第123話 コロネ、メレンゲクッキーを振る舞う
「ほら、ピーニャ。時間切れだ、よ。さっさと戻る、の」
「うわーん、なのですよー」
ええと、メレンゲクッキーをオーブンに入れたところで、ピーニャがパン工房へと連行されてしまった。
メイデン曰く、そろそろ、人の流れが危ない、とのこと。
ちなみに、コロネたちは手伝わなくていいのか、聞いたところ。
『コロネ、ピーニャを甘やかさない、の。これは明らかに工房長としての見通しが甘かったことが原因。いい機会だから、もう少し人員について考えてもらう、よ。それに、パン工房のお仕事は普通番の分だから、コロネたちは気にしないで。大丈夫、どうしようもなければ、さっきピーニャが言っていた通り、閉店するだけだから』
メイデンもこちらには気を遣っていたけど、さすがに少し怒っていたね。
今日の状況で、ピーニャが抜け出したのは、やっぱりまずかったみたい。
まあ、いいや。
そっちの問題は見なかったことにして、だ。
「後は、しばらくしたら、オーブンから取り出すだけだよ。わかったかな?」
「はい、コロネ先生。ちょっとだけ、かき混ぜるところが大変な感じですかね」
「でも、水魔法での撹拌を初めて見せてもらったけど、あれ、便利だね。あの方法なら、ひとりでも何とか、イタリアンメレンゲを作れるものね」
最初に作ったときはピーニャとふたりがかりでやったけど、今、カウベルとリリックが水魔法の撹拌法を試してみてくれたのだ。その方法だと、流し込みは自分でやって、かき混ぜる作業は魔法で、という感じだろうか。
これがミキサーの代用魔法か。
風、水、土のそれぞれで使用可能な魔法『ワールプール』だそうだ。
一応、火などの他の属性でも使えるが、そちらには別の名称がついているとのこと。
ちなみに、基礎から上級応用に至るまで、この世界の魔法というのは確固たる形式が定まっているわけではないらしい。
コロネが教わった基礎魔法の場合も、あくまで基本形と名称とイメージが使いやすいように定められているだけで、万人のイメージ共有のための呼び名に過ぎないそうだ。
要するに、わかりやすさ重視で分類されているって感じかな。
だから、メルのように適当に魔法名をつけているケースもあるとのこと。
つまり、料理でかき混ぜるときに使う場合は『ウォーターミキサー』とかでもいいってことみたいだね。
ちょっとずつ、調理魔法も定義していくと面白いかも。
「うん、調理魔法『ウォーターミキサー』かな。なかなかいい感じだね」
「ですが、パンナたちみたいに、水魔法があまり得意ではないとひとりでは難しいと思います」
「はい。自分たちの場合は、無理せずふたりでやった方がいいようですね」
パンナとシズネが少しだけ申し訳なさそうに言ってきた。
いや、ミキサーがないと、コロネもひとりだとかなり大変なので、気にしなくてもいいんだけど。
うん、やっぱり、ミキサーの開発は必要だね。
オサムはそんなに難しい魔法じゃないって言っていたけど、魔法の場合、どうしても向き不向きが出てきちゃうみたいだし。
「シズネは風の『ワールプール』は使えるんだよね?」
「はい。基礎魔法の『ウインド』に回転を加えるだけですから。撹拌の時は、その回転の方向性を色々と変化させるような感じです」
比較的、風魔法の場合は簡単なのだそうだ。
風、水、土の順で、操作が難しくなっていくとのこと。
なるほどね。
同じような魔法でも、属性によって難易度が大分違ってくるって感じかな。
「ちなみにコロネさんは、魔法についてはいかがですか?」
「わたしの場合、ユニークのせいか、単体での魔法が使えないみたいなんですよ。基礎魔法も普通の使い方の場合、一切発動しませんしね。ですから、カウベルさんたちのような使い方は難しい感じです」
「そうなんですね」
「まあ、その代わりに、魔法を使わなくても料理がしやすいような道具の開発は頑張りますよ。元々、わたしのいたところも、そっちが主流でしたしね」
まあ、そもそも、そんな便利な魔法もなかったしね。
頑張って、道具を作っていくことにしよう。
あ、そうだそうだ。道具で思い出した。
「あ、そうそう、カウベルさん。オサムさんから教会宛てで、アイテムを渡してくれって預かっていますよ。そこのテーブルに置いてある、肩掛けができるクーラーボックスです。冷凍庫と同じくらいの温度に設定されているそうですから、これを使えば、アイスの持ち運びができますよ。外でアイスを販売する時にでも使ってくださいって」
「本当ですか!? ありがとうございます。それは助かりますね。アイスクリームもそうなのかはわかりませんが、普通の乳製品の場合、特にミルクですね。それを運ぶ時、アイテム袋が使えないんですよ。冷たいままの持ち運びに関しては難しいと思っておりましたので」
あ、そういえば、そうだったね。
乳製品はアイテム袋はダメだったものね。
一応、バターやチーズは、牛乳よりはマシらしいけど、やっぱり使わない方が無難なのだそうだ。色々と利便性は高いけど、さすがのアイテム袋にも限界があるって感じかな。
そこで、ふと疑問に思ったので聞いてみる。
「そういえば、凍らせた食品の場合はどうなんですかね? アイテム袋の性能って」
「それにつきましては、試したことがありませんので、何とも……そもそも、教会にも凍らせるための器具がありませんでしたし、ミルクの場合、凍らせただけでも味が落ちると思いますよ」
だから、試したことはないとのこと。
あれ、それじゃあ、孤児院までどうやってアイスを持っていくつもりだったの?
「あれ? 今日作ったアイスを孤児院まで持っていくんですよね? それはどうするつもりだったんですか?」
「シスターカミュなら大丈夫ですよ。彼女に任せれば、アイスが溶ける前に持っていけますから。移動能力が高いこともあって、巡礼シスターをしているわけですしね」
「へえ、それはすごいですね」
メルの『高速移動』みたいな感じかな。
確かに、あのくらいで動ければ、ちょっとした距離でもあっという間だろうね。
まあ、それはそれとして。
「でも、それなら、アイスをアイテム袋に入れて試してみてもよさそうですね。もしかすると、冷凍したものなら、保存されたままになるかもしれませんし」
ちょっとチャレンジしてみてもいいかも。
メルも言っていたものね。今ある定義は疑ってかかれって。
たぶん、冷凍技術なんて、塔ぐらいのことだろうし、うまくいったらしめたものだ。
「そうですね。確かにオサムさんのお店以外ですと、そういう設備についても聞いたことがありませんしね。冷蔵庫も、他に作れる方がいませんので、料理店以外で置いているところはほとんどありませんから。試してみる価値はあると思いますよ」
サイファートの町なかだと、移動時間がほとんどないものね。
アイテム袋に入れたまま、アイスが一日くらい劣化しなければ、かなり汎用性が広がりそうだ。
「うん、今日作ったアイスで、ちょっと試してみましょうか。あ、それじゃあ、今のうちにさっき冷凍庫に入れたアイスをかき混ぜに行きましょう」
そろそろ一時間だものね。
まずは一回目の混ぜ混ぜ作業だ。
メレンゲクッキーをオーブンに入れた状態のまま、コロネたちは保管庫へと向かった。
「今の作業をあと二回ってことですよね、コロネ先生?」
「うん、そうだね。回数は決まってないけど、そのくらいで許容範囲って感じかな」
結局、空気を含んで美味しくなるかどうかが問題なので、回数がしっかり決まっているわけじゃないんだよね。
そもそも、コロネも基礎としての手順は知っているけど、何度か作った後は、お店の機械に頼っていた部分があるから、手作りでのアイスの味の差については、完全に把握しているわけでもないし。
まあ、この前のお店でも受け入れられたから、特に問題はないと思うけど。
「さっきぐらいの硬さだと、もう土魔法の方になるの?」
「ですね。水魔法ですと撹拌できないです。泥状と言いますか、ねっとりした感じですと、水魔法では難しい感じです。確かに不可能とはいいませんが、ひどく効率が悪くなりますよ」
それだったら、手でかき混ぜた方が疲れないとのこと。
確かに、そうなると魔法を使うメリットがないよね。
「それじゃあ、そろそろメレンゲクッキーが焼けているかな……あ、いい感じに焦げ目もついてるかな。うん、できたよ。これで完成ね」
「うわあ、白くてきれいですね」
「ほんと、ちょっとこんがりしているのがいいですね。香ばしい香りもします」
「コロネ先生、たまごの白身もすごいんですね!」
「ちなみに、コロネさん、こちらも販売しちゃってもよろしいんですか?」
「大丈夫ですよ。プリン作りで余った分を使ったものは、ピーニャがパン工房でも売り出すみたいですしね」
むしろ、今日教えたアイスのレシピだと、黄身ばっかり使うからね。
メレンゲクッキーを作らないと白身が余っちゃうと思うし。
「あとは、お皿に移して……と。はい、完成だよ。ちょっと味見してみてね。あ、まだ少し熱いから気をつけてね」
「いただきます……うわ、ほんのりあたたかくてふわっとしてますね」
「あ、最初はふんわりしているのね、途中からサクッとした感じになりました」
「ものすごく、軽い感じですね。これがお菓子ですか。自分、初めて食べました」
「ですね。先程の泡が固まったような感じですね。ほのかな甘さに、ほろほろとほどけるような食感という感じがします。美味しいです、コロネさん」
良かった。
四人とも笑顔だね。
何とか、美味しくできあがって、ちょっとだけホッとする。
コロネもとりあえず一口味見して。
「あー、やっぱり焼きたてだけに食感が柔らかめだね。ちなみに、これをもう少し冷ますと、サクサクした食感が強くなるのね。サクサクッとして、口の中で溶けていく感じかな。だから、後で試してもらうけど、アイスの箸休めにも使えるから、一緒に添えて提供するとかもありかな」
「なるほど、そういう使い方もできるんですね」
今は単品メニューだけだけど、お菓子の場合、他の料理との組み合わせで、味や食感が広がっていくのだ。少しずつ可能性を広げていこう。
まあ、まず基本の単品で、味に馴染んでもらうのが大事だけどね。
徐々に違いに気付いてもらえるようになったら、しめたものだ。
そんなこんなで、料理教室は続いていくのであった。




