているのは、以前では考えられないことだったんだ、よ? たぶん、わたしが『影の手』にいた頃に、ドムさんのレシピの情報を得て、国へ持ち帰ったら、冗談抜きで、勲章とか貰えるくらいの功績になったはずだもの、ね」
「ドムさんの調理法って、塩釜とか、炭火調理の火の扱い方、とかですよね?」
「うん、わたしも詳しくはわからないけど、たぶん、そういうことだと思う、よ。他国の宮廷料理について、その材料や作り方を探るのは、ある意味、禁則事項に近いものがあったから、ね。まあ、友好国なら別だけど、表向きはお付き合いしてますよ、くらいの国交だと、その辺りはあまり踏み込まないのが、礼儀って感じか、な。だから、ね。その手の調理法を公開するっていうのは、そもそも、トラブルの元なの」
基本、秘伝と呼ばれる調理法とは、そういうものだ、とメイデン。
えー、いや、それはわからないでもないけど、どう見ても、この町の場合、オサムが指揮をとって、好き勝手にやっている気がするんだけど。
その辺りは、大丈夫なんだろうか。
「オサムさんが、皆さんに料理を教えているのは、問題ないんですか?」
「いや、大問題だ、よ。というか、だから、オサムさんの異名がトラブルメーカーなんだって。ただ、オサムさんの場合、ポーションを使って作った揚げ物で、騒ぎになったことで開き直ったみたいだ、よ。もう、何が起ころうが、正面突破して、そのまま突き進むって感じか、な。ふふ、まあ、それもこのサイファートの町だから、可能なことなんだろうけど、ね」
最初から、そのために町づくりに参加した節がある、とメイデンが笑う。
「この町は、便宜上、王都の管轄にはあるけど、事実上、独立した町みたいなものだから、ね。教会本部もそういう形でも認めているし、王都は王都で、裏から手を回して、許可というか、暗黙の了解というか、そういう風にしているみたいだ、よ。一部の貴族とか、大商人の反発はあるけど、それは王様が一蹴している感じか、な。ふふ、その辺は、ドムさんの影響が大きいと思うけど、ね」
「でも、すごいですね。そんなことがまかり通るんですか?」
「通っているから、今がある、としか言いようがないよ、ね。ふふ、そもそも、王都が御するには、この町は厄介になりすぎたんだ、よ。妖怪の国であるコトノハに、砂の国のデザートデザートとも、懇意にしてるし、精霊の森ともつながりがあるし、ね。今、別件でドワーフのところとも話が進んでいるみたいだし、コロネは果樹園には行った、の? あそこも、旧グリーンリーフの関係者だらけだから、もう、ね、王都の権力でどうこうできる話じゃないんだ、よ」
なるほど。
いや、今、メイデンが挙げたうちのいくつかは、聞いたこともなかったけど、まだまだ色々あるんだね。
すでに、一国が支配下に置けるような状況ではないらしい。
今の王様はそれがわかっているから、うまく共存できるように手を打っていて、それがわからない連中が、色々と裏でちょっかいを出してくる。そういう構図になっているとのこと。
「だから、コロネも早く強くなった方がいいって、判断なんだ、よ。怖いのは、コロネが事件に巻き込まれることもそうだけど、それによって、今の絶妙なバランスが崩れてしまうことの方が怖いか、な。万が一って事態になったら、それこそ、その先、どうなるか、わかったものじゃない、し」
これは冗談ではなくて、とメイデンが念を押してくる。
つまり、町のみんなが危惧しているのは、そういうことらしい。
何が起こるか、はっきりとわかっているわけではなく、ひとつの物事がきっかけで、ここまで積み重ねているものが、呆気なく崩れ去ってしまうかもしれない。
いや、逆か。
そうならないように、積み重ねてきた結果。
サイファートの町という、一個の化け物のような町ができあがってしまった、と。
まあ、そこまで聞かされても、コロネには、この町の全容が把握できていないので、すごい、すごい、とだけしか思えないんだけどね。
住んでいる人も、良い人が多いし。
怖いと言えば、怖いのかな。その辺は、まだよくわからないよ。
「ここまで言ってしまって、なんだけど、コロネはあんまり気にしない、で。コロネが強くなりたいってのいうのが、たまたま、この町の利害とも一致しているってだけだから、ね。わたしも含めて、みんな、住んでいる人はこの町が好きなんだ、よ。だから、今の幸せを護るためなら、大抵のことは協力してくれるって感じか、な」
「はあ、わかりました」
まあ、そういうことなら、あんまり気にしないでおこう。
実際、色々と助かっているわけだしね。
こちらとしては、お菓子作りを頑張っていくだけだ。
さすがに、ちょっとは空気を読もうとは思うけど。
『おい、そっちは終わったか?』
「ぷるるーん! ぷるるっ!」
あ、ウーヴとショコラが訓練を終えて、やってきた。
さっきから、遠目で見ていると、ショコラが飛び回っていたみたいなんだけど、何をやっていたんだろう。
ちょっと気になるね。
「うん、終わった、よ。というか、今日はもうポーションが使えなさそうだから、ここで、おしまいか、な。あんまり、コロネに無理させて過ぎても、身体を壊しちゃうし、ね」
「はい、何とか、です。ちなみに、ウーヴさん、ショコラと何をしていたんですか?」
見た感じ、ショコラはまだまだ元気そうだ。
最初のうちは、飛んでくる水玉を浴びていたみたいだけど、次第にピョンピョン飛んで、回避しているのは、何となく見えていたし。
『突撃というか、突進というか、体当たりを教えてみた。ちびすけの場合、自分へのダメージがほとんどないから、とりあえず、という感じだったんだが……まあ、ダメだな。ちびすけの身体自体が弾力性がありすぎる』
「ダメ、ですか?」
『俺も試しに受けてみたが、ちびすけ自身が跳ね返るだけで、痛くもかゆくもないぞ。攻撃手段としては使えんな」
「そうですか……」
そっか、ショコラの場合、葛餅みたいにぷにぷにしているものね。
物理攻撃に強い反面、それで体当たりしても、ダメージを殺してしまうとのこと。
ちょっと残念だけど、下手に突っ込んでいかれても困るし、これでいいのかな。
『だが、移動手段としては、まずまずだろう。おい、ちびすけ、ちょっとさっきのやってみろ』
「ぷるるーん!」
ウーヴの指示に従って、ショコラがその身体を思いっきり、足元の方へと縮めていく。
と、次の瞬間、ぼよよーん、と勢いよく、前方へと飛び出した。
ああ、なるほどね。
ゴムみたいというか、身体を圧縮したその反動を使って、突進する感じだ。
「あー、すごいすごい、ショコラ。一瞬で随分飛んだねえ」
距離にして、三十メートルくらいかな。
確かに、移動手段としては、なかなか良いかも知れない。
もう少し、ショコラが大きくなったら、乗れたりしないかな。
まあ、それは妄想みたいなものだけど。
「ぷるるーん! ぷるるる!」
少し離れた場所で、ショコラが誇らしげに伸びをしている。
その姿に笑顔で手を振る、コロネなのだった。




