至天門夢幻階梯の崩落
リュウジの心に、空が落ちて月と星が流れ込んできた。
夜と昼、月と太陽が何万回転もリュウジの頭上をめぐり彼は時間の感覚を失った。
やがて、リュウジの眼は己の立っていた公園を俯瞰し新宿を俯瞰し日本を俯瞰し地球を俯瞰し、
……これまで考えた事もない、人間に視覚することのできない何かを俯瞰していた。
気がつけばリュウジの眼前には、幾多の人間の願いから派生した、無数の地球があった。
既にリュウジに時間の概念は無く過去現在未来の出来事が、彼の前では同時に存在した。
今やリュウジは世界そのものだった。
リュウジは、そこで起きた事、起きている事、起きる事の全てを認識した。
或る地球は核の炎に包まれて、荒廃した大地をならず者たちが走り回っていた。
或る地球は全知全能の神が降臨し、人々は永遠の安寧に身を浸しながら脳内に色々なものをダウンロードしていた。
或る地球は木星からやってきた珪素生命体に融合され、機界昇華を果たしていた。
或る地球では封印された煉獄でのたうちながらなお、いかがわしい謀を企む教授がいた。
或る地球では崩れ落ちた学園の校舎の前で、夕陽に照らされて娘のエナとしみじみ語らう理事長がいた。
或る地球では地獄の荒野を毅然と歩む、何人ものエナがいた。
或る地球では母親と再会を果たした雹が、楽しそうに遊んでいた。
彼の意識が無限に拡散してから数秒か数年か?それすらもリュウジには判らなくなった時、突然、
かしゃん。
何かが砕ける音がした。
「なんだ?!」
リュウジは戦慄した。
突然、世界の一角、何万もの地球が、リュウジの視野からごっそりと消えうせたのだ。
後にあるのは闇だった。
かしゃん。
かしゃん。
かしゃん。
崩壊は止まらなかった。さらに何万もの地球が、次々と闇に落ちていく。
理事長が消え、エナが消えた。
リュウジは、今こそ大月教授の言葉を認めざるをえなかった。
「これは『祭り』だ、世界を管理していた何者かが、『ここ』を終わらせる前に、なげやりに最後の『実験』をしているのだ」
……『おれたち』は、一体何だったんだ。
よくわからない目的のおかしな実験でいいように踊らされて、そして用が済んだら消されて、なかったことにされる……
ただ、それだけの存在だったのか…………!
「 ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ! ! ! 」
怒りと絶望のあまり、リュウジは咆哮した。
その声は、三千世界に響き渡った。
だが、その時だ。
リュウジは感じた。
風だ。
世界と一体となった己の内側を軽やかに駆け抜けて行く、一陣の風があった。
茉莉歌だった。
「おじさん、私、行くよ!」
茉莉歌が世界を駆け抜けていく。
「!!!!!!!!!!」
リュウジは気付いた。
今やあらゆる事象を認識するリュウジには、この世界の『間隙』、世界の『外』に至る道筋が、はっきりと分かったのだ。
「茉莉歌!あそこだ!あの流れの果だ!」
リュウジが世界に示した道標を辿って、茉莉歌は様々な地球を転々としながら世界を駆けあがっていった。
茉莉歌は原始の海原を駆け抜けた。
茉莉歌は核の荒野を駆け抜けた。
茉莉歌は終わらない学園祭を駆け抜けた。
茉莉歌は宇宙戦争のさなかを駆け抜けた。
茉莉歌は深海の玉座を駆け抜けた。
刹那、茉莉歌は雹の傍らを駆け抜けた。
茉莉歌は振り返った。
雹と母親が、あやとりで遊んでいた。雹は幸せそうに笑っていた。
「さようなら…………雹くん!!」
茉莉歌はさみしそうに笑って、上を向いた。
茉莉歌が上昇してゆく。『外側』は目前だ。
光の奔流となった茉莉歌は、今まさにこの『世界』の『外』へ向かい『間隙』を突破せんとしていた!
いっけぇぇぇぇええええええ~~~~~~!!!!
茉莉歌ぁぁぁあああああああ~~~~~~!!!!
リュウジが叫んだ。
「 あ り が と う 、 リ ュ ウ ジ お じ さ ん ! 」
それが、リュウジの聞いた最後の言葉だった。
か し ゃ ん 。
次の瞬間、リュウジの意識は己と一体となった無数の地球と共に、粉々に砕け散った。
そして、虹色に輝く幾千億もの微塵となって、闇の底へと消えていった。
世界が終ったのだ。




