第157話 コロネ、召喚獣の無事に安堵する
「ぷるるーーーーーーーーーーーーーーん!?」
突き飛ばされたショコラは、そのまま、向こうの壁まで飛ばされて、ぼよよんとバウンドして、さらに斜め上の方へと飛んで行く。
そして、もう一度、天井にぼよんと弾き返されて、床の方へと落ちてきて。
その後、何度か、ぼよんぼよんとバウンドした後で、コロネが立っている少し横まで落ちてきて、止まった。
あまりのことに、呆気に取られていたが、ようやく我に返って、ショコラのところへと駆け寄る。
何だか、もう、さっきまでの殺気とか、そういうものは吹っ飛んでしまっている。
「ショコラ!? 大丈夫!?」
「ぷるるー……ん? ぷる……ぷる……」
あれ、身体というか、スライム状のところはまったく問題ないみたいだ。
どちらかと言えば、頭がクラクラしているというか、散々バウンドしたおかげで、目が回ってしまったらしく。いつものぷるぷるした動きが、よりいっそう前後にひどくなっている。
ともあれ、意外と大丈夫そうだ。
ほっと、安堵の息を吐く。
『おい、無事か? ふん、見た感じは大丈夫そうだな。まったく……あんまり無茶するな、ちびすけ。貴様が下手に動かなければ、寸止めで済んだんだぞ、まったく』
「うーさん、動きが読めない可能性があるから、不意に次の段階に移るのはやめてって言ったよ、ね?」
ショコラを上から覗き込みながら、ウーヴも安心したように頷く。
一方のメイデンはというと、少しウーヴに対して、怒っているようにも見える。
ええと、コロネはよくわからなかったんだけど。
要するに、ウーヴの突進というか、さっきの攻撃は、あくまでも脅しの延長線上ってことなのかな。
ショコラが向かっていったのは、想定外だったみたいだけど。
『いや、そのちびすけが向かってくるとは、まさか思わんからな。ふむ、思っていたよりも気概があるな、ちびすけ。一応、制動はかけ始めていたが、あれはあれで、俺の全力に近いからな。それで無傷とは、なかなかやるな』
「うーさん、反省してないよ、ね? 本当……ショコラが無事で良かった、よ。あのね、精神的な部分でのリスクは、わたしも責任を持つけど、直接攻撃で衝突したら、メルでも難しいんだから、ね。うーさんの本気なんて、人間種なら、ただでは済まないんだから」
『おい、そういう可能性も含めての、リスクではないのか?』
「その辺は、うーさんへの信頼だ、よ。そういうことはしないと信じてたってだけ。もちろん、イレギュラーはあるだろうから、そういう意味で、勝手に次に進まないで、って言った、の。今のタイミングだと、わたしもフォローに入れなかったんだ、よ」
『ふむ、それについては素直に謝ろう。だがな、メイデンよ。コロネのやつ、最初から、死についてはそれほど恐れてはいなかったぞ。一応、俺にも闇狼としての誇りがあるからな、もう少し試してみたくなるのも仕方ないことだ』
「……まあ、結果として、コロネの現在の状態もわかったから、いいけど、ね。コロネ、大丈夫? 今は落ち着いて話せるか、な?」
そう言って、メイデンがコロネとショコラを心配そうに見つめる。
何でも、まず、殺気そのものや、それを載せた咆哮を試してから、その後で、次の段階というか、ウーヴの攻撃動作へと移る予定だったのだそうだ。
結局、ウーヴの行動で前倒しになってしまったけど。
「はい、わたしは大丈夫です。ショコラも、思いっきり飛びましたけど、どうやら、それほど問題ないみたいですし」
「ぷるるーん! ぷるぷるっ!」
ほら、もう元気にぷるぷるしてる。
また、コロネの肩の上に乗っかって、踊っている。
そう考えると、ショコラってすごいね。想像以上に打たれ強いっていうか。
『ふむ、物理防御は大したものだな。フードモンスターというより、粘性種どもの性質だろうがな。まあ、俺の攻撃を受けて、その程度というのは誇ってもいいぞ。ふふん、面白いな。おい、ちびすけ、貴様、俺の子分になれ。俺のガキどもと一緒に鍛えてやる』
「ぷるるーん!」
「あれ、ショコラ、乗り気なの?」
「ぷるるっ!」
『ふふん、ならば、それで決まりだな。さすがにコロネの場合、俺が戦闘訓練をするわけにもいかんからな。代わりに、貴様の召喚獣を鍛えてやろう』
何だか、よくわからないうちに、話が進んでいるね。
まあ、それはそれでありがたいかな。
ふたりで一緒に強くなっていく必要があるわけだし。
「それじゃあ、話を戻そうか、コロネ。今の訓練というか、今日やったのは、そのためのチェックに近いけど、ね。それを見る限りだと、コロネはある程度は、死に対する免疫がついているか、な」
「そうなんですか?」
そう言われても、自分ではあんまり実感がないんだよね。
それでも、感覚的に、ちょっと俯瞰して見られている感じはあるけど。
ただ、あれも現実逃避の一種の気がするけど。
「うん。完全にフリーズしたのって、うーさんが突進した時だけだもの、ね。それにしたところで、ショコラが危険だと気付いた直後には、少し動きを見せたから。直近に迫った恐怖による硬直は、簡単には無くせないから、いきなりだとそんなものだ、よ」
『そうだ。コロネよ、貴様は最初の殺気のことを軽く考えているようだが、普通の人間種の場合、俺の殺気を浴びて、恐慌に陥らないというのはなかなかだぞ。冒険者ですら、それだけで動けなくなる者が多いからな』
「でも、それは訓練だからってことで、危機感が足りなかった可能性もないですか?」
そういう感覚がどこか残っていなかっただろうか。
たぶん、死に対する感覚って、平和ボケとかでも麻痺しているだろうし。
「まあ、そういう可能性も否定しないけど、ね。うーさんの殺気って、そんな生易しいものじゃない、の。死線を越えているか、あるいは、一度死にかけたか、死んでしまったか、そういう感じでもないと、そもそも、生物としての感覚が死を感じるようなものだから。スキルって言ってしまうと、途端に安っぽくなるけど、威圧のスキル、それも死を伴った最上級のものだから、下手をすると、それだけで、精神的な死に至る場合もある、の」
「え!? サラッと言ってますけど、それってすごいことですよね?」
いや、メイデンの訓練怖い。
一歩間違うと、精神的に死って、シャレになってないよね。
今、とりあえず、無事だから笑っていられるけど。
スパルタ、怖い。
「まあ、コロネの場合は、何とかなると思ってた、よ。まず、うーさんと初めて会った時もそうだったみたいだし、迷い人の場合、特に、オサムさんとかコロネとかのケースか、な。そういう時は、死線を越えていることが多いから、他の人よりも免疫があるというか、そんな感じだ、よ」
そうなんだ。
迷い人の場合、全員が全員というわけではないけど、大抵は、死ぬような経験をしていると見て、いいのだそうだ。
この町でも、シモーヌとかも一度死にかけていたことがあるらしい。
迷い人になるってのは、そういうものなのだとか。
「だから、コロネは、次のステップとしては、うーさんの攻撃の直近で起こった思考停止状態、それを克服するのを目指すって感じか、な。今回みたいに、ショコラとか、誰かを助けるとか、そういうのじゃなくて、自分の力で死の恐怖から逃れるように行動する方へと、反射的に動けるように、ね」
『まあ、そこからが大変だがな。基本は、ありとあらゆる事態を想定しておく。それに尽きる。不意を突かれれば、硬直は起こる。その状態をできるだけ短くするのと同時に、そうならないために、想定を広げておくのが大事だ。ふん、俺も偉そうに言っているが、俺の場合、地力があるからな。そっちの方はあまり必要ないので、あまり気にしたこともないがな』
「そんなだから、さっきのショコラみたいなことになるんだ、よ」
『ああ。それについては気を付けよう』
なるほど。
想定外による硬直を抑えるのと、そうならないように、思考を広げるって感じか。
まあ、口で言うほど簡単なことじゃないと思うけど、これも、水玉の訓練と同様に、経験を積んでいくしかないか。
思考が止まりました。
攻撃されました。
死にました。
うん、そのパターンはけっこう多そうだ。注意すべきだろうね。
「後は、今までやってきた訓練に加えて、魔法攻撃を防ぐ手段を確立したら、町の外へ出てもいいところまで行けるか、な。それでも無茶はいけないし、最初はわたしとかもついていく感じになりそうだけど、ね」
『ふん、メイデンでなくても、俺でも構わんがな。今のコロネでも、俺がいれば、外に行くことは可能だろう。が、そういう意味ではメイデンも頭が固くてな』
「ダメ。うーさんの感覚は、その環境に慣れているものの判断だし、ね。わたしも初めて、この町の周辺に来た時は、その圧迫感に押しつぶされそうだったもの。これでも、結構な場数を踏んでいるつもりだったんだ、よ?」
メイデンが、ウーヴの案を一蹴する。
最低限でも、コロネがそこそこ強くならないと、リスクは冒せない、とのこと。
『いや、メイデンよ。貴様の場合、俺と遭遇したからではないのか? ふん、こちらも殺すつもりはないと言ったのに、いきなり、背後から攻撃してきやがって。貴様もそうだが、ドーマもな。奴がいなければ、反射的に殺してしまったかもしれん。思いのほか、どちらも骨があって驚いた記憶があるぞ』
「まあ、あの時は、こっちも必死だったし、ね。それに、うーさんと会うまでにも色々なモンスターがいた、よ? それだけでも、『魔王領』から離れて暮らしていた人間種にとっては、かなり厳しかったんだ、よ」
「ええと、お二人とも戦ったことがあるんですか?」
反射的に殺しそうになったって。
随分と、物騒な話ではある。
だが、ふたりとも、そんなことは当たり前のように頷く。
「コロネ、町の外っていうのはそういうものだ、よ。うーさんも話がわかるけど、話がわかるからと言って、人間に優しいとは限らないから、ね。特に、当時はわたしも魔王直下のモンスターについては、あまり詳しくは知らなかったし、ね。イメージとしては、魔族の襲撃と変わらない、よ」
『基本、弱肉強食だ。たとえ、殺し合いをした仲であっても、状況が変われば、以前のことは水に流すのが、当たり前だぞ。強き者は、恨みを引きずらないものだ』
そういう意味では、しっかりと割り切っているよね。
ということは、この町なかで笑い合っている人たちも、以前は仲が悪かったケースとかもけっこうあるのかな。
踏み込んでは行きづらいところだけど。
『昔の話だ。そんなことより、訓練を続けろ、メイデンよ。貴様がコロネに教えている間、俺もちびすけに攻撃手段を教えてやろう』
「そうだ、ね。あんまり、ゆっくりしていると、夕食の時間になっちゃうし、ね。それじゃあ、コロネ、ここからは昨日と同じで、魔力強化の訓練だ、よ。ふふ、うーさんのが終わったから、また、水玉の仕掛けも戻しておくから、ね。それを避けながら、頑張ろう、か」
「はい、わかりました」
うわあ、また水玉かあ。
いや、メイデンがちょっとだけ楽しそうに笑ってるんだけど。
仕方ない、魔力のためだ。しっかりと頑張ろう。
そんなこんなで、もうちょっと訓練は続く。




