第14話 コロネ、精霊にまさぐられる
「あ、コロネさん、おかえりなさいなのです。随分、色々と買ってきたのですね」
コロネが塔に帰ると、ピーニャが出迎えてくれた。
もうすっかり夕暮れ時で、パン工房のほうもひと段落したのだそうだ。
パン屋は閉店時間が決まっておらず、午後に作ったパンが売り切れたら、そこで終了となるらしい。午後からは他のお店もやっているため、朝ほどは数を作らないのだとか。
「うん、魔法屋の帰りに市場を見つけて寄ってみたら、思いのほか、欲しいものがあってね。そこで、ブランくんにも会って、家まで招待されたので、あいさつがてら、ね」
「なのですか。でも、在庫があるものはオサムさんも使っていいって言っていたのですが」
そう言いながら、ピーニャが荷物を少し持ってくれる。
コロネより小柄なのに力があるのは、身体強化の魔法のせいだろう。
「そうなんだけどね。わたしもどこで何が売ってるかは知っておかないと」
オサムには、パン作り以外では食材を渡せないってくぎを刺されちゃったし。
「ですか。ところで、コロネさん。魔法のほうはどうなのですか?」
「一応、身体強化は覚えられたみたい。基礎四種っていうのはダメだったけどね」
「それはそれは、なのです。身体強化は失敗がないのですが、基礎四種は確かに適性が必要になるのです。ピーニャも父様が火の妖精でしたので、火の属性特化なのですよ。他の三属性は反発して覚えられなかったのです」
懐かしむようにピーニャが言う。
魔法の幅が狭いものは、何か他の資質があるものが多いから、あまり気にしないようにと励まされた。
何でも来いに名人なし、というやつらしい。
それにしても、ピーニャは火の妖精の子供だったのか。
「火の妖精って、サラマンダーとは違うの?」
「サラマンダーは火の精霊――精霊種なのです。妖精の場合、きちんと実体を持って生まれてくるのですが、精霊はそのあたりが曖昧なのですよ」
ピーニャによれば、精霊はより現象というか、属性に近い生命とのこと。
はっきりと実体を持って、活動できるのは『人化』スキルを持ってからなのだとか。
「精霊として成長すると、いつの間にか『人化』スキルに目覚めると聞いているのです。というか、変身能力がある種族には『人化』スキルを持つ人が多いのですよ」
なるほど、とコロネが頷く。
ちなみに、『人化』スキルは単に人型になるのではなく、実体を伴った擬人化のスキルのため、その見た目は普通の人間と見分けがつかないのだそうだ。もちろん、元の大きさに左右されるため、普通より大きかったり小さかったりするらしい。
「そういえば、ちょうどさっき、オサムさんのところに精霊さんたちが入っていったのです。今なら会えるかも知れないのですよ」
「へえ、そうなんだ」
オサムのところには色々なお客さんがいるようだ。
コロネが給仕の仕事をするのも、この状況に慣れるためだったような気がする。
何だかんだ雑談をしながら歩いていると、三階の調理場に到着する。
そこには、オサムと三人の女の人がいた。奥のほうでは料理をしている男の人もいる。男の人の方は、料理人のガゼルさんだ。給仕のときに会っている。
だが、他の女性たちはまだ会ったことがない人たちだ。
「ただいま戻りました」
「よう、おかえり。ちょうど良かった。コロネに会わせたい客が来てるんだ。紹介するよ。うちの制服を作ってくれている、ギルド『あめつちの手』の三人だ」
オサムが横にいた三人の女性を紹介してくれる。
「こんばんは。わたしはアルル。『あめつちの手』の鍛冶担当だよ。得意なのは精霊金属関係だよ。よろしくね!」
「ウルルです~。わたしは裁縫担当なので~す。服を作ったりするのが得意なの~」
「そして、私がギルドマスターのシモーヌだよ。まあ、ギルマスっていっても成り行きみたいなもんで、どっちかと言えば、このふたりのお守みたいなもんだね。とりあえず、よろしく」
「あ、はい。料理人のコロネです。皆さん、よろしくお願いします」
「ちょっと! シモーヌ、お守ってどういうことよ!」
「そ~だよ~。自分が一番年下のくせに~」
「はいはい、アンタたちが一般常識に欠けてるから、私が仕方なく、頑張っているんじゃないの。何で一番下の私が姉御みたいな感じになってるのよ。年上の自覚があるなら、もうちょっとしっかりしてよ。ね? お姉ちゃんたち」
あいさつもそこそこに、コロネそっちのけで、言い合いを始める三人。
ギルド『あめつちの手』は精霊による生産者のギルドなのらしい。
三人とも冒険者で、自分たちが入手した素材を使って、防具やアクセサリー、服などを作っているのだという。
アルルは精霊種のノームで、ウルルは精霊種のウンディーネなのだとか。
ふたりは双子で、装備や髪と目の色以外は、まるで左右対称のようにそっくりだ。ちなみにアルルが金色系で、ウルルが水色系だ。性格もせっかちとのんびりと対照的である。精霊種の場合、生まれてくるものの属性が異なっているのはめずらしくないそうで、同時に生まれた場合、ふたりのようなことが起こるのだとか。
なお、ふたりとも『人化』スキルは取得済みとのこと。
シモーヌは人間種で、元々は小さい頃に精霊の森へと飛ばされてしまった迷い人なのだそうだ。色々あって精霊王に助けられ、このふたりと一緒に育てられたのだとか。
そのため、精霊との親和性が高く、精霊術師としての才能を持っている。
なお、迷い人というのは、行方不明者や飛ばされた者の総称だそうだ。
「おーい、そろそろいいか? コロネの採寸を頼みたいんだが」
言い合いが終わりそうになかったので、オサムが間に入る。
そうだ、制服って、あの黒と白のエプロンドレスのことだ。
目の前の展開が速いから、忘れていた。
「はいはい。ほら、ウルルやんなさい」
「わかった~。では、ちょぉっと失礼~」
そう言うと、ウルルの手が蒼い光に帯びてくる。そして、そのまま。
「うわ、ちょっと、何を!?」
コロネの身体をウルルの手がまさぐってきた。
肩から、胸から、お腹のお肉やら、ふとももやら。
「え? え? あっ!?」
「は~い、終了ぉ~。寸法とれました~。あさってまでに作るよ~」
終わったようだ。
女性同士だけど、何か変な感じだ。顔が真っ赤になっているのを自覚する。
一瞬のこととは言え、何となく恥ずかしい。
思わず、オサムを見るも、別段いつもと変わった様子もない。
何となく、それが腹立たしい。
ともあれ。
「水の日の営業の前には届けるわ。サイズを微調整するだけだし」
「そうそう! ウルルが頑張るから!」
「う~、ふたりとも手伝ってよね~」
「はいはい。じゃあ、私たちは行くわ。オサムにコロネにピーニャ。またね」
そう言って、三人は帰っていった。
「何だか、嵐に会ったみたい……」
あっという間の出来事なのに、どっと疲れたというか。
冒険者って色々な人がいるなあ。
「まあ、精霊だからなあ。別名を『騒がしきもの』っていうくらいだから仕方がない。あいつらは常識がないんじゃなくて、面白いことに興味が集中するってだけさ。で、どうだった? 身体強化は取得できたか?」
「はい、何とか」
「そうか、そいつは良かった。じゃあ、少し早いが飯にしようぜ。今日はガゼルのやつが作ってくれるってさ」
見ると、ガゼルが笑顔で頷いている。
自分のお店が休みのときは、オサムに料理の手ほどきを受けているのだそうだ。
コロネとピーニャは荷物を保管庫へ運んだあと、食事が待つテーブルへと向かった。




