第151話 コロネ、召喚獣と訓練に挑む
「よーし、今日こそは、地下へのエレベーターに乗れるように頑張ろう!」
「ぷるるーん!」
メイデンが着替えている間に、昨日に引き続き、エレベーターに挑戦だよ。
まあ、一日くらいで、どうにかなるとも思えないけど、今日はショコラもいるしね。色々と試してみよう。
ちなみに、お茶会で一緒だったみんなとは、それぞれやることがあるから、もう別れている。ドロシーに、アズやナズナはうちに帰っているし、リリックは教会へと向かったし。そして、ピーニャは冒険者ギルドに、パン工房のスタッフ募集に行ったみたいだね。
とりあえず、エレベーターを前にショコラに向き直る。
「ショコラ、ショコラは何か魔法とか使えたりするの?」
「ぷるるーん? ぷるるっ!」
コロネの質問に、ショコラが首を傾げた後で、何かに気付いたように頷いた。
あれ? ダメ元で聞いてみたけど、もしかして魔法を使えるの?
「ぷるるっ!」
一度、上下に縮んだと思うと、ショコラが思いっきり伸びをした。
すると、ちょっとした光と一緒に、ショコラの頭の部分と、おなかの部分から、チョコレートのかけらが剥がれ落ちた。
え、これがショコラのスキル?
剥がれた下にも、普通にチョコレート状の皮膚というか、ぷるぷるとした身体がそのままになっている。
あ、また元の楕円形のような姿に戻ったけど、心もちショコラが一回り小さくなっている感じかな。何というか、脱皮ってところだろうか。
「つまり、これが新しいチョコレートってことかな?」
とりあえず、剥がれ落ちたチョコレートの欠片をひとつ食べてみる。
あ、美味しい。
やっぱり、向こうの店長のレシピの味だ。
そういう意味では、ショコラの存在自体がけっこう謎だよね。
「つまり、この脱皮がショコラのスキルってこと?」
「ぷるるっ!」
何となく、ショコラが頷いているのがわかる。
どのくらいの量、チョコレートを出せるのかわからないけど、ショコラ自体が少し小さくなったところを見ると、あんまり多用はできないかな。
その辺は注意が必要って感じだろう。
「あ、でも、一番最初に生まれた時より、ショコラ、少し大きくなってたもんね。やっぱり食べた分は大きくなるのかな」
食事を食べると大きくなって、チョコレートを生み出すと小さくなるのかな。
さすがに、もう少し検証が必要だろうけど。
さて、ショコラの能力も少しわかったところで、改めて、エレベーターだ。
「ようし、今度こそ!」
「コロネ、お待たせ。こっちも用意できた、よ」
はい、時間切れ。
じゃなくて、メイデンが戦闘服に着替え終わったみたいだね。
「メイデンさん、一応、わたしの力でエレベーターが使えるかどうか、試させてもらってもいいですか?」
「うん、いいけど……さすがにまだ難しいんじゃないか、な? だって、今のコロネだと、ショコラの分も魔力がいるから、ね。エレベーターは乗る人数分で、それぞれ一定量の魔力が必要だから、ちょっと厳しいと思う、よ」
「え!? そうなんですか!?」
「ぷるるーん!?」
メイデンによって、今明かされる衝撃の事実。
召喚士は、召喚獣の分まで、魔力の供給が必要とのこと。
まあ、それもそうか。
となると、地下に下りる時はショコラと自分のふたり分ないとダメなんだね。
仕方ない。なるべく一緒にいるようにコノミさんにも言われたし、今のショコラを置いて、訓練ってのも嫌だから、それを目指して頑張るしかないか。
いや、ここは前向きに考えよう。
もしかすると、もう、そのくらい成長してるかもしれないし。
「では……『地下一階!』」
しーん。
あー、やっぱりダメか。
エレベーターはうんともすんとも反応しない。
それもそうだよね。一日くらいの訓練で、あっさり魔力が増えたら、みんな苦労しないもの。これはショコラのせいじゃないよ。
「ふふ、やっぱり、わたしがやる、ね。コロネ、心配しなくても、もう少ししたら、二人分の魔力くらいは使えるようになるから、あんまり焦らないで、ね」
「はい……何か、すみません」
今日も、メイデンの力を借りて、地下へと降りるコロネなのだった。
「そういえば、ゲストの人ってどなたなんですか? もしかして、わたしも会ったことがあります?」
「うん、たぶん、知ってると思う、よ。そういう風に聞いているから、ね。だから、コーチを頼んだら、あっさり許可してくれたんだ、よ。そういう意味では、コロネの知り合った人脈ってなかなかだよ、ね」
あ、すでに知っている人か。
それなら、心配ないかな。
いや、ちょっと待ってよ。
ドーマさんとか、うさぎ商隊の人とかだと、ちょっと大変かも。
一体誰だろう?
そんなこんなで、訓練場に足を踏み入れる。
だが、予想とは裏腹に、誰かが待っているようには見えない。
誰もいないみたいだけど。
「あれ? いない……ですよね?」
「そうだ、ね。ちょっと呼んでみようか……ちょっと待って、ね」
メイデンがそう言って、何かの魔法を使おうとした、その時だった。
訓練場の上の方から、ものすごい轟音が響き渡った。
『遅いぞ! メイデン! 待ちくたびれたぞ!!』
見ると、天井付近に黒い靄のようなものが渦巻いていた。
今の声、というか怒鳴り声? いや、どちらかと言えば、猛獣の咆哮のような感じかな。言葉として、認識できたからいいけど、コロネの耳には、何かの叫び声にしか聞こえなかった。
え? 何なに、さすがに誰なのか、わからないんだけど。
「あ、そっちにいたの、ね。ごめんなさい。でも、別に時間は遅れてない、よ? それに、待っててもらう間、食べてもらうものは渡しておいたよ、ね?」
『あのな、あんな少しで足りるわけがないだろ。まあ、美味かったがな。もう少し量は用意できなかったのか?』
「無理。ただでさえ、今日は、あの白パンの試食目当てで、人が殺到したんだから、ね。サンドイッチふたつを確保するのも大変だったんだ、よ」
メイデンが、あの黒い靄と会話をしているけど、あれは一体何なのかな。
とりあえず、怒鳴り声みたいなのは、最初だけみたいだね。
普通に会話もできるんだ、あの靄。
「量産可能になったら、もうちょっと用意するから、今日のところは勘弁して、ね。それより、コロネがびっくりしてるから、早いとこ下りてきて、姿を見せて、よ。相変わらず、登場には凝るんだから……」
『ふん、貴様らには俺の美学はわからんよ。俺たちは恐れられてこその存在だからな。誰が相手であろうと、態度を変えるつもりはない』
その言葉が響くのと同時に、黒い靄から、大型の獣が現れた。
闇色の狼。
あ、そうか。コロネも知ってる本日のゲストって。
「ダークウルフさんだったんですね」
『ああ。久しいな、コロネよ。息災だったか? まあ、その答えを聞くまでもなく、貴様の噂は聞いている。ふん、まだ、町に来て一週間とは思えんな』
以前会った時の迫力そのままに、ダークウルフがコロネの前に降り立った。
どことなく、口元に笑みを浮かべているように感じる。
闇色のふさふさした毛並に、ただそこにたたずんでいるだけでも消せない風格。この辺りのモンスターの中でも別格の存在が、そこにいる。
ただ、コロネが少し気になったことが一点。
「あの、ダークウルフさんって、人の言葉が話せたんですか? 最初にお会いした時は、そんな感じがまったくなかったんですけど」
いや、ファーストコンタクトの時は、こっちの言葉は通じていたようだけど、コロネにはわからない言葉を使っていたような気がする。
最初から、言葉を話してくれていれば、あの時もそこまで混乱しなかったと思うんだけど。
「違うよ、コロネ。うーさんは、人語をしゃべってないよ。今のもモンスター言語。いわゆる、咆哮系の圧縮言語だ、よ」
『そうだ。何を勘違いしているのか知らんが、俺はあの時とまったく同じように話しているだけだぞ。コロネよ、貴様がモンスターの言葉を理解できるようになったのではないのか?』
「えっ!? わたしが? いや、モンスター言語なんてわかりませんよ?」
ちょっと待って、何か知らないうちにスキルに目覚めたってこと?
一応、ステータスを確認してみたけど、別にそういう感じでもなさそうだし。
意味がよくわからないんだけど。
「というか、コロネは聞いてない、の?」
「何がですか?」
「ほら、コロネが付けているそのブローチ。アキュレスからもらったんだよ、ね? それはモンスター言語を翻訳する機能がついてるんだ、よ」
え!? いや、初耳ですけど!
知らなかったよ。この十字架のブローチって、単なる目印じゃないの?
アキュレスもプリムも、そんなこと一言も説明してくれなかったもの。
『ふん、あの男がやりそうなことだ。後でびっくりさせてやろうとでも思っていたのだろ。そういうところがいけ好かん』
「そういう意味では、アキュレスも茶目っ気があるよ、ね。とにかく、彼の取引相手には、モンスター言語しかしゃべれない人もいるから、そういう機能をつけているって聞いたけど? わたしも商売とはあんまり縁がないから、噂でしかないけど、ね」
「そうなんですか……」
ということは、後で、モンスターの言葉について、ピエロに聞く必要がないのかな。
このブローチで、翻訳できるってことだものね。
というか、メイデンも普通にモンスター言語を使えるんだね。
「まあ、ね。圧縮言語は暗号とかでも使われるものだから、『影の手』の必須スキルのひとつだったんだ、よ。言葉に意味を乗せることで、文字数を圧縮するって感じか、な。ほら、さっき、アズも同じことをやってたよ、ね。ショコラ相手に試したのがそうだ、よ」
「あ! あれ、モンスター言語だったんですか」
そっか。普通に話しているように聞こえたから、わからなかったよ。
なるほど、それでショコラに通じるか調べたんだね。
ということは、ショコラは、そのモンスター言語でも通じないってことか。
『そっちのちびすけは、まだ生まれたてなのだろ。そもそも、圧縮言語が使える種族でも、少しは育たんと言葉を覚えないからな』
なるほど。
そういうものなのか。
というか、意外と親切に教えてくれるダークウルフに驚きつつ。
メイデンによる戦闘訓練は続いていくのであった。




