第143話 コロネ、強化魔法について聞く
『あ、そうそう、コロネ。プリンクラブのゼロ番を引き受けてくれたお礼じゃないけどな、ひとり、面白い人材を紹介するぜ。二日後か? そのくらいにでも、塔に向かわせるから、会ってみてくれよ』
帰り際に貴族のアキュレスがそんなことを言っていたのを思い出す。
どうも、面白い人材というか、コロネが興味がありそうな食材に関係している人らしい。
『そいつの同意が得られれば、お前に卸せる食材が増えるかもしれない、と思ってくれ。ま、俺の知り合いの生産者のひとりだな』
どうも、アキュレスが食材を卸すための許可って、生産者たちからの同意が必要らしいのだ。頃合いを見て、彼の方からも少しずつ紹介したり、あるいはコロネが自分で、それぞれの食材の生産者から許可を取っていくことで、プリム経由での食材の数が増えていくシステムになっているらしい。
今のところ、コロネが許されているのは、たまごだけだし。
まあ、何にせよ、食材が増えるかもしれないのはうれしいね。
ちょっと楽しみにしておこう。
「コロネ先生、よかったですね。クエストも好評でしたし」
「そうだね。リリックもお疲れ様。手伝ってくれたおかげで、時間が半分で済んだんじゃないかな? ありがとね、助かっちゃったよ」
何だかんだで、まだ午後三時にもなっていない。
後は、ブランの家の水車小屋で、粉にしていくだけだから、焦る必要もないんだって。そういうわけで、コロネとリリックは、明日の分の小麦粉を受け取って、塔への帰宅の途についているところだ。
何と言っても、うれしいのはリディアの作った小麦粉だね。
粉にしてみてもはっきりわかる。
不純物がほとんどない、きれいな白い小麦粉なのだ。
パンを作るのもいいけど、強めの小麦粉で作れるお菓子とかも、欲を出して狙ってみたくなる代物だよ。まあ、その辺はピーニャに確認してからかな。パンを作っても、美味しいパンが作れそうだしね。
「随分、早く終わったから、まだ、パン工房はやっている時間だよね。そっちの方は、落ち着いているといいんだけど」
「あ、でも、コロネ先生。ここからでも遠くに見えますけど、そんなに人が並んでいる感じはなさそうですよ」
「うわ、リリック、目がいいね。わたしだとかなり遠くにしか見えないんだけど」
さすがに上に高いから、塔は見えるけどね。
まだここからだと、けっこう離れてるよ。
本当、よく見えるなあ。
「あ、これ、身体強化の応用で、部分強化です。ちょっとコントロールが難しいですけど、五感の一部を強化することができるんですよ」
「へえ、そんなこともできるの?」
すごいなあ、身体強化。
基本的な魔法って聞いていたけど、想像以上に応用が効くみたいだよね。
つまり、リリックが今使っているのは視覚強化ってことか。
「ただ、その分、疲労の蓄積もすごいですから、覚えたからと言って、常時使用はおすすめできませんけどね。感覚器官の強化は、結果的にその器官だけじゃなくて、脳とか、情報を集めるところにも負担がすごくかかってしまうそうですよ」
ああ、なるほどね。
見えすぎる状態とか、匂いすぎる状態とかだと、それらを把握する脳の方が疲れてしまうのだそうだ。使いすぎると『枯渇酔い』とは別の意味で、酔っぱらった状態になってしまうとのこと。
「それに、視覚とかでしたら、まだいいですけど。嗅覚とか高めると、ひどい異臭とかがあった場合、それだけで、意識不明になったりしますよ。実は使いどころが難しいんですよね。この系統って」
「まあ、そうだろうね。そういう感覚をフル稼働したら、おかしくなっちゃうだろうしね。でも、ちょっと面白そうではあるね」
「それでしたら、色々な人に使い方を聞いてみるのがいいと思います。これ、人それぞれやり方がちょっと違うらしいですし」
例えば、妖精種や精霊種が、小精霊を視るときとかも用いている人もいるらしい。いわゆる『妖精眼』というやつだろうか。
『視る』ということに関しては、それぞれの種族ごとに異なった使い方をしていることが、けっこうあるらしい。
「ちなみにリリックはどうなの?」
「私ですか? 私の場合は、今みたいに遠距離を見たりとか、あとは、乳製品の加工中の品質チェックとかですね。慣れてくると、牛乳の状態とかも、少し悪くなっていたりするのがわかるようになってくるんですよ」
「あ、それはすごいね」
なるほど。
視覚強化を応用して、料理中の鍋の温度とか、食べ物の糖度とか、そういう棚上げになっていたことも見極めることができるようになるかもしれないね。
まあ、まだ、コロネの場合、身体強化もまだまだだから、先は長そうだけど、その次の目標として、『部分強化』にも挑戦してみるとしよう。
「基本的には魔法ですから、やっぱりフィナさんとかですか? 詳しいことについては専門家の人に聞いた方がいいとは思いますがね」
「うん。もうちょっと余裕が出てきたら、行ってみるよ。今、慌てて行っても、魔法の練習不足で使えないだろうしね」
そんなことを話しながら、塔へと帰るコロネたちなのだった。
「あれ? もう、お店が閉まってるの?」
静かだと思ったら、もうすでに、パン工房には『本日は閉店しました』と書かれた木の板がかけられていたのだ。
あー、これはあれだね。
接客が限界に達して、途中でお店を閉めたケースか。
「つまり、ピーニャたちだけでは対応できなかったってことかな?」
「違う違う、コロネー。白いパンがなくなったから、お店閉めただけだってば。何とか、来てもらったお客さんへの接客はできていたから、心配ご無用だよん」
「あ、ドロシー」
閉店後のお店の清掃をしていたらしいドロシーが、こっちに気付いてやってきたみたい。向こうでは、誰も持っていないほうきがせっせと床のごみを集めている。
オートメーションなほうきって、少しシュールだよね。
「おかえり、コロネに、リリックも。で、そっちはどうだったの? クエストは何とか終わったのかな?」
「ただいま、ドロシー。うん、何とか、ね。かなりの人が集まってくれたおかげで、二時間もかからなかったよ。今後はクエストの方は週二回になる感じだけど」
「あれ? それじゃ、小麦粉はどうするの? まさか、二回だけで一週間分が確保できそうだとか、そういうこと?」
「あ、そうじゃなくて、うさぎ商隊の人たちが作業を手伝ってくれるんだって。小麦粉の購入権と引き換えにね。だから、その他に週三回はそっちだけで作業する感じかな」
それに関しては、バーニーが『心話』スキルで、商隊にいるマッドラビット経由で伝えてくれたのだ。
ブリッツからも「ありがとな」という返事をもらっている。
次の火の日から、早速手伝ってくれるとのこと。
こういうことのフットワークがみんな早くて助かるよね。
ものすごくテンポがいいもの。
「そっか。それは良かったよ。何せ、今日の状況でしょ? 白パンを食べたお客さんの多くが、毎日食べたいって言ってるんだー。ほら、こっちも努力しますとは言ったけど、実際に作るのはピーニャたちだし、小麦粉の状況次第だったからね。下手なことが言えなかったってわけ。うんうん、それなら一安心だね」
ドロシーが本当にうれしそうな顔でそう言った。
白パンのサンドイッチの評判は上々だったそうだ。
「ちなみに、普通のパンの方がいいっていう人もいたの?」
「うーん、まあ、いるにはいたけど、やっぱり白パンの方が柔らかいからね。そういう人でも、これはこれでありっていうのが共通してたかな。ま、何と言っても、真新しい食べ物だからね。この町の人ってそういうのに弱いし。それに、ほら、白いパンと言えば、王都の『ヨークのパン』が有名だからね。そういう意味では、まったくゼロからってわけじゃないじゃない? イメージ自体はかなりいいよ、白パン」
まあ、それもそうか。
これも『ヨークのパン』のおかげだよね。
今日売ったパンはブリオッシュじゃないけど、知らない人にとってはどっちも白パンって感じだろうしね。
「いいですね、白いパン。私もそのうち食べてみたいです」
「あ、そっか。リリックはまだ食べてなかったっけ」
「はい。お話には聞いていましたが、今日はそれよりも、お菓子作りを学ぶのに必死でしたから」
白いパンに気を取られている余裕はなかったとのこと。
それじゃあ、リリックにとっては、この後作る、パンの耳のフレンチトーストが白パン初体験ってわけか。
うーん、最初がパンの耳だけってのはどうなんだろう。
ちょっと、微妙な気がするんだけど。
「ええとね、今から、その白パンの耳を使った料理を作ろうと思っていたのね。本当は、パン自体を使うんだけど、余り物レシピって感じのやつなんだけど」
「え! もしかして、それを食べられるんですか!?」
あ、リリックがとってもうれしそう。
でもね、あんまり期待されると申し訳ないんだけど。
「うーんとね、あくまでも耳の部分だけだから、白パンというか、何というか。まあ、普通のパンよりは柔らかいとは思うけどね。『よし! これが白パン!』って感じで期待されると困っちゃうというか。そういうものなのね」
「大丈夫ですよ、コロネ先生。食べ物はすべて、この世界からのお恵みです。シスターたるもの、どんな食べ物にも不満を持つことはありませんから」
「大丈夫大丈夫。コロネのハードルが高いだけで、このパンの耳だって、十分美味しいもんねー。隙を見て、何個か味見したけど、これも立派な白パンだって」
ドロシーが言うには、いよいよ、白パンのサンドイッチがなくなった時、パンの耳も出そうか、ピーニャたちと相談したのだそうだ。
結局、コロネが納得しないだろうから、という理由で却下になったみたい。
まあねえ。最初からパンの耳がそういうものだとわかってくれているお客さんに安くとか、ただで振舞うならわかるけど、白いパンですって味見してもらうのは、ちょっと、という感じだ。
できれば、最初のインパクトというのは大事にしたいのだ。
「まあ、リリックもなんちゃってで良ければ、味見してもらいたいし。そうだね、早速、お茶会の用意に取り掛かるよ」
「コロネ先生! 私も作るの手伝いますね!」
「うんうん、それじゃあ、こっちも掃除が終わったら、すぐ行くね。ふふふ、こんなこともあろうかと、お茶も用意しているからねー。その辺は抜かりないよん」
そんなこんなで、ドロシーと別れて、三階の調理場へと向かうコロネたちなのだった。




